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こよみ

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♯2 メンヘラ

3

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Tさんが、スピーカーにして電話に出ると、

「何か用?電話したでしょ?」

電話越しでも、かなり不機嫌そうな様子がわかる。

「何か用だって?お前ふざけんなよ!毎晩俺の家の玄関叩いたり、チャイム鳴らしたり!頭おかしいだろ!!!」

かなり頭に来ていたのか、Tさんは思わず怒鳴っていたようです。

「あぁ…。それ私じゃないよ…。」

「嘘つくなよ!お前が以外誰がいんだよ!」

そんなやり取りが続いた後、Oさんはテレビ電話に切り替えて、自分がいる場所を映してきました。

「ほら、落ち着いて?ここ私の部屋じゃないでしょ?見ての通り、私は今自分の実家にいるの。」

スマホに映し出されたのは、確かにTさんが知っているOさんの部屋では無かったと言います。

「お父さんが病気だったんだけど、もう長くないって聞いて最後は一緒に過ごそうと思って、実家に帰ってたの。だから私は、Tにそんな嫌がらせしてないよ。」

そう言われ、少し落ち着きを取り戻したTさんでしたが、まだ信用できない様子でした。

「Tは優しいからね。それ、私じゃないけど、私みたいな女の子に気に入られやすいから気をつけてね。」

「お前さ、何か知ってるだろ。お前が誰かに依頼して俺に嫌がらせしてんのか⁉」

「いくら私がTのこと大好きでも、そんな手の込んだことしないよ~。」

口ぶりからしても、Oさんが何かを知っているのは明らかでした。

しかし、ふざけているのか、久しぶりにTさんと話せたことが嬉しいのか、全く話の核心に迫る様子はなく、そのまま時間だけが過ぎていきます。

気付くと、深夜1時近くなっていました。

「あ、そうそう!これだけ教えてあげるね。絶対に玄関は開けちゃ駄目だからね。絶対に。」

「どうして?」とTさんが聞くと、少し黙った後に「入って来るから。」とOさんは答えました。

そして、「私がTに振られた後もあなたの事を見ていたのは、“それ”がTに悪さをしないように威嚇してたんだよ。守ってあげるつもりだったけど、T凄い怒ってたし…。でも玄関さえ開けなきゃ入って来れないから大丈夫だよ。」と話し続けます。

この時、その話を聞いていたSさんは、言い知れぬ恐怖を感じていたそうです。

昨日、TさんとSさんは玄関を開けてしまっているのです。

何が起こるのかわからないが、危険を察知したSさんは、とりあえず部屋を出ようと立ち上がったその瞬間、

「ドンドンドンドンドン」

昨日と同じく、玄関のドアを誰かが叩く音が部屋に鳴り響く。

Sさんは立ち上がったまま、Tさんと顔を見合わせていると、

「ピンポーン」

とチャイムを鳴らされる。

それを電話越しに聞いていたOさんは、「玄関は開けないでね。そのままでいれば大丈夫だから。」と言いますが、昨日とは明らかに様子が違いました。

「ドン」

「ドン!ドン!」

「ドン!ドン!ドン!」

玄関を叩く音が次第に大きくなり、まるで何かを叩きつけるようにしてドアを叩いている。

「ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!」

「ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。」

それと同じように、玄関のチャイムも連続で鳴り続けました。

Tさんは呆然としていましたが、怖くなったSさんは「やめろ!!」と大声で叫ぶと、玄関を叩く音もチャイムもピタっと鳴りやむ。

恐る恐るSさんは玄関まで行き、ドアスコープをのぞき込みましたが、やはりそこには誰もいない。

怖いとは思いながらも、「大丈夫!誰も居ないし終わったよ!」とSさんが振り向いてTさんに言った瞬間。

「…昨日は、開けてくれたのに…。」

と、背後で女の呟く声が聞こえたそうです。

「うわぁ!」と声を上げてTさんの元に駆け寄ると、電話越しにOさんが、

「あはははははは!」

「あはははははは!」

「開けちゃったんだ!ざまぁみろ!ざまぁみろ!あはははははは!あはははははは!」

「やった!やったやったやった!あはははははは!!!」

壊れた機械のように、甲高い声で奇声のような笑い声をあげている。

耐え切れずにSさんは通話ボタンを切って、Tさんの方を見ると、正座したまま白目をむいてガクガクと体を震わせながら痙攣していたそうです。

何がなんだかわからないまま、とりあえず救急車を呼んでTさんは搬送されましたが、特に命に別状はなく点滴だけされて帰されたと言います。

それから数日後、Oさんが地元から大学に戻ってくると同時に、またTさんと付き合いだしました。

あんなに嫌がっていたのに、なぜ復縁したのかは、Tさんに聞いても教えてくれなかったそうです。

Oさんの束縛は相変わらずで、次第にSさんはTさんと疎遠になっていったそうですが、最近になってTさんとOさんが結婚したらしいという話を大学時代の友人から聞いたとのこと。

あのドアをノックする音が何だったのか、Oさんは何を知っていたのか。

「あはははははははっ!」と狂ったように繰り返し笑い続けていたのは本当にOさんだったのか。

“それ”とは一体、何を指していたのか、今となってはそれを知る術は無い。
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