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月見日和
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月にはウサギがいるという。
「ウサギねえ。月のクレーターが見せる影がウサギを描いているように感じられるという意味なら、まあ月にウサギがいると言えるか」
そう答えると、彼女は頬を膨らませた。
「岩石だらけの衛星なんだし、ウサギくらいのサイズの生物は存在できないだろう?」
彼女も理工学部所属なのだから、メルヘンチックな解答を期待して話を振ったわけではないんだろう。俺が尋ねると、こっちを見つめていた視線はまんまるの月に向けられた。
「まあ、それはそうなんだけど」
「じゃあなんで不貞腐れているんだ?」
「別にぃ」
真面目な議論は不要ということだろうか。俺もまた空を見上げる。
まんまるのお月様。今宵は月見日和。
「月にウサギを見出すことについて異論はないつもりだが、なんで餅つきを連想したんだろうな」
「団子をおそなえしてたからじゃない?」
「餅と団子は別物だろ。米から作るけどさ」
「正確には米も別の種類のはずだけど、そこじゃなくて。形とか食感とか、思うところがあったんじゃないかしらってこと」
「うーん」
彼女が差し入れで持ってきてくれた団子を口に突っ込む。小腹が減ったところだったからちょうどいい塩梅だ。
「ウサギは餅はつかねえだろ」
「擬人化好きだからねえ。ウサギは二足歩行しないし、前脚は杵を持てないよ」
「そうなんだよなぁ。なんでそういう発想になったんだか」
人間が餅をついていることにしたかったのに、頭の上にある長い耳のような部分がどうにも説明がつかなくてウサギにしてしまったってところだろうか。
「本を読む女性あたりが想像しやすいよね」
「カニもわかる。身近ならカニじゃないか?」
「どこにでもいるわけじゃないじゃん、カニ」
「ウサギが餅つきしてる姿も身近じゃないだろ」
「それはそれだよ」
その返事を聞いて、俺たちは笑い合った。
ひとしきり笑って、俺は満月を見る。この時間はまだ完璧な満月ではないことを知っているが、自分の目で見ている限りでは充分に円い。
「……身近、ね」
「当たり前にそこにあるかってことでしょ」
「月の満ち欠けも当たり前の変化ってことだ」
「そうだね」
団子を食べる。美味しい。
「月を見上げて、月にはウサギがいて餅をついてるっていう話を、俺らが産まれる前からずっとどこかで誰かがしてきたって考えるとすげえな」
「月ではウサギは生きられないってわかっていても、そもそもウサギは餅なんてつかないって知っていても、誰かは面白がって話題にするんだよ」
「俺らみたいに?」
「そう」
大真面目に頷く彼女の口に団子を押し当てる。彼女ははむっと食いついて、俺の指を舐める。
「……そういうの、やめろよ」
「期待したんじゃないの?」
「噛むと思った」
「こんな時間に部屋にいるんだけど」
丸い月はわりと高い位置にある。今の時刻はそこからも計算できよう。
「家まで送らないとな」
やれやれと立ち上がると、彼女は俺のTシャツの裾を引っ張った。見やれば、彼女はモジモジしている。
「きょ、今日は可愛い下着で来たんだよ!」
「ベランダでンな話すんな!」
彼女を部屋に引き込んで、掃き出し窓をさっと閉める。たぶん、窓を開けて月見をしている部屋なんてなかっただろうけど、そういう問題ではないのだ。
脈が早い。
「ふふ。まあいいけどね」
笑って、彼女はひらりと玄関に向かう。
「いいんだ?」
「うちで飲み直そ? 明日は一限ない日でしょ?」
なるほど、そう来たか。
「じゃあ、そうしようかな」
俺が珍しく誘いに乗ったからか、彼女は驚いた顔をした。
「コンビニに寄ろう」
「うんうん。いいねえ」
彼女は上機嫌だ。
