スペクターズ・メディエーター

一花カナウ

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改めて、契約を。《完結》

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***


「――義典と美月はそうやって君を救った。そして、その礼として君の孤独な気持ちをミコトに喰わせた。――彼女の主な力は、孤独を喰らって対象の人間を救うことにある。それゆえに特定の人間のそばに居続けることができないのだがな」

(あぁ、だからミコトさん、僕が目覚めたとき涙を浮かべてくれたんだ。父さんの願いを叶えられたかどうか、心配だったから。僕を助けるために父さんと母さんが死んだって言ったのも単なる気休めじゃなかったんだ。ミコトさんが父さんを殺したのだって……僕を生かすためだったんじゃないか!)

 どうしてそれを思い出せずにいたのだろうと、典兎は自分を責めた。悔やんでも悔やみきれない。

「記憶が欠けてしまったのは災難だったね。だが、記憶のすべてを失いかけていながらもたった一日を失っただけで済んだのだから、彼女は大したものだよ」

 蓮はミコトが消失した地点に歩いていくと、しゃがんで何かを拾い上げた。

「典兎くん」

 呼びかけられて典兎が顔を向けると、蓮は拾ったそれを投げる。慌ててキャッチすると、手の中のそれを見た。硬い感触の温かな物体。

(石?)

 親指の爪ほどの大きさの赤い石が手の中にあった。

「その中にミコトが宿っている。持っているといい」
「えっ?」

 典兎は蓮と石を交互に眺める。

(――これにミコトさんが……?)

「長期間絶食状態に陥ると、そんな感じで仮死状態に移行する。丁度、次の雨季を待って土の中で眠る魚みたいなものだ。この世に感情が存在する限り、彼らは完全に消滅することはないからね」
「どうしたら……彼女は元に戻るんですか? やっぱり僕が孤独になれば……」

 ミコトは義典の孤独に惹かれて姿を現したと聞いていた典兎はそのことを思い出す。

「それでも構わないけど、もっといい方法がある」
「?」

 首をかしげて蓮を見つめると、彼はにこりと笑った。

「スペクターズ・メディエーターになればいい」
「どういう……?」
「食べにくいものを親が噛み砕いて子に与えることがあるだろう? それと同じで、訓練すれば様々な感情を異形の者スペクターの栄養源として分け与えることが可能になるんだ。――でないと、どうやって義典はミコトを使役していたのかわからなくなるだろう?」
「あ……!」

 急に目の前が明るくなったような気がした。

(そうか! スペクターズ・メディエーターになれば、ミコトさんに恩返しできるし、そばにもいられる!)

「さて烏丸殿、私はこれで失礼するよ。約束は守ったからな」

 強い陽射しによって作られた蓮の影の中に黒いそれは飛び込むようにして溶け込んだ。

「私のことを忌々しい調停者と罵った割には素直なものだな」

 それで典兎はあの影が自身の食事を兼ねてわざと気に障ることを言っていたことに気付く。

(はぁ、なるほどねぇ)

「――ま、それはいいとしてだ。修行する気があるなら面倒をみるよ。義典から頼まれているしね」
「――父さんからって?」

 話が見えてこない典兎が、義典の名を聞いて不思議そうな顔をする。

「悪運がやたら強いくせに無駄に丈夫な義典が死んだと聞いて、詳細を聞こうとんでみたんだよ」
「??」

 説明されても意味がわからない。典兎の頭上にたくさんの疑問符が並ぶ。

「……スペクターズ・メディエーターについて、本当に何も聞いていないんだねぇ。典兎くんは」

 呆れたとでも言いたげに蓮がため息をつく。

「私はメディエーターの中でも、霊魂を呼び出すのに長けている霊媒師でね。死んだ義典を現世に喚んで、話を聞いたのさ」
「そ……そんなことまでできるの?」

 目をぱちくりさせて素直に驚く典兎を見て、蓮は懐かしい気持ちになった。義典と初めて会った頃のことがよぎったからである。

「君がどちらを選ぶにしても、異形の者スペクターが見えるなら知識と訓練が必要になる。さ、どうする?」

 すでに典兎の気持ちは固まっていた。断る理由がない。

「もちろん、やります!」

 典兎の決意の声が山に響いていった。




*****




 ――五年後。

(免許皆伝までこんなに時間がかかるなんて)

