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♯1 梅雨

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ついさっきまで誰かが正座していて、私を膝枕しながら頭を撫でていたのかと考えると、言い知れぬ恐怖を感じながらも呆然としていました。

すると、「ただいまー」と母が帰ってきた声。

いつの間にか17時を過ぎていました。

半分泣きそうになりながらも、母親の元に走っていって前回同様、今起こった出来事を話すと、

「でも、何も怖いことされてないんでしょ?それなら別に気にしなくていいんじゃないの?」

と完全に他人事で、まともに話を聞いてくれません。

その日から昼寝をするのが怖くなり、1人で留守番をする時は、必ず起きているようにしていました。

しかし、そう思っていても眠気には抗えず、その後も何度かお昼寝をしてしまいましたが、あのスーツの男は現れない。

ふと、何故だろうと考えた時、男が現れるのは2回とも雨が降っている日だったということに気付きました。

同時に、あのスーツ姿の男が誰なのかを、知りたいとも思うようになっていたのです。

そこで私は、何としてでも金縛りを自力で解いて顔を見てやる!と考えるようになり、雨の日にはわざと昼寝をするようになりました。

梅雨の時期だったこともあり、雨の日も多く、そんな日は必ず昼寝をする。

3回、4回、5回…。

やはり雨の日になると、必ずスーツの男が現れる。

そしていつも変わらず、私を膝枕して頭を撫でる。

もう、こうなってくると私の中に恐怖心などは無く、何としてでもこの男の顔を見てやるという気持ちしかありませんでした。

しかし、どうやっても金縛りを解くことが出来ず、解けた時には男も消えている。

そもそも、この男は何処の誰で、なぜ私の頭を撫でるのか。

何もわからないまま、この奇妙な雨の日にだけ起きる金縛りは続きました。

そんなある日、母親から回覧板を下の階に住む人の所へ持っていくように頼まれました。

当時の私はアパートの2階に住んでいて、下の階に住んでいるのは40代くらいの夫婦だっと思います。

この夫婦には子供がおらず、私がここに引っ越してきた小学1年生の頃から、何かと可愛がって貰っていました。

ただ、私が小学4年生になった辺りからは、クラブ活動などで忙しくなり、ほとんど私はその夫婦と関わりを持つことは無くなっていて、顔を合わせれば挨拶する程度でした。

回覧板も普段は母親が持っていくので、私がその夫婦の部屋を尋ねるのは1年ぶりくらいだったと思います。

ピンポーンとチャイムを押すと奥さんが出てきて、私の顔を見るなり「あらぁ!回覧板持ってくるの久しぶりね!」と喜んで出迎えてくれました。

すると「この前ね、京都の方に旅行に行った時のお菓子があるから持って帰ってよ。ちょっと包むから上がって待っててくれる?」そう言われたので、そのまま私は玄関で靴を脱ぎ、リビングへと向かっていく。

前を歩いていた奥さんがリビングのドアを開けた瞬間、真っ先に私の目に飛び込んできたのは大きくて立派な仏壇でした。

こんなのあったかな…?と思いながら飾られている写真を見ると、そこには旦那さんの遺影が飾ってあるんです。

思わず「あれ?何でおじさんが…?」と尋ねると、「あぁ…実はね。2年前からずっと病気で入院してたのよ。頑張ってたんだけどね、先月そのまま病院で亡くなっちゃったの…。」と、少し悲しげな顔をしながら教えてくれました。

「あの人が亡くなったの、凄く雨の酷い日でね、何だか雨の日になると私に会いに来てくれる様な気がして、雨が降る度に『会いに来て』って仏壇の前で祈ってるのよ。」

奥さんが話終えた瞬間、ストン!と何かが落ちた音がしたので、そちらを向くとハンガーに掛かっていたスーツでした。

そしてそのスーツは、私が何度も何度も膝枕をしてもらっていた男性が履いていたものとそっくりだったのです。

一気に鳥肌が立ったものの、私が最近体験した話を矢継ぎ早に奥さんに話しました。

雨の日になると金縛りに会うこと。

男性に膝枕をされて頭を撫でられること。

その男性が着ていたスーツが、今落ちてきたものとそっくりだと言うこと。

一通り話終えると、奥さんは「あの人、あなたの事をすっごく可愛がってたから、私の所に来る前にあなたの所に行っちゃったのかもね」と、少し困ったような顔をしながら呟いた。

続けて、「もうあなたの所には行かないようにってしっかり言っておくからね!」と言われ、もう私は何を言っていいのかもわからず、手渡されたお菓子を手に自分の部屋へと戻りました。

あれは私を可愛がってくれていたおじさんだったのか…。

そう思うと、悲しいようなちょっと怖いような複雑な気持ちで階段を上り、自分の部屋の玄関を開けるなり母親に全てを話しました。

静かに話を聞いていた母は、「だから気にしないでいいって言ったでしょ?」と意地悪そうな顔で私に言ってきたのです。

それ以上、私は母に何も聞くことが出来ませんでした。
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