不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】

虫の知らせとアイスコーヒー

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「――虫の知らせってあるんっすねえ」

 店長がカウンター席の青年にアイスコーヒーを提供すると、青年がポツリと告げた。

「それは面白い話かね?」

 店長のまるい眼鏡が光った。話に興味があるのだろう。
 青年はグラスに刺さったストローを指先で摘んでくるりとコーヒーをかき混ぜる。

「虫の知らせなんだから、明るく楽しい話じゃないさ」
「それで?」
「SNSで繋がっていた顔も知らねえ友人がいたんだ」
「うん」
「背中がやたらと張るんだよねって話を頻繁に書き込んでいたんだが、あるときからそれすらもなくなってしまって」
「病気かねえ?」

 店長が相槌を打つと、青年はこくりと頷く。

「俺もそう思って、これまでの書き込みから居住地を割り出して歩いてみたんだ」
「すごい行動力だ」
「なにもなければそれでいい、ちょっと体調を崩して入院しているだけなんだ、そう言い聞かせた」
「それで、虫の知らせ、かな?」

 青年は大きく息を吐き出して、コーヒーをひと口。目がキラキラとしたあたり、コーヒーが好みの味だったのだろう。わかる、店長の淹れるコーヒーは美味しい。

「最近は家で葬式をすることも減ったからさ、わかりにくいもんなんだけど」
「そうだね」
「ある集合住宅の前で骨つぼを抱えた女性と彼女が連れていた幼稚園児くらいのガキとすれ違ったんだよね」
「ふむ」
「顔も知らないし、本名も知らないけど、そういうことなんだなって」

 大きく息を吐いて、再びコーヒーを啜る。

「その骨つぼの中身が彼だったのかは定かじゃないが、その日の夜にSNSに書き込みがあってさ。家族が代理でってヤツ。妻が書き込んでいたんだ。葬式は近親者のみで済ませましたって」
「なるほど」
「これまで既婚者であること、明かしてなかったんだけどな。実家暮らしっぽい感じだったから、驚いているやつも多かった。まあ、独身連中でオタク趣味に興じている感じだったから」
「全部をインターネットに書き込むものでもないからね」
「ああ。子どもが小さいなら、なおさらかもな」

 納得したような顔をして、青年はコーヒーを啜った。

「――たまたまあの日、あの場所に行かなきゃ見ることなんてなかった。少しでも時間がずれていたら、知ることもなかった。たまたま思い立って行くことにしたら、遭遇したっていう、虫の知らせの話」
「うんうん。悪くない話だ」
「聞いてくれてありがとう」
「いやいや、今は混雑していないから問題ないさ。そういう奇妙な偶然の話は好物なのでね」

 確かに、店長は上機嫌そうである。
 俺はふと、青年の隣の席に目を向ける。

「ついでに俺の話もしていいか?」
「構わないよ。あまり長いと困るけれどね」

 店長にあしらわれて、青年はクスッと笑う。

「なんかさ、骨つぼ見て、後世まで墓が残るような生き方がしたいなあって思って」
「ほう?」
「墓を任された側は面倒で仕方がないだろうけど、墓って誰かが生きてきた証じゃん。その墓が長く残っているって、すごいことだなって」
「目標ができたわけだね」
「ここのところ、惰性で生きてたから、墓って最終地点としては悪くないかもって」
「確かに悪くないかもしれないね。偉人の墓も残っていることが多い」

 店長が頷く。

「墓を買うのも維持するのも金がかかるし、貯めておこうという目標もできた。結果的に悪くなかった気がする。健康にも注意が必要だよなあ」

 大きめの独り言。残ったコーヒーを飲み切る。氷はまだ残っていた。青年は尻ポケットから財布を取り出す。

「俺、あんまり甘いもの得意じゃないから注文できなくてさ。コーヒーも飲み過ぎると腹にきてしまうから、これはおかわりの注文ってことにして受け取ってくれ」

 千円札を取り出して、カウンターに置く。

「……足りるよな?」

 先払いでアイスコーヒーを購入しているから値段はわかっているはずだ。千円あればお釣りは出る。俺はこっそりうんうんと頷いておく。

「そんなことしなくても気持ちだけで構わないよ」

 店長は固辞したが、青年は首を横に振った。

「できるなら、アイツにも飲ませたかったんだ。あんたの淹れたコーヒーが美味かったから」
「そういうことならいただいておこう」
「ごちそうさま」

 店長が困ったように笑うと、青年は満足げな様子で店を出て行った。

「――心配いらないんじゃないかな」

 店長は青年の座っていた席の隣に顔を向ける。

「そうですね」

 青年の隣に座って話を聞いていた幽霊は穏やかな顔をして立ち上がる。

「僕の家族よりも思いつめていたような顔をしていたから様子をうかがっていたんですが」
「良いご友人だったようだね」
「話が合う友人の一人でした。ここまで気に掛けてくれていたとは、正直思っていなかったんですがね」

 頬を掻いて、出て行こうとする幽霊の前に、店長はアイスコーヒーを置く。

「逝く前にどうぞ」
「……いいんですか?」
「彼からの奢りなのでね」

 幽霊は座り直して、アイスコーヒーを啜る。

「ああ、本当だ。美味いな」
「アイス用にとっておきの豆を選んでいるので」
「こだわりの一杯、ですか」

 嬉しそうな声で告げて、あっという間に飲み終えてしまった。カランと氷の音が店内に響く。

「ごちそうさまでした。これからの長旅の前にいただけてよかった」
「お盆の際には立ち寄っていただいても構わないよ」
「覚えていたら、そのときは是非に」

 幽霊はそう返すとスッと消えていなくなった。

「……奇妙な客たちだったな」

 俺がカウンターに残された二つのグラスを持ってカウンターの反対側に向かう。シンクに置いて、テーブル拭きを手に取る。

「この時期は向こうとこっちが混じりやすいからねえ」
「俺が働く前はこれが普通だったんだろ?」
「どうだったかな」

 笑って誤魔化されてしまった。奇妙な話を集めるのが店長の趣味だったはずなのだが。

「今日の客はどちらも不幸ではなかったからよかったが、今後のことを考えると獅子野くんを巻き込むこともあるんじゃないかと気が気じゃないかな」
「足を引っ張るようなことはしねえよ。今日も壁に徹していただろ?」
「気遣わなくてよかったのに」
「それ、今回は、だろ?」
「危険なものが現れたときはそっと逃してあげるさ」
「それは……そうだな」

 逃げるだなんてと一瞬考えたが、店長が本気を出すためには自分は邪魔になるのだと悟った。巻き込むことを危惧しているのは、店長が対峙する相手の話ではなく店長自身の能力の問題なのだ。

「おや、素直だね」
「未熟であることを恥じているのと、店長の凄さを改めて思い知ったところだよ」
「力量を見分けられるようになったのは成長だ」

 店長が嬉しそうに告げる。

「うるせえ。いつか俺を頼りたくさせてやるから」
「もう僕は君なしでは生きていけないよ」
「そういう意味じゃねえ」

 喜びそうになっちまうだろうが。
 機嫌がいい店長を放って、俺はカウンターテーブルの片付けに努めるのだった。


《終わり》
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