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第二話 河童の落とし物
河童の落とし物3
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なりゆきで河童のお皿探しをするはめになった私は、河童に詳細を訊いて、彼がここ最近過ごしていた場所を探して回ることにした。面倒だが、引き受けてしまったものは仕方がない。
河童のいた場所から川沿いに上流を遡ること少し。商業施設の建ち並ぶ辺りから少し遠ざかっただけで、周囲の景色の多くが山の緑に包まれていた。
「ああもう、また面倒なことを引き受けちゃったな~」
自分で選んだことだとはいえ、急な予定変更で帰りの時間はどんどんと遅れてしまう。あそこで河童に逢わず、その頼みを聞き入れていなければ、もうとっくにスーパーにたどり着いて買い物を済ませているところだ。
「それにしても、どこまで見て回ればいいんだろう。だいたい、なんでそんな大事なもの落とすかな~」
まぬけな河童もいたものだと、ある意味呆れる。そしてそんなまぬけな河童の頼みを聞く私もたいがいお人好しだと思う。
とにかく早いところその河童の皿とやらを見つけて、本来の用事を済ましてしまおう。
私は一旦自転車を降り、それを引いて歩きながら歩みを進める。川沿いの道をよく見て歩くが、特にそれらしきものが落ちている様子はない。
歩いていくうちに、辺りの景色からは家屋の数が少なくなり、代わりに田んぼの面積が広がっていった。田んぼの景色には馴染みがあるものの、この辺りの道はあまり来たことがなかった。途中の道沿いに看板があり、そこには「更科(さらしな)果樹園はこちら」と書かれてあった。川の流れもそちらの方向に続いている。
「そういえば、この辺りは梨が有名だったっけ」
梨といえば、私の好きな果物のベスト3に入る。急に口の中がじゅわりと唾で溢れた気がして、我ながらその食いしん坊ぶりに感心した。
「うん。是非今年は梨狩りに行こうじゃないの」
そんな誰得な決意を固めながら、私は更科果樹園があるという道
の先へと向かっていった。
更科果樹園。
主に梨と柿の木を栽培している果樹園で、幸水や豊水、富有柿などの品種を取り扱っている。
シーズンには梨狩りも楽しめるようだ。
昔一回だけ連れてきてもらったことがあったな、と遠い記憶が蘇り、懐かしい気持ちが沸き起こってきた。
道の向こう側にある果樹園の様子をなにげなく見ていると、ふいになにかの声がどこかから響いてくることに気がついた。
「一ま~い。二ま~い。三ま~い」
きょろきょろと辺りを捜すと、果樹園より少し離れたところにある井戸のところからそれは聞こえてくるようだった。
「四ま~い。五ま~い。六ま~い」
うわぁ、これ、どっかで聞き覚えがあるなぁ。
もう嫌な予感しかしないんですけど~。
河童の頼み事たけでも困っているのに、これ以上のやっかい事はごめんである。さっさとここから立ち去ろうと歩みを進みかけたそのとき、それは聞こえてきた。
「七ま~い。八ま~い。九ま~い。……十ま~い」
十枚。……十枚?
思わず視線を井戸の方へと戻すと、井戸の中から女が皿を胸に抱えて出てきていた。
「あれ、皿かぞえ……だよね? え? でもなんで十枚?」
皿かぞえとは、お化け屋敷でも定番。播州皿屋敷の元となった妖怪で有名な妖怪である。播州というのは、現在の兵庫県南西部、お菊さんの井戸は姫路城にあるらしい。ということはここにいる妖怪はあのお菊さんではなく、別の妖怪なのかもしれない。しかし、東京が舞台の番町皿屋敷というのもあるようで、実はお菊さんの井戸というのは全国のいたるところにあったりもするらしい。だとしたら、この妖怪皿かぞえがお菊さんでないとも言い切れないわけで……。
元の地が棲みにくくなったかなにかの理由でここに棲みついてしまったのかもしれないし。
まあ、ここにいる皿かぞえが本物のお菊さんかどうかはともかくとして、問題は皿かぞえが数えていた皿の枚数だ。
皿かぞえは、十ある皿のひとつを井戸に落とした罪で殺され、その亡魂が井戸に現れて一から九までの皿の数を数え、十を言わずに泣き叫ぶというもののはずである。
だが、ここにいる皿かぞえは、九で止まらず、十まで数えた。
「う~ん。これはおかしいぞ」
怪しく思った私は、少し、いやかなりためらったものの、自転車をその場に置くと、その井戸のほうへと近づいていった。普通なら妖怪に自ら近づいていくことなんて考えられない行為だけれど、そのときばかりは事情が違っていた。
