夜風の紳士と恥じらう純白乙女 〜春告げ唄〜

黒鳥 静漣

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30. 目隠しの恩人



 白梅は、大人しく、朔夜の作った粥を食べていた。

 いくつかの葉が入ったその粥は、病み上がりの白梅の全身に、優しく染み渡った。
 熱はすっかり下がっており、体の調子はすこぶる良かったが、気分はあまり冴えなかった。

 白梅は咀嚼しながら、朔夜の横顔を、こっそり眺めた。
 朔夜は、腕を組んで立ったまま壁に寄りかかり、目を閉じている。

(男性になっても、相変わらず綺麗だなんて……)

 まだ違和感はあるが、こちらが本来の姿なだけはあり、しっくり来るような気がする。
 なんだか少し、悔しい気もした。

「ごちそうさま」

 まもなく、白梅が粥を食べ終わってそう呟くと、朔夜が椀を下げた。

 目の前を通り過ぎた男性から、涼やかな花のような香りが漂い、白梅の鼻をかすめた。
 この男は、紛れもなく朔夜なのであると、認めざるを得なかった。

「私はこの家から去る」

 椀と箸を洗い終えると、朔夜はそう言って、身支度をはじめた。
 白梅は、彼女……ではなく、彼を引き止めたいような、引き止められないような、微妙な心持ちだった。

 朔夜が徐に、手に持っていた薄手の布を、目元に巻き始めた。
 白梅はその姿を見て、弾かれたように立ちあがった。

 朔夜のその姿は、とても見覚えのある人だった。

 ずっと探していた、命の恩人。

 かつて、早少女村が無くなった後に、白梅を助けてくれた恩人の姿だったのだ。

「な、なぜその目隠しを……?」

 白梅は蚊の鳴くような声で、なんとかその質問を絞り出した。

「家憲がある」
「か、家憲……?」
「視線を合わせることを含め、他者との不要な接触を避ける、といった掟が多く存在する」

 そう返ってきたので、白梅は眩暈がした。

(他社との接触を避ける……? そんな、変な掟がある種族があったなんて……)

 一体なんなのだ、朔夜の種族は。

 大方、朔夜が今まで本当の名前や性別を伏せていたのも、この掟とやらのせいなのだろう。
 このような怪しく、はっきり言って面倒くさい種族など、白梅はもはや、知りたくないような気がしてきた。

 思い返せば女性時の朔夜は、出会い頭から素顔のままだったが、あの時は、足傷の止血に布が使われていた。

 白梅に対しては、とっくに触れ合ってしまった仲だったので、今更、気にしていなかったのだろう。
 朔夜が先ほど布を巻きはじめたのは、今から家を出るためだった。

 しばらくの沈黙のあと、白梅は、命の恩人に会えたらずっと聞きたかったことについて、意を決して聞いてみた。

「あ、あの、前に、獣化した白い猫を助けた覚えはある……? 雪が降っていた夜に」
「ある」

 朔夜は布を縛り終え、さらりと答えると、戸口に向かって歩き出した。
 やはり朔夜はあの夜に、白梅に声をかけて助けてくれたひとなのだ。

「待って……!」

 白梅は思わず、大きな声で、彼を呼び止めた。

 朔夜は歩みを止めて、白梅の方を向いた。
 白梅は、小走りで朔夜の目の前に行くと、深く深くお辞儀をした。

「私はずっと、あなたに恩返しがしたかったの。あの夜は、助けてくれてありがとう」

 白梅がそう言うと、朔夜は白梅の前で片膝をついて、白梅に目線を合わせようとした。

「あの時の白猫が、あなたであるということは気付いていた」

 それを聞いて、白梅は一瞬足元がふらついた。

(気付いていたの……)

 なぜもっと早く教えてくれなかったのかと、問いそうになったが、彼女、いや、彼には何も非はないと思い直した。

「あなたには、何度も助けられた。頭を下げなくていい」

 朔夜はさらに続けてそう言い、白梅の体を起こした。

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