 試験会場かつ免許配布場であった場所から帰宅する途中で、車を歩道に寄せると停車させる。両親に免許を取得したことを知らせるため、墓参りに来ていた。

「これで一人前のスペクターズ・メディエーターか……」

 エンジンを切ったところで、典兎は貰ってきたライセンスカードを取り出す。運転免許証にも似たそれを眺めながら、実感がなさそうな様子で呟いた。

(さて、墓参りの前にっと)

 典兎は自身の首から下がっている袋を手に取る。ちりめんでできた手作りの御守り袋の中には、ミコトを宿した石が入っていた。常に肌身離さず持っていたので、かなりぼろぼろになっている。
 典兎はずっと封印してきた袋を開けた。手の中に赤い石が転がる。

(ここで大丈夫かな)

 辺りには人影が見えない。彼岸やお盆ではない平日の墓場はとても静かだ。
 もう一度よく辺りを見回すと、典兎は呼吸を整えた。

(――さぁ、ミコトさん。僕の声に応えて)

 石を両手で包み込み、心の底から念じる。
 同時に、今までの修行で身につけた感情のコントロールを行い、ミコトを宿した石にエネルギーを注ぐ。

(ミコトさん……!)

 すると、手の中の石に変化が生じた。熱を帯び始めたのである。

(あとちょっと!)

「――義典さん……?」

 着物姿の少女が助手席に座る形で現れた。焦点が定まらないぼんやりとした表情を典兎に向けていたが、次の瞬間、彼女は目を真ん丸にして何度もしばたたかせた。

「な……なんで? 典兎くんっ?!」
「良かった。ミコトさんだ」

 にこりと典兎が笑むと、ミコトは身体を乗り出して彼の顔をまじまじと見つめる。

「どうして……って、それ! スペクターズ・メディエーターになっちゃったの?」

 膝の上に置いてあった典兎のライセンスを見て、ミコトは戸惑う。

「なりましたよ――ってか、喜んで下さいよ。ミコトさんに会いたくてなったようなものなんですから」
「ばかっ! 説明したでしょ? スペクターズ・メディエーターがどんだけ大変な仕事なのかって」
「だから、ミコトさんに手伝ってほしいと思いまして」

 嬉しそうに典兎が告げると、ミコトは頬を染めて助手席に戻る。

「く……口説いているつもりっ?」

 しどろもどろになって呟くミコトに典兎は大真面目に頷く。

「僕と契約を交わして下さい。あなたを独りにしないって誓いますから」
「ば、ばかっ!」
「それとも、僕では不満ですか?」

 その問いに、ミコトは首を激しく横に振る。

「なら、そんな顔をしないで下さいよ」

 今にも泣き出しそうな顔をしているミコトを見て、典兎は指摘する。

「嬉しいときだって涙は出るわよっ」

 着物の袖で溢れそうな涙を拭う。久し振りの再開と、思ってもみなかった言葉で胸がいっぱいだった。

「――あ、すっかり忘れてた」

 典兎がはっとして言うと、ミコトはきょとんとする。

「何を?」
「ん……。ずっと言いたかったことなんですけどね」
「何よ、勿体ぶって」

 感情を読み取れるミコトではあったが、典兎が告げようとしている言葉まではわからない。

「――ミコトさん?」

 充分な間。ミコトは黙って続きを待つ。やがて典兎は口を開いた。

「おかえりなさい」

 優しい気持ちでいっぱいになる。ミコトにとって苦痛でしかなかった感情が、今は温かくて心地よい。

「――ただいま」

 ミコトは典兎に抱きついて、嬉し涙を流したのだった。

【了】
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