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Chapter.7 夏合宿
9 心の鍛錬
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合宿二日目の朝がやってきた。朝食時にG組のメンバーが、昨日と同じように同じ席に集まっていた。
やはり気になるのは、昨夜のことだ。
「昨日はなかなか寝られなかったんだけど、予知夢で見たようなことはなにもなかったよ」
そう話す沙耶ちゃんは、少し赤い目をしていた。寝不足気味なのかもしれない。
「そっか。じゃあ、問題は今晩だね」
「まあ、先輩たちが喧嘩したとしても、それが例の沢での夢と関係あるかどうかも今のところわからないわけだ。だから、それはそれとして、引き続き僕と幸彦は見張りを続けることにしよう」
美周がそう言うと、沙耶ちゃんは一瞬不安そうな顔をしたが、特になにも言わなかった。
「僕と沙耶ちゃんは今日も一日部活漬けだから、とりあえずそれに専念することになるね。それと、夕飯は今日は剣道部のみんなでバーベキューらしいよ」
と僕が言うと、「バレー部も同じく」と小林も言った。すると相田も続いて「あ、うちの写真部もそれに混ぜてもらうことになるみたい」と言った。
僕たちのそんな話を聞いて、幸彦が口を尖らせた。
「なんだよそれ。ずりぃ! 俺もバーベキューしたい!」
それを聞いた僕は、お前は子供かと思ったが、沙耶ちゃんの発した言葉は違った。
「そうだよね。桐生くんたちだってせっかくだし、参加したいよね。それって駄目なのかな?」
沙耶ちゃんは、幸彦の小学生のようなわがままにもこんなにも優しい。幸彦も沙耶ちゃんの言葉に、少し感激している様子である。
「じゃあ、あとで先生に訊いてみようか」
僕がそう言うと、幸彦と沙耶ちゃんは嬉しそうに目を輝かせた。
朝食後、夕方からのバーベキューに、幸彦と美周の二人も参加してもいいかどうか、新田先生に訊ねると、まったく問題なしとの答えだった。幸彦と沙耶ちゃんはそれを聞くと、ハイタッチをして喜んでいた。なんて無邪気なんだろう。
そのあとはそれぞれ別れて、僕と沙耶ちゃんは道場へと向かった。剣道部の合宿において、この二日目というのが一番本腰を据えて稽古をする重要な日であるらしい。この日は、顧問の新田先生の他に、もう一人、指導の先生が入っていた。
角谷先生という年配の人で、普段はこの辺りにある道場の師範をしているらしい。白髪交じりの髪に深く顔に刻まれた皺。老人と言っても差し支えないほどの年齢に見えるが、その気迫と風格にはただならぬものがあった。挨拶をしたあと、いつものように素振りや切り返しなどの稽古を始めると、さっそく厳しい声が飛んできた。
「そこっ。足! 足がなっとらん!」
「姿勢を意識しろ!」
「声が聞こえん!」
新田先生の穏やかな厳しさとは違う、空気をピンと張りつめていくような、威厳に満ちた声だった。いつもとは違う稽古の雰囲気に、いい意味での緊張感が道場内に漂っていた。
基本のメニューが終わると、一人ひとり、角谷先生に稽古をつけてもらえることになった。まずは先輩たちが先だったが、見ているだけで、角谷先生という人の凄さがびんびんと伝わってきた。
僕の順番がきた。礼をして蹲踞。中段に竹刀を構える。角谷先生の前に立つと、それだけでその威圧感に圧倒された。体格だってそんなに大きいわけでもない。けれど、もうそのオーラが違うのだ。眼光だけで射殺されそうな気がする。
そしてその構えには、付け入る隙がない。どこをどうやって攻めればいいのかまったくわからなかった。とにかく攻撃をして、隙を作っていくしかない。
しかし、やはりそれは難しかった。面は弾かれ、逆に胴を決められた。続いて小手を狙うが、これも無理。僕の攻撃は次々とかわされ、逆に打ちのめされる一方だった。次の攻撃がまるで読まれているかのようで、もう最終的には手も足も出なくなった。
「ありがとうございました」
なんという強さだろうか。ひやりとした汗が背中を伝って流れていった。まるで僕の剣道など児戯にも等しい。
そんな僕に、角谷先生は言葉をかけてくれた。
「きみの剣には迷いがある。心の曇りが見える。心を研ぎ澄ましていかなければ、太刀筋は見えてこない。心の鍛錬に励むように」
