喫茶店オルゴールの不可思議レシピ

一花カナウ

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雨の思い出 ~ You sing a song for me ~

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 ――――……

 レンは林間学校の直後に引っ越してしまったが、二十歳を過ぎた今でも連絡がある。仲は良いのだが、恋愛関係にはならなかった。これまでの過去がそうであったように、未来でもこの関係は崩れないのだろうと節は思う。
 ベンチで眠ってしまったらしい。頬に当たる冷たい雨に起こされた。気温が一定以上に達して、積乱雲が生まれたようだ。厚い雲が空を覆ってしまったために辺りは薄暗い。
 ぽつりぽつりと降り出した雨は、節が立ち上がると同時に本降りになった。
 困ったな、と節が思った時、背後からすっと傘が伸びた。振り向くと律が立っていた。
「たまにはお迎えもいいかなって」
 にっこりと律は笑む。
「ここまで何で来たんだ? 歩くと遠いだろ?」
 まさか迎えに来るとは予想していなかったので、節は心底驚いていた。今まで一度も迎えに来たことなどなかったはずなのだ。
「久し振りにバスに乗ったよー。電車で乗り継ぐよりラクだし。店にせっちゃんがいなかったから、風を追って来たんだ」
 節はますます驚いた。律が節より先に店にいることなど滅多にないからだ。
 持ってきたもう一つの傘を開くと律は節に手渡す。
「ふぅん……ここは僕にとっての森林公園と同じかな……良い風の吹く場所だね」
 律は視線を川に向けると告げる。
「たまに来たくなるんだ」
 受け取った傘を肩に載せて川に近付く。
「初恋の場所?」
 律が面白がって指摘する。
 節は身体の熱を感じ取った。
「律! 人の心を読むなぁっ!!」
 素早く振り向いて怒鳴る。心拍数が増えている。節は平常心を取り戻そうと呼吸を整えることに意識を向ける。
「……本気で怒らないでよ」
 律は、ちょっとした冗談じゃないかと言いたげに肩をすくめる。いつものように『りっちゃん』と呼ばなかったことに対してのコメントらしい。反省の色は見えない。
「ったく、前から言っているじゃないか。そーゆープライバシーを侵害するようなこと、するなって」
 ムキになり過ぎたとは思いつつも、注意しておかねばならないことだ。律のそういうところは見過ごせない。節は仕事で必要とされない限り、他人の心を読むようなことはしなかった。
「悪気はなかったんだよ。ごめん」
「今のはからかうつもりで言っただろ? 充分に悪気があったと見なすね」
「う~っ……」
 返す言葉が見つからないようだ。唸るだけで台詞にならない。
 節はそんな律に背を向けた。
「――よく来る気になったな」
 節の目の前を流れる水面には多数の波紋が広がっている。
「なんか、ね。滅多にないことするから、せっかくお天気だったのに雨が降ってきちゃったよ」
 とぼけるように律が答える。
「休業日に午前中から顔を出すなんて、確かに珍しいことだな。――ホント、あんなに天気が良かったのに」
 節はわざとらしく言う。
「理由、わかっているくせに、言わせたいのかい?」
 照れくさいのか、口調が冗談めかしたものになっている。
 節は彼に背を向けたまま黙っている。
 律はなかなか続きを言おうとしなかったが、観念したようだ。ぼそぼそとした声で続ける。
「――昨晩はムキになってごめん。せっちゃんが車を出したくないのわかっててわざと言ったんだ。こういうの、ヤキモチって言うんだよね? なんか変な感じがするけど」
「……ヤキモチ、ねぇ」
 呟いて、節は顔だけを向けて律を見る。充分に反省している様子だった。節はふっと笑う。
「お互い様かも」
 律は首を傾げる。節の台詞の意味がわからないらしい。
「……?」
「りっちゃんはいーねー。風読みといえど、俺の気持ちすべてがわかるかっていったら、そうでもないみたいだし」
 人には何かしら欠落した感情がある。いや、言葉を持たない感情が存在する。その感情はそれを持つ自身が理解しかねているもの――もし、その感情を他人から感じ取っても具体的にはわからない。
 ――ひょっとして俺は、感情を補い合うために律の傍にいるのか?
 思いがけない発見に、節の心はざわめく。
「??」
 律はますますわからないという顔をする。
「帰ろうか? それとも買い物に行くか?」
 節はにっこりと笑って問う。律がきょとんとしている。
「――未完成で不完全だから、傍にいられるのかな」
 風の囁きは耳を澄ませば聞こえるのに、何故気付かないのだろう。彼らは常に声をかけてくれているのに、どうして無視してしまうのだろう。
「行く。連れてってくれるの?」
 軽く飛び跳ねて、律が嬉しそうな声を出す。一瞬前に、冷たい精霊のような表情を見せて。
 この不連続にしか思えない一面に、節はいつもどきりとさせられる。それでも知らない振りを節は続ける。それが二人のバランスなのだと心得ているから。二人の風の奏でる音は、この微妙なずれが調度良い。
「いーや、迎えついでにりっちゃんが連れていくんだ。決まっているだろ?」
 けけけっとからかうように笑う。
「じゃあさ、気が済むまで付き合ってもらうよ。何か新作のお菓子を作りたくなってね。えっとね、たまには趣向を変えて和菓子を作ってみようかって思うんだけどさ」
 空いている片手を軽く回しながら乗り気で言う。
「いーけど、ほどほどにしてくれよ。振り回されている俺の身も考慮しろよ」
 ため息混じりに節が言う。律はもう高いところに立っている。うきうきしているのが様子からも、風からもわかる。
「まぁ、ちょこっとはね」
 その台詞には節を振り回している事実に対し微塵も反省していない様子が窺える。
「本当にわかってるんかなぁ」
 ため息をつきつつ、節は律の後を追った。

#完
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