俺たちは満月が照らす明るい道を、手を繋いで歩くのだった。
《終わり》
「ウサギねえ。月のクレーターが見せる影がウサギを描いているように感じられるという意味なら、まあ月にウサギがいると言えるか」
そう答えると、彼女は頬を膨らませた。
「岩石だらけの衛星なんだし、ウサギくらいのサイズの生物は存在できないだろう?」
彼女も理工学部所属なのだから、メルヘンチックな解答を期待して話を振ったわけではないんだろう。俺が尋ねると、こっちを見つめていた視線はまんまるの月に向けられた。
「まあ、それはそうなんだけど」
「じゃあなんで不貞腐れているんだ?」
「別にぃ」
真面目な議論は不要ということだろうか。俺もまた空を見上げる。
まんまるのお月様。今宵は月見日和。
「月にウサギを見出すことについて異論はないつもりだが、なんで餅つきを連想したんだろうな」
「団子をおそなえしてたからじゃない?」
「餅と団子は別物だろ。米から作るけどさ」
「正確には米も別の種類のはずだけど、そこじゃなくて。形とか食感とか、思うところがあったんじゃないかしらってこと」
「うーん」
彼女が差し入れで持ってきてくれた団子を口に突っ込む。小腹が減ったところだったからちょうどいい塩梅だ。
「ウサギは餅はつかねえだろ」
「擬人化好きだからねえ。ウサギは二足歩行しないし、前脚は杵を持てないよ」
「そうなんだよなぁ。なんでそういう発想になったんだか」
人間が餅をついていることにしたかったのに、頭の上にある長い耳のような部分がどうにも説明がつかなくてウサギにしてしまったってところだろうか。
「本を読む女性あたりが想像しやすいよね」
「カニもわかる。身近ならカニじゃないか?」
「どこにでもいるわけじゃないじゃん、カニ」
「ウサギが餅つきしてる姿も身近じゃないだろ」
「それはそれだよ」
その返事を聞いて、俺たちは笑い合った。
ひとしきり笑って、俺は満月を見る。この時間はまだ完璧な満月ではないことを知っているが、自分の目で見ている限りでは充分に円い。
「……身近、ね」
「当たり前にそこにあるかってことでしょ」
「月の満ち欠けも当たり前の変化ってことだ」
「そうだね」
団子を食べる。美味しい。
「月を見上げて、月にはウサギがいて餅をついてるっていう話を、俺らが産まれる前からずっとどこかで誰かがしてきたって考えるとすげえな」
「月ではウサギは生きられないってわかっていても、そもそもウサギは餅なんてつかないって知っていても、誰かは面白がって話題にするんだよ」
「俺らみたいに?」
「そう」
大真面目に頷く彼女の口に団子を押し当てる。彼女ははむっと食いついて、俺の指を舐める。
「……そういうの、やめろよ」
「期待したんじゃないの?」
「噛むと思った」
「こんな時間に部屋にいるんだけど」
丸い月はわりと高い位置にある。今の時刻はそこからも計算できよう。
「家まで送らないとな」
やれやれと立ち上がると、彼女は俺のTシャツの裾を引っ張った。見やれば、彼女はモジモジしている。
「きょ、今日は可愛い下着で来たんだよ!」
「ベランダでンな話すんな!」
彼女を部屋に引き込んで、掃き出し窓をさっと閉める。たぶん、窓を開けて月見をしている部屋なんてなかっただろうけど、そういう問題ではないのだ。
脈が早い。
「ふふ。まあいいけどね」
笑って、彼女はひらりと玄関に向かう。
「いいんだ?」
「うちで飲み直そ? 明日は一限ない日でしょ?」
なるほど、そう来たか。
「じゃあ、そうしようかな」
俺が珍しく誘いに乗ったからか、彼女は驚いた顔をした。
「コンビニに寄ろう」
「うんうん。いいねえ」
彼女は上機嫌だ。
俺たちは満月が照らす明るい道を、手を繋いで歩くのだった。
《終わり》
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