世界の終わり、茜色の空

美汐

文字の大きさ
22 / 43
第五章 変化の兆し

変化の兆し2

しおりを挟む
 変化はときに突然、否応なく訪れる。不可避な運命というものがあるのだとしたら、それはいったいどんな姿をしているのだろう。





 ずぶ濡れになった僕たちは、さすがに寒くなってしまって、この近所に住んでいるクラスメイトの山田やまだに助けを求めることにした。山田の家は自営で酒屋をやっていて、店にはお菓子類なども置いてあるので、たまに僕らも学校帰りに寄っているのである。もちろん買うのは菓子だけで、酒はこんな銘柄が並んでいるのか眺めさせてもらっているだけだ。
 幸い山田は家にいたようで、携帯で電話をかけるとすぐに連絡が取れた。

「はあ? なにしてんだよ。朔はともかく茜ちゃんや冷静が売りの京まで」

「悪い。お詫びになにか奢るから」

「まあ、いいけどさ。京にはいつも勉強関係では世話になってるから。けど、お前ら遊びもほどほどにしろよ~」

 まさか宿題さぼりの常習犯である山田にそんなことを言われる日が来るとは、人生わからないものだ。

「とりあえず、風邪を引くといけないから早く山田のところへ行こう」

「そうだね。ちょっとはじけすぎちゃった」

「まあ、楽しかったけどな」

 興奮冷めやらぬ様子の二人の顔は充足感に満ちている。僕もわけのわからない高揚感に身が包まれていた。
 僕たちが浜辺を去ろうと上の道路に続く階段を登っているときだった。
 道路の東側のかなり遠くのほうに誰かが立っていて、じっとこちらを見ているような気がした。なんとなく不審に思ってそちらを見つめていると、その人物はすぐにどこかへと立ち去っていった。

 なんだったのだろう。
 そのときはそう思ったが、こちらを見ていたように感じたのはきっと気のせいだろうとすぐに思い直し、さっさと山田の家に向かうことにした。





「タオルに着替えここ置いておくね。シャワーの使い方わかる? おばさんまた店のほう行ってくるから、なにかあったら大きい声で呼んでね。隆志たかしも遠慮なく使ってね」

 山田酒店に着くと、事前に話を通してくれていたようで、クラスメートの山田隆志とともにその母親が僕らの面倒をテキパキとみてくれた。ずぶ濡れでさすがに寒くなってしまった僕らは、そんなおばさんの好意をありがたく受け取り、暖房を効かせた和室で着替えさせてもらった。その間、茜だけは先に風呂場でシャワーを貸してもらっていた。

「俺の服だから、朔はまだしも京にはちょっと短いけど」

「それは仕方ない。少しの間だけ我慢するさ」

「ある意味屈辱的だな……」

 山田がぼそりとそんな呟きを漏らしたが、どういう意味かはわからなかった。

「悪いな。おばさんも店のことで忙しいのに、いろいろ面倒かけて」

「別にいいってことよ。結構世話好きだからあの人」

「そうならいいけど……」

「それに、実は母ちゃんお前のこと結構気に入ってるからさ。さっき京が来るって話したらテンションあがってたんだぜ」

「そ、そうなのか? それは……礼を言っておくべきかな」

「ぶっ、変なところで真面目だな、お前」

 とりあえず寒さは山田のお陰もあり落ち着いた。山田はまだなにか用事の途中だったようで、一旦店のほうへと戻っていったので、和室には僕と朔だけが残された形となっていた。
 朔の様子を見ると、先程まで紫色になっていた唇は通常の色に戻り、血色もよくなってきているようだ。