なぜなら、私の中である仮説が浮かんできたからである。
河童のいた場所から川沿いに上流を遡ること少し。商業施設の建ち並ぶ辺りから少し遠ざかっただけで、周囲の景色の多くが山の緑に包まれていた。
「ああもう、また面倒なことを引き受けちゃったな~」
自分で選んだことだとはいえ、急な予定変更で帰りの時間はどんどんと遅れてしまう。あそこで河童に逢わず、その頼みを聞き入れていなければ、もうとっくにスーパーにたどり着いて買い物を済ませているところだ。
「それにしても、どこまで見て回ればいいんだろう。だいたい、なんでそんな大事なもの落とすかな~」
まぬけな河童もいたものだと、ある意味呆れる。そしてそんなまぬけな河童の頼みを聞く私もたいがいお人好しだと思う。
とにかく早いところその河童の皿とやらを見つけて、本来の用事を済ましてしまおう。
私は一旦自転車を降り、それを引いて歩きながら歩みを進める。川沿いの道をよく見て歩くが、特にそれらしきものが落ちている様子はない。
歩いていくうちに、辺りの景色からは家屋の数が少なくなり、代わりに田んぼの面積が広がっていった。田んぼの景色には馴染みがあるものの、この辺りの道はあまり来たことがなかった。途中の道沿いに看板があり、そこには「更科(さらしな)果樹園はこちら」と書かれてあった。川の流れもそちらの方向に続いている。
「そういえば、この辺りは梨が有名だったっけ」
梨といえば、私の好きな果物のベスト3に入る。急に口の中がじゅわりと唾で溢れた気がして、我ながらその食いしん坊ぶりに感心した。
「うん。是非今年は梨狩りに行こうじゃないの」
そんな誰得な決意を固めながら、私は更科果樹園があるという道
の先へと向かっていった。
更科果樹園。
主に梨と柿の木を栽培している果樹園で、幸水や豊水、富有柿などの品種を取り扱っている。
シーズンには梨狩りも楽しめるようだ。
昔一回だけ連れてきてもらったことがあったな、と遠い記憶が蘇り、懐かしい気持ちが沸き起こってきた。
道の向こう側にある果樹園の様子をなにげなく見ていると、ふいになにかの声がどこかから響いてくることに気がついた。
「一ま~い。二ま~い。三ま~い」
きょろきょろと辺りを捜すと、果樹園より少し離れたところにある井戸のところからそれは聞こえてくるようだった。
「四ま~い。五ま~い。六ま~い」
うわぁ、これ、どっかで聞き覚えがあるなぁ。
もう嫌な予感しかしないんですけど~。
河童の頼み事たけでも困っているのに、これ以上のやっかい事はごめんである。さっさとここから立ち去ろうと歩みを進みかけたそのとき、それは聞こえてきた。
「七ま~い。八ま~い。九ま~い。……十ま~い」
十枚。……十枚?
思わず視線を井戸の方へと戻すと、井戸の中から女が皿を胸に抱えて出てきていた。
「あれ、皿かぞえ……だよね? え? でもなんで十枚?」
皿かぞえとは、お化け屋敷でも定番。播州皿屋敷の元となった妖怪で有名な妖怪である。播州というのは、現在の兵庫県南西部、お菊さんの井戸は姫路城にあるらしい。ということはここにいる妖怪はあのお菊さんではなく、別の妖怪なのかもしれない。しかし、東京が舞台の番町皿屋敷というのもあるようで、実はお菊さんの井戸というのは全国のいたるところにあったりもするらしい。だとしたら、この妖怪皿かぞえがお菊さんでないとも言い切れないわけで……。
元の地が棲みにくくなったかなにかの理由でここに棲みついてしまったのかもしれないし。
まあ、ここにいる皿かぞえが本物のお菊さんかどうかはともかくとして、問題は皿かぞえが数えていた皿の枚数だ。
皿かぞえは、十ある皿のひとつを井戸に落とした罪で殺され、その亡魂が井戸に現れて一から九までの皿の数を数え、十を言わずに泣き叫ぶというもののはずである。
だが、ここにいる皿かぞえは、九で止まらず、十まで数えた。
「う~ん。これはおかしいぞ」
怪しく思った私は、少し、いやかなりためらったものの、自転車をその場に置くと、その井戸のほうへと近づいていった。普通なら妖怪に自ら近づいていくことなんて考えられない行為だけれど、そのときばかりは事情が違っていた。
なぜなら、私の中である仮説が浮かんできたからである。
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