モラル・ハラスメント

こよみ

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沙耶香

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どうしてこんな事になってしまったのだろう。

彼の脱ぎ捨てた寝巻きを洗濯機に入れ、ゴウンゴウンと一定のリズムで鳴りながら、回り続けるドラム式洗濯機を眺めながらそんな事を考えていた。

結婚する前は、私の事を何よりも誰よりも優先してくれて、本当に自分がお姫様にでもなったような気分にさせてくれる人だった。

それなのに…どうして…。

結婚する前、私は小さな工場の事務で働いていて、彼はその取引先の社員でした。

初めて食事の誘いを受けた時、あまり乗り気ではありませんでしたが、所長からも大事な取引先の人だから無下にしないでくれと説得され、仕方なくお誘いを受けたのを覚えています。

大手メーカーで働く彼は顔立ちも整っていて、小さな工場で働く私なんかとは全く釣り合わない。

お遊びなんだろうなと思いつつ、それで彼と所長の気が済むならと了承しました。

私は昔から体目的で近づいてくる男性が多く、誠実な男性と付き合った経験が無いのも、奥手になっていた原因かもしれません。

しかし、彼は全くそんな素振りを見せず、1回だけのつもりが2回、3回と食事を重ねるにつれて徐々に私の方が彼に惹かれていったのです。

「沙也加さん。俺と付き合ってくれないかな。」

彼から正式に告白されたのは、4回目の食事に誘われた時でした。

「どうして私なの?亮さんはエリートだし…私なんか釣り合わないよ。」

そう尋ねた時、

「確かに俺に好意を抱いてくれる女性は多いんだけどね…。」

少し困ったような顔をしながら、彼は続けました。

「みんな、俺自身の事を好きになってる訳じゃないんだよ。俺の持ってる肩書きが好きなだけなんだ。自分で言うのもアレだけど…大手メーカー営業のエース。親は地主でいくつもの不動産を所有してる。」

確かに、いい所の息子さんだと言うことは工場長から聞いていたけど、そんなにお金持ちだったなんて知らなかった。

「でも、沙也加は違う。」

彼は、まっすぐ私の目を見つめて言った。

「本当の意味で俺の事を見てくれる女性。お金じゃなくて、俺という人間を見てくれる女性は沙也加さんだけだと思ったんだ。最初は…一目惚れだったけどね。」

少し照れくさそうに笑い、彼は最後にそうつけ加えた。

正直、悪い気はしませんでした。

たくさんの女性に言い寄られる中で、彼は私を選んでくれたんだ。

そう思うと、私が他の女性よりも優位な位置に立てるとすら感じたのです。

その場で返事をし、私と亮は正式に付き合い始めました。

私が酷い風邪をひいて寝込んでいた時は、ドアノブに風邪薬やゼリーなどを大量に買ってきて掛けておいてくれたこともあります。

どうして家に上がらなかったの?と聞いた時は、「風邪引いて髪もボサボサの姿を見られたくないでしょ?」と、そんな気を使えるような優しい男性だったのです。

そんな昔の思い出に浸っていた私は、洗濯が終了した音で現実に戻された。
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