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第四話 生命の木
生命の木2
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赤池と出会ったのは、合コンの席だった。会社の事務員として働いていた私は、同じ職場の先輩から、人数が足りないから参加して欲しいと頼まれたのだ。乗り気ではなかったが、先輩にしつこく頼まれ、断ることができなかった。
「坂井さん彼氏いないんでしょ。だったらいいじゃない」
「はあ……」
彼氏がいないならいいという、先輩の言葉が理解できなかった。彼氏がいないイコール彼氏が欲しいという図式しか、先輩の頭の中にはないようだった。
そのとき私は、彼氏が欲しいと思ってはいなかった。むしろ男なんて邪魔だと思っていた。前の彼とは一年前に別れ、それ以来一人だった。しかし、寂しいとは思わなかった。むしろ、一人のが楽だった。
別れた元彼は、束縛が強く、私の行動をいちいち監視した。どこへ行き、なにをし、誰と会った。そんなことを事細かに報告させられた。ラインも一時間のうちに何度も入ってきて、そのたびに返信をしなければならなかった。少しでも返信が遅れると、電話がかかってきて、なぜ遅れたのかとしつこく追及された。
そんな毎日が、窮屈で苦しくて仕方なかった。何度も別れようと思った。実際何度もそういう話をしたが、そのたびに元彼は泣いて私にすがってきた。捨てないでくれ、俺が悪かったから、と。そして情にほだされては再び元の束縛される毎日に戻っての繰り返しだった。だから、ようやく元彼と別れられたときは、本当に嬉しかった。
ようやく自由になり、一人の自由を満喫できるようになったのだ。だから、先輩の頼みもあって合コンに行くことにはなったが、そこで男を作ろうという気は毛頭なかった。
合コンというのが男女の出会いの場ということはわかっていたが、見ず知らずの男女が一つのテーブルに集まってお互いを物色するさまは、なんだか滑稽だった。
元々合コンという雰囲気が好きではなかった私は、盛り上がる先輩たちの横でなんとなく居心地が悪い思いをしていた。車で来ていたのでお酒も飲めなくて、適当につまみを摘んでは食べるしかなかった。会話にも入らず、テーブルの隅でウーロン茶の入ったグラスに浮いた水滴を指でなぞるようにしていた私に、正面に座っていた男が話しかけてきた。
「坂井さん……だっけ。休みの日とか、なにしてるの?」
確か自己紹介で赤池と名乗っていたことを思い出しながら、その男の顔を見た。見た目は良くも悪くもない、特別に魅力のある顔でもなかった。目が細く、なんとなく狐に似ているように思った。ただ、唯一気に入ったのは、ごつい大きな手だった。骨が太く、戦車のようだと思った。
私はぼうっとテーブルの上に置かれた赤池の手を見つめながら、質問されていたことを思い出した。
「あ、えーと。休みの日は、家でゴロゴロしてることが多いです」
「ふーん。そういうの、もったいなくない? なにもしずに一日が終わっちゃったりして」
「そうですか? 別に私はそうは思いませんけど」
赤池の顔を見ると、なんだかその目が私のことを値踏みしているような気がして、私はすぐに視線を下に向けた。赤池の手の指先がトントンとテーブルを叩いている。なんだか落ち着かなかった。
「俺はバイクが趣味でさ。週末になると、だいたいバイクでどっか出かけてるんだ」
「そうなんですか」
バイクが趣味。男というのはなぜだか知らないが、そういう乗り物や機械的な代物が好きだという人が多い。わからないけど、たぶん多いと思う。元彼も車が趣味だと確か言っていたことを思い出した。
赤池はバイクの話をさらに続けていた。私は排気量がどうとかスピードがどうとかいう話を、はあとかそうですかとか適当に返事をしながら聞いていた。
合コンもお開きになり、私はさっさと帰るつもりでいた。店を出て解散になり、自分の車へと向かっていると、後ろから声をかけられた。
「坂井さん。今度、一緒にツーリングしない?」
赤池が立っていた。少しはにかんだような笑顔を見せていた。
いきなりそう言われて、私は返事に困ってしまった。