「ちょっとはしゃぎすぎたな、朔」

 僕がそう話しかけると、朔はにんまりと笑顔を見せた。

「まさか京も参加してくるとは思わなかったけどな」

「勢いあまって術者の作戦に引っかかったってところだ。普段だったらあんなこと僕は絶対しないけどな」

「いい経験だったじゃないか。俺に感謝したまえ」

「誰がするか。逆に謝罪しろ。特に山田家に対して」

「はいはい」

 相変わらずのお気楽な物言いに、呆れて苦笑するしかない。どこまでも得な性格だと思う。

「ところで京。昨日の賭けのことなんだけどな」

 突然の話題の転換に、僕は心臓が喉から飛び出そうになった。一気に全身が緊張を帯びる。

「うまくいきそうか?」

 朔がこちらに目を向けた。すっと最前のおちゃらけた雰囲気を消し、真面目な顔つきを見せる。

「……まだなんともだな」

 やっとそう答え、深く息を吸い込む。

「ふうん。まあ、期限は明日まで一応あるしな。約束、破るなよ」

「……ああ」

 そうは言ったものの、明日までにちゃんと告白ができるかどうか、自分自身わからなかった。
 世界が終わるかもしれないという危機に直面し、今のうちに心残りを残さないよう行動するべきだ、というのはわからないでもない。けれど、世界が終わるというのに告白をすることに意味はあるのだろうかという気持ちもある。
 未来がないかもしれない。相手に戸惑いを持たせて終わるかもしれない。
 それはただの自己満足なのではないのか。
 ただ己の想いを昇華させたいという、それだけの行為なのではないだろうか。
 ――それに。

「朔は? 朔にも想いを伝えたい相手というのがあるんじゃないのか?」

 口を突いて言葉が飛び出した。

「お前も、世界が終わる前に誰かに伝えたいことがあるんじゃないのか……?」

 きょとんと、朔は僕の顔を見つめていた。

「俺が?」

「ああ。お前にも好きな女の子くらいいるだろ?」

「そりゃまあ、男として生まれた以上は、女の子は大好きだぜ」

「そういう意味じゃなく、特定の誰か一人に特別な想いをだな……」

 だんだんいらいらとしてきて、この際はっきり言ってやろうかと思えてきた。

「たとえば京みたいに?」

 一瞬息が止まる。朔はなんの裏も感じさせず、そんなことを言う。

「京がこれから告白しようとしている相手のような存在が、俺にもいるのかってことだろ?」

「そうだよ。わかってるならまどろっこしい言い方するなよ」

「それならいるよ」

 今度はさらりと。なんでもないことみたいに。

「好きな人ならいる」

 鼓動が大きく鳴った。いつかの放課後の教室で見た朔の横顔を思い出す。

「なあ、お前の好きな相手っていうのは……」

「はー、さっぱりした」

 僕の後方から、襖の開く音とともにそんな声が入ってきた。紺色のジャージ姿で肩にかけたタオルで髪の毛を拭きながら茜がやってきたのだ。

「山田くんの妹さんのジャージ借りたけど、ぴったりで助かったよ。……ん、どうかした?」

 茜の登場により、さすがに続く言葉を朔に放つのがためらわれ、言葉を失するしかなかった。朔もまた、意味深な笑みを浮かべたまま黙っている。

「……なんでもねーよ。ちょっと男同士の話をしていたところだったんだ」

 先に口を開いたのはやはり朔だった。そこになにか答えを見出そうと視線を合わせたが、朔の心は読み取れなかった。
 その後僕と朔もシャワーを借り、礼を言って山田家を後にした僕たちは、とりあえずそれぞれの自宅に帰ることになった。空を見上げると、いつの間にか日も傾いてきて、また一日が終わりに近づいてきている。
 駅に着くと、朔は駅の駐輪場から自分の自転車を出してきた。僕と茜は同じバスに乗って帰るため、まだ一緒だったが、朔は違う方向になるので、そこで解散ということになった。

「じゃあ、また明日だね」

「おう、また明日」

「またな」

 朔は僕たちと挨拶を交わすと、さっと自転車に跨って駅前の大通りの向こうへと去っていった。

「また明日って言うのも、今日が最後かもしれないね」

 朔を見送りながら、茜が隣でそんな言葉を発する。明日の次の日が来るのかどうか。結局明日になってみないとわからない。

「最後になってもならなくても、僕たちは明日を受け入れるしかない。なにが起こるかわからないけど、それまでの貴重な時間を精一杯過ごそう」

「……そうだね」

 今僕は茜と二人きりだったが、告白はまだできない。結局朔にはあのあともはぐらかされて、彼の本心を聞き出すことはできなかった。
 きっと朔も茜のことが好きなはずだ。なのに、なぜ僕の背中ばかり押そうとしているのだろう。僕も茜のことが好きだと、きっとあいつも気づいているはずなのに。それをちゃんと確かめなければ、告白などできるはずがない。あいつが僕に遠慮をしているのだとしたら、そんなフェアじゃないことは僕自身が許せない。
 どういう理由にしろ、明日それをはっきりとさせる必要がある。リミットは刻一刻と近づいてきているのだ。

「明日が運命のときだ」

 独りごちるように呟いたときだった。

「すみません」

 後ろから呼びかけられ、僕たちは振り返った。
 そしてそこには、意外な人物が立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

処理中です...