人形の輪舞曲(ロンド)

美汐

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第三章 呪われたクラス

呪われたクラス4

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 それからしばらくして池沢家に到着した。僕の家ほどではないが、この家もなかなか年季が入っている。壁を伝う雨だれの染みが歴史を感じさせた。周囲の住宅も古い家が多い。
 ミナミがさっそくインターホンを鳴らした。しかし、しばらく待ってもなにも反応がない。それから何回か試してみたが、誰も玄関口に現れる気配はなかった。
 平日の昼間だ。大人は大抵仕事に出かけているはず。いるとしたら、専業主婦か入園前の幼児、または年金暮らしの老人。それか夏休み中の学生くらいのものだ。そんな夏休み中の学生が出てくるのを期待していたのだが。
「いないようね」
 ミナミが肩をすくめて息を吐いた。
「せっかく来たのに残念ですね」
「誠二くん。玄関の鍵閉まってるか確認してくれない?」
「えっ、あっ、……はい」
 なんで僕がと思ったが、逆らえるわけもなく、玄関の扉の取っ手をガチャガチャやってみた。完全に鍵がかかっているようだ。
「閉まってます」
「見ればわかるわ」
 当然のように反応が冷たい。
「美鈴ちゃん。池沢くんがどこに行ったかとか見当つかないわよね」
「そうですね……。部活も文化部だったから、夏休みはそんなに活動していないとは思うんですけど、どうなんでしょう。ちょっとわからないです。すみません」
「どこかに遊びにいったのかもしれないっすね。夏休みだし」
 そう言ってわははと笑う熊田。なにも面白いことなどないのになぜそこで笑う。
「仕方ないわね。出直しましょうか」
 結局ここまで来て無駄足になってしまった。消化不良な気まずい空気が流れる中、美鈴ちゃんが口を開いた。
「あの、せっかく外出てきたんですし、ちょっと回り道になりますけど、加奈子の様子見に行きませんか? あ、別にあたしだけで行ってもいいんですけど」
「……そうね。他に寄る予定もないし、いいわよ」
 ミナミがそう言うと、美鈴ちゃんはとても嬉しそうに笑った。
 友達思いの優しい子だ。彼女の笑顔を見ていると、なんだか救われたような気分になる。彼女がいてくれて良かったと、そう思った。
 そういうわけで、急遽行き先は前田家へと変更になった。まだまだ陽は高く、じりじりと暑い。アスファルトからは陽炎が上り、自転車を漕ぐ足も自然と重くなった。途中、自動販売機で一人ずつジュースを買って飲んだ。熊田が一人、炭酸飲料を買ってむせ返ったのを見て、みなで笑った。

 前田家へ着くと、加奈子ちゃんの母親が玄関から出てきた。僕たちの姿を見ると、まあと言って昨日のことで何度も感謝された。そして遠慮する暇もなく、昨日の和室に案内された。加奈子ちゃんの母親は専業主婦なのか、もしくはたまたまなのかよく家にいるようだ。もしかすると、加奈子ちゃんのために家にいるのかもしれない。加奈子ちゃんの母親は僕たちにお茶とお菓子を出すと、自分は奥へと引き返していった。
 出されたお茶やお菓子をありがたく頂戴していると、ふすまを開ける音がして、そこから加奈子ちゃんが顔をのぞかせた。
「加奈子!」
 美鈴ちゃんが呼びかけると、加奈子ちゃんはまだやつれてはいるものの、にっこりと微笑み返してくれた。昨日の姿から思うと、随分と元気になったように見える。
「大丈夫? みんな昨日来てくれた人たちだよ。あ、こっち座って」
 そう言って、美鈴ちゃんは自分の隣に加奈子ちゃんを座らせた。ちょうどみな昨日と同じ位置におさまり、自然と話題は昨日のことへと移っていった。
「ミナミさんの言うとおりにして、風通し良くしたりいろいろ片付けたら、なんだかすっきりしました。でもまだ怖いので、できるだけ家族と一緒にいるようにしてます」
「そう。それは良かった」
 ミナミはにこりと笑ったかと思うと、一瞬考えるような顔をした。
「少し訊いてもいいかしら?」
「あ、はい」
 加奈子ちゃんは、不思議そうにミナミの顔をのぞいた。
「池沢卓也くんって知ってるわよね。同じクラスの」
 加奈子ちゃんはその名前を聞いて怪訝な顔をした。
「彼もあなたと同じものを見たらしいの」
 その言葉の意味がよくわからなかったのか、加奈子ちゃんは不思議そうに瞬きした。それから数秒後、はっとして口を開いた。
「まさかそれって……人形……?」
「そうよ。うちのサイトに書き込みしてたタクさんっていうのが池沢くんだったみたいなの。あなたと同じクラスって知って、なにか共通した出来事とかがあったのじゃないかって思って」
「共通した出来事……?」
「例えばいつもと違うようななにかをしたとか」
「さあ……、特別なにかをしたっていうのは思い浮かばないですけど……」
「そう。じゃあ、なにか周りで変わったことはなかった? 美鈴ちゃんでもいいけど、なにか覚えてないかしら」
 美鈴ちゃんと加奈子ちゃんは顔を見合わせた。すると、美鈴ちゃんがなにかを思い出したのか、あっと声を出した。
「そういえば、三年になってからうちのクラス変なことがよく起こってたんです!」
「変なこと?」
「よく物がなくなったりとか、怪我人も多かったよね」
 美鈴ちゃんと加奈子ちゃんは、確認するようにうなずきあった。
「くわしく教えてくれる? 例えばどんな物がなくなったとか、怪我でもどんな程度のものだったか」
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