「あっ。いきなりすぎたかな。じゃあ、せめてラインのID交換だけでも、お願いします」
赤池はあの戦車のような手で、顔の横を掻いた。その手を見ていたら、そんなつもりなどなかったはずなのに、私はこくりと頷いていた。
「坂井さん彼氏いないんでしょ。だったらいいじゃない」
「はあ……」
彼氏がいないならいいという、先輩の言葉が理解できなかった。彼氏がいないイコール彼氏が欲しいという図式しか、先輩の頭の中にはないようだった。
そのとき私は、彼氏が欲しいと思ってはいなかった。むしろ男なんて邪魔だと思っていた。前の彼とは一年前に別れ、それ以来一人だった。しかし、寂しいとは思わなかった。むしろ、一人のが楽だった。
別れた元彼は、束縛が強く、私の行動をいちいち監視した。どこへ行き、なにをし、誰と会った。そんなことを事細かに報告させられた。ラインも一時間のうちに何度も入ってきて、そのたびに返信をしなければならなかった。少しでも返信が遅れると、電話がかかってきて、なぜ遅れたのかとしつこく追及された。
そんな毎日が、窮屈で苦しくて仕方なかった。何度も別れようと思った。実際何度もそういう話をしたが、そのたびに元彼は泣いて私にすがってきた。捨てないでくれ、俺が悪かったから、と。そして情にほだされては再び元の束縛される毎日に戻っての繰り返しだった。だから、ようやく元彼と別れられたときは、本当に嬉しかった。
ようやく自由になり、一人の自由を満喫できるようになったのだ。だから、先輩の頼みもあって合コンに行くことにはなったが、そこで男を作ろうという気は毛頭なかった。
合コンというのが男女の出会いの場ということはわかっていたが、見ず知らずの男女が一つのテーブルに集まってお互いを物色するさまは、なんだか滑稽だった。
元々合コンという雰囲気が好きではなかった私は、盛り上がる先輩たちの横でなんとなく居心地が悪い思いをしていた。車で来ていたのでお酒も飲めなくて、適当につまみを摘んでは食べるしかなかった。会話にも入らず、テーブルの隅でウーロン茶の入ったグラスに浮いた水滴を指でなぞるようにしていた私に、正面に座っていた男が話しかけてきた。
「坂井さん……だっけ。休みの日とか、なにしてるの?」
確か自己紹介で赤池と名乗っていたことを思い出しながら、その男の顔を見た。見た目は良くも悪くもない、特別に魅力のある顔でもなかった。目が細く、なんとなく狐に似ているように思った。ただ、唯一気に入ったのは、ごつい大きな手だった。骨が太く、戦車のようだと思った。
私はぼうっとテーブルの上に置かれた赤池の手を見つめながら、質問されていたことを思い出した。
「あ、えーと。休みの日は、家でゴロゴロしてることが多いです」
「ふーん。そういうの、もったいなくない? なにもしずに一日が終わっちゃったりして」
「そうですか? 別に私はそうは思いませんけど」
赤池の顔を見ると、なんだかその目が私のことを値踏みしているような気がして、私はすぐに視線を下に向けた。赤池の手の指先がトントンとテーブルを叩いている。なんだか落ち着かなかった。
「俺はバイクが趣味でさ。週末になると、だいたいバイクでどっか出かけてるんだ」
「そうなんですか」
バイクが趣味。男というのはなぜだか知らないが、そういう乗り物や機械的な代物が好きだという人が多い。わからないけど、たぶん多いと思う。元彼も車が趣味だと確か言っていたことを思い出した。
赤池はバイクの話をさらに続けていた。私は排気量がどうとかスピードがどうとかいう話を、はあとかそうですかとか適当に返事をしながら聞いていた。
合コンもお開きになり、私はさっさと帰るつもりでいた。店を出て解散になり、自分の車へと向かっていると、後ろから声をかけられた。
「坂井さん。今度、一緒にツーリングしない?」
赤池が立っていた。少しはにかんだような笑顔を見せていた。
いきなりそう言われて、私は返事に困ってしまった。
「あっ。いきなりすぎたかな。じゃあ、せめてラインのID交換だけでも、お願いします」
赤池はあの戦車のような手で、顔の横を掻いた。その手を見ていたら、そんなつもりなどなかったはずなのに、私はこくりと頷いていた。
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