世界の終わり、茜色の空

美汐

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第七章 彼のいない世界

彼のいない世界3

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 朔という男の子は、とても目立つ存在だった。
 高校入学当時から、どこか他の人を惹きつけるものを持っていて、緊張の殻を破りながら少しずつ周りに溶け込もうとしている他のクラスメートたちのなかで、誰よりも早く自分らしさを全面に出していたように思う。
 屈託ない言動で周囲の人たちを笑わせ、天真爛漫な笑顔と自由さでいつでもクラスの中心に彼はいた。
 そんな朔が私は好きで、京もきっとそうだったろうと思う。
 朔と私たちは最初から気が合った。なぜかわからないけれど、初めて会ったときから、昔から知っている親しい友人のような気持ちさえしていた。
 三人で過ごしているときの居心地の良さ。楽しくて仕方ない時間。
 それが突然失われてしまった。
 胸にぽっかりと穴が開いてしまったような虚無感。いつもすぐそばにあった存在が、なくして初めてその大きさに気付く。
 朔こそが、幸せの象徴だった。朔こそが、私たちの絆だったのだ。だから私たちは、どうしても朔を捜し出さなければならない。
 朔。どこにいるの?
 どうして他のみんなは朔のことを忘れてしまったの?
 突然こんなふうになにも知らないままあなたの存在を忘れるなんてできない。
 朔。あのとき、あなたの身になにが起きたのか。
 知りたい。
 だからどうか。
 どうか私たちの前に姿を現して。
 朔――。

 西の空が茜色に染まり、鳥の群れがどこからか飛んできて頭上を通り過ぎていった。
 私たちは、学校の校庭にいた。鉄棒の直線と並ぶように、私と京の影が長く地面に伸びていた。
「どこに行ったんだろう。あのバカ」
 京が呟くように言葉を落とす。眼鏡の奥の目は伏してしまいそうなほどに細められていて、なにかを深く思案しているように見える。
「僕たちになにも言わずに忽然といなくなるなんて」
 二つ並んだ自分たちの影を見つめている京の心中を察し、私はたまらない気持ちになる。いつもなら、もう一つここに並んでいるはずの影。欠けてしまった大切なもの。
「本当にみんな朔のことを知らないみたいだったね。それに、どうして写真まで……」
 思い出したら、また涙が零れそうだった。
 クラスのみんなに朔のことを訊ね、その思い出を思い出させようといろんな話をした。けれど、私と京を除く、みなの思い出のなかに朔の記憶だけがすっかり消えてなくなってしまっていた。おかしいと思ってアルバムをひっくり返し、朔と一緒に撮ったはずの写真を探してみたが、どんなに探してもそのなかに朔の姿は見つからなかった。
「なんで……っ」
 なにかがあのとき、世界の崩壊と再び遡った時間のなかで変わってしまったのだ。どうしてだかわからないが、朔が消えてしまった世界に私たちはいる。
「なんで朔だけが……!」
 両手で顔を覆った。受け止めきれない現実に打ちのめされる。こんなことが起きるなんて信じられなかった。信じられるわけがなかった。
 そんな、混乱で体中が満たされた状態の私の耳に、隣から落ち着いた声が降り注いだ。
「今のところ状況としては絶望的だ。だがそれでも、わずかな希望はあるということを心に留めておかなければいけない」
 すっと、不安に押し潰されそうだった気持ちが少しだけど和らぐ。
「朔が本当にこの世界に存在しないのだとしたら、僕と茜のなかにだけ記憶が残っているというのは、どうしても矛盾となる。だとしたらこの状況は、世界がそのものの摂理に基づいて変わったというよりも、もう少しなにか、誰かの作為的なものを感じる」
「誰かの作為……?」
 再び京に視線を戻すと、彼の目の奥には、先程よりも強い光が宿っているように見えた。
「これは仮説だが、あのとき、世界が終わりを迎えたとき、世界を構成する要素が分解され、粉々になった。そこから再び遡った時のなかで、世界が再構築したのだとすれば、その世界を形作る要素のなかにおける朔という存在がなにかしらの方法で消されてしまったんだ」
「え……? それって、どういうこと?」
「つまり、たとえばパソコンでなにか新しいプログラムをインストールしたりして、再起動することがあるだろう。それは、OSが起動している間は改変できない仕組みのファイルを書き換えたり置き換えたりするために必要なことだからだ。アンインストールの際でもシステムに関わるファイルが変更される場合には再起動が必要になる」
「つまり、この世界で朔という存在がアンインストールされた……ってこと? そして再起動された?」
「例えが悪いかもしれないが、状況としてはそういうことなんじゃないかと思う」
「でも、だったらどうして私たちには朔の記憶が残っているの? タイムリープしたことがなにか関係しているの?」
「確証はない。だけど、僕たちがたとえばその世界を構築するプログラムの入ったパソコンから切り離された状態にあったとしたら? 外部のメモリー、USBでもSDカードでもいいけど、つまりそういうところにいたとしたら?」
 私は、はっと息をのんだ。世界がパソコンみたいなものだという例えに違和感は拭えないけれど、京の言いたいことはなんとなくわかったように思う。
「タイムリープで世界を遡った存在である僕らは、この世界を構成する要素からは別の次元に存在していた。だから朔の記憶は改変されることなく、すべて残されていた。そう考えると、辻褄は合う気がするんだ」
「でも、そんなことってできるの? それってつまり、あの世界の崩壊と再生は、なにものかの意志によるものだということになるんだけど」
 あまりに途轍もないことに、私は自分でも自分の発した言葉の意味を理解できずにいた。
 世界の崩壊と再生。
 この世界は誰かの意志によって存在しているのだろうか。もしそうなのだとしたら、それは神様と呼ばれるような存在なのだろうか。
 私の質問に、京もすぐには答えを出せないでいるようだった。けれど、なにかを深く洞察しようとしている。
「まだわからない。わからないことが多すぎる。けれど、一つだけはっきりしていることは、今回のことに、あの秋野鈴という少女と一緒にいた男たちがなにかしら関係しているのだろうということだ。そして、彼らかもしくは彼らに関わる何者かの思惑によって、この世界から朔という存在が消し去られようとしているんだろう」
 京は、もたれていた鉄棒から身を起こし、自分の両足で大地をしっかりと踏みしめた。
「だとしたら、やはり朔はどこかにいるはずだ。そう僕の記憶が訴えている」
 私はそれを聞いて京に体を向き合わすと、深くうなずいた。
「そうよね。朔はきっとどこかにいる。私もそう思う」
 絶望は消えてはいない。けれど、わずかに残された希望の光は、その輝きを大きく増したように思えた。
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