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28. 同胞の刃
夜更け近くになったころ、ふたりは野外からの物音を聞いて、同時に目を覚ました。
朔夜は白梅の隣におらず、戸口に近い壁に寄りかかって、座って寝ていたようだ。
ふたりは耳が良かったので、誰かがこちらに向かって、走っている音が聞こえていた。
朔夜が立ち上がり、戸口から外に出たので、白梅もそれを追いかけた。
(朔夜……!)
外に出ると、夜空には星が輝き、月明かりが差し込んでいたが、その静寂は異様なほど深かった。
朔夜の視線の先に、闇に紛れて、全身に黒緑の鱗をまとった妖獣が現れた。
(あれは……トカゲ族の妖獣?)
白梅の知識だと、確か全身に鱗をまとうのは、トカゲ族の特徴である。
朔夜は月明かりに照らされた、相手の姿を捉えた瞬間、息を詰めた。
その妖獣は、血に汚れた衣をまとい、足を引きずりながら荒々しい息を吐いて、こちらに近づいてくる。
異様な気配を感じて、白梅は全身に、緊張が走った。
突然、妖獣は鋭い目で朔夜を見据えると、一瞬の間もなく、襲いかかってきた。
その動きは、まるで風のように速く、容赦がなかった。
朔夜は咄嗟に身をかわし、辛うじてその攻撃を避けたが、わずかに困惑の表情を浮かべている。
そして、次々と繰り出される攻撃の中、彼女は相手の次の動きを見極めようと必死だった。
しばらく武器を持たずに回避を続けていた朔夜は、ついに腰から小刀を取り出して両手に構え、トカゲの鋭い爪と激しくぶつかりあった。
その衝突の音は、遠くまでこだまするほどで、白梅の耳に鋭く響いた。
拮抗しながら、トカゲ族の男は、少し意識を取り戻した様子で、口を開く。
「朔様」
「生きていたのか」
朔夜が静かにそう言うと、トカゲ族の男は爪をおろして、続けて話した。
「どうか俺を殺してください。俺は、操られています」
朔夜は、その言葉を耳にすると、拳を固く握り締めた。
白梅の目には、手の血管が浮き出したのが、見て取れた。
(ふたりは知り合いなの?)
しかも、このトカゲ族の男の態度から察するに、朔夜の方が地位が上であると、推測された。
「それはできない」
「早く。俺はあなたを殺すように命令されています」
朔夜の周囲の空気が、一瞬にして冷え込み、緊張が走る。
そして、時間が止まったかのように、その場のすべてが静まり返った。
「一体誰に?」
「あいつです。人間の…………グアァッ」
トカゲ族の男が、自分を操っている者の名を口にしようとしたその瞬間、様子が一変した。
その瞳からは光が消え、無表情になった顔は、まるで人形のように無機質になっていた。
そして、迷いなく朔夜に向かって、突進してきた。
ふいに風が巻き起こり、木の枝が折れる音が響き渡った。
白梅は、朔夜の周辺が、徐々に見えない力が満ち溢れるかのように、空気がピリピリとしはじめ、火花が散るような錯覚を覚えた。
トカゲ族の男は、その鋭い爪で、確実に朔夜の命を奪おうと、攻撃を繰り出す。
一方の朔夜は、攻撃を与えたくないようで、二本の小刀で防御に徹していた。
ふいに、鋭い爪が朔夜の頬をかすめ、白い頬に血が滲み出した。
トカゲ族の男はそれを見るなり、弾かれたように、予想外の行動に出た。
「朔様!」
そう叫ぶなり、わずかに構えを解いた朔夜の小刀に向かって飛び込み、自らの心臓を突き刺したのだ。
「申し訳……ありません……」
朔夜の体ごと、小刀を自身の体に強く押し付けながら、トカゲ族の男はそう言った。
そして、朔夜の目の前で、静かに事切れた。
息絶えたその体が、地面へ倒れたのを白梅が目にした瞬間、周囲に激しい突風が巻き起こった。
その風は、朔夜の周囲から、起こっているようだった。
朔夜は顔を伏せて動かないが、その目は血走っているのが見て取れた。
周囲に火花が散り、草や枝、岩までもが砕けて舞い上がり、四方に飛んでいく。
「朔夜……!」
その惨状はまるで、朔夜の激しい怒りを象徴しているかのようだった。
白梅は、朔夜が妖力コントロールの暴走を起こしているのだと、直感した。
周囲の木々が、音を立てて倒れはじめる。
地面が、草木ごと剥がれて、宙に飛ばされる。
風は激しさを増し、朔夜の口元からは、血が溢れ、赤い雫が滴った。
白梅は、強風に飛ばされないように伏せながら、滴った赤い雫が地面に落ちてゆくのを見た。
白梅は、朔夜のその姿を目にすると、いてもたってもいられず、天に向かって強く祈った。
(誰か、朔夜を助けてください!)
その瞬間、周囲で巻き起こっていた暴風が止み、徐々に静けさを取り戻していった。
『あと、二回ね……』
白梅の頭の中に、わずかに悲しげな声が響く。
白梅は、また自分の願いに応えてくれたその声に、心の中でお礼を言った。
朔夜の体は、力なげにその場に崩れ落ちて、地面に伏せた。
そして、拳を振り上げると、地面を強く打った。
地面は音を立てて窪み、続けて大きな亀裂が入った。
「朔夜……!」
白梅は、朔夜にかけ寄ると、彼女の体を抱きしめた。
彼女の悲しみを、全て分かってやれないかもしれないが、少なくとも大切な人を目の前で無くす悲しみは、白梅にもわかる。
せめて隣にいてあげたいと思った。
抱きしめたその体は、白梅にとっては、わずかに震えているように感じられた。
長い間しばらく、ふたりはそのまま動かずにいた。
ふいに、白梅は、自分の息が上がっていることに気付いた。
白梅は朔夜を抱きしめたまま、内心、非常にまずい、と思った。
気づいた時には、何かに絡め取られたように、思考と感覚が鈍っていた。
身体が、どんどん熱くなっていく。
抱きしめた朔夜の身体も、焼けるように熱くなっていた。
ふたりの体は、妖力の消耗の限界が近く、枯渇症状が起きていたのだ。
頭が沸騰したように重く、霞かかっている。
全くそれどころではない状況だというのに、どうやら、この強い生存本能には、抗えなさそうだった。
白梅の小さな頭は、この想定外の事態にもはや処理能力の限界を超え、思考を放棄してしまった。
色々と諦めることにした。
そして、それは朔夜も同じだったのかもしれない。
この後に起きたことについては、白梅の記憶が朧げであるため、詳細は伏せるが、一つだけ、自信を持って言えることがあった。
昨夜の朔夜は……すごく可愛かった。
***
夜明けの頃、白梅は微熱を出していた。
わずかに全身の痛みと気怠さを感じて、少しだけ目が覚めた。
(ここは……どこ……)
しかし、思考はぼんやりとしており、視界は霞み、意識は朦朧としている。
(朔夜はどうなったの……)
横になった体は鉛のように重たく、起こすことができない。
汗をかいて火照る肌が不快感を誘い、白梅が身じろぎをすると、何かひんやりとしたものが額に触れ、頬へ、首元へと徐々に下りてくる。
白梅はその、冷たい心地よさに身を委ねることにして、意識を手放した。
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