心の鍛錬。心を強くしろということか。
まるで僕のことなど、すべて見透かされているようだった。
やはり気になるのは、昨夜のことだ。
「昨日はなかなか寝られなかったんだけど、予知夢で見たようなことはなにもなかったよ」
そう話す沙耶ちゃんは、少し赤い目をしていた。寝不足気味なのかもしれない。
「そっか。じゃあ、問題は今晩だね」
「まあ、先輩たちが喧嘩したとしても、それが例の沢での夢と関係あるかどうかも今のところわからないわけだ。だから、それはそれとして、引き続き僕と幸彦は見張りを続けることにしよう」
美周がそう言うと、沙耶ちゃんは一瞬不安そうな顔をしたが、特になにも言わなかった。
「僕と沙耶ちゃんは今日も一日部活漬けだから、とりあえずそれに専念することになるね。それと、夕飯は今日は剣道部のみんなでバーベキューらしいよ」
と僕が言うと、「バレー部も同じく」と小林も言った。すると相田も続いて「あ、うちの写真部もそれに混ぜてもらうことになるみたい」と言った。
僕たちのそんな話を聞いて、幸彦が口を尖らせた。
「なんだよそれ。ずりぃ! 俺もバーベキューしたい!」
それを聞いた僕は、お前は子供かと思ったが、沙耶ちゃんの発した言葉は違った。
「そうだよね。桐生くんたちだってせっかくだし、参加したいよね。それって駄目なのかな?」
沙耶ちゃんは、幸彦の小学生のようなわがままにもこんなにも優しい。幸彦も沙耶ちゃんの言葉に、少し感激している様子である。
「じゃあ、あとで先生に訊いてみようか」
僕がそう言うと、幸彦と沙耶ちゃんは嬉しそうに目を輝かせた。
朝食後、夕方からのバーベキューに、幸彦と美周の二人も参加してもいいかどうか、新田先生に訊ねると、まったく問題なしとの答えだった。幸彦と沙耶ちゃんはそれを聞くと、ハイタッチをして喜んでいた。なんて無邪気なんだろう。
そのあとはそれぞれ別れて、僕と沙耶ちゃんは道場へと向かった。剣道部の合宿において、この二日目というのが一番本腰を据えて稽古をする重要な日であるらしい。この日は、顧問の新田先生の他に、もう一人、指導の先生が入っていた。
角谷先生という年配の人で、普段はこの辺りにある道場の師範をしているらしい。白髪交じりの髪に深く顔に刻まれた皺。老人と言っても差し支えないほどの年齢に見えるが、その気迫と風格にはただならぬものがあった。挨拶をしたあと、いつものように素振りや切り返しなどの稽古を始めると、さっそく厳しい声が飛んできた。
「そこっ。足! 足がなっとらん!」
「姿勢を意識しろ!」
「声が聞こえん!」
新田先生の穏やかな厳しさとは違う、空気をピンと張りつめていくような、威厳に満ちた声だった。いつもとは違う稽古の雰囲気に、いい意味での緊張感が道場内に漂っていた。
基本のメニューが終わると、一人ひとり、角谷先生に稽古をつけてもらえることになった。まずは先輩たちが先だったが、見ているだけで、角谷先生という人の凄さがびんびんと伝わってきた。
僕の順番がきた。礼をして蹲踞。中段に竹刀を構える。角谷先生の前に立つと、それだけでその威圧感に圧倒された。体格だってそんなに大きいわけでもない。けれど、もうそのオーラが違うのだ。眼光だけで射殺されそうな気がする。
そしてその構えには、付け入る隙がない。どこをどうやって攻めればいいのかまったくわからなかった。とにかく攻撃をして、隙を作っていくしかない。
しかし、やはりそれは難しかった。面は弾かれ、逆に胴を決められた。続いて小手を狙うが、これも無理。僕の攻撃は次々とかわされ、逆に打ちのめされる一方だった。次の攻撃がまるで読まれているかのようで、もう最終的には手も足も出なくなった。
「ありがとうございました」
なんという強さだろうか。ひやりとした汗が背中を伝って流れていった。まるで僕の剣道など児戯にも等しい。
そんな僕に、角谷先生は言葉をかけてくれた。
「きみの剣には迷いがある。心の曇りが見える。心を研ぎ澄ましていかなければ、太刀筋は見えてこない。心の鍛錬に励むように」
心の鍛錬。心を強くしろということか。
まるで僕のことなど、すべて見透かされているようだった。
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