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あてのない旅
人形だから同室でいいだろうって言われても
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リーフがとった宿は旅芸人や行商人が滞在に使うような簡素な宿だった。もっとも、観光ではないのだから最低限の設備さえあれば十分である。どのくらいかかるかわからない旅である以上、節約するに限る。プリムはその点についてはとても評価していた。一階がロビー兼食堂に、二、三階がそれぞれの個室となっているのは標準的なこの手の宿の形式なのでそれについて文句は全くない。ただ、プリムが文句をつけたいのは目の前にある事実の一点のみ。
「――で」
寝台に横たわるリーフをにらみつける。
「どうして同室なのよ!」
音量をかなり絞ってある怒りのこもった声。リーフはどこ吹く風と言った様子。
「仕方ないだろう? 単身部屋は満室だって言うし、二人部屋のほうが安上がりだろう?」
「そういう問題じゃないわ!」
「ん? じゃあ、一緒に寝たかった?」
さらりとリーフは言う。
「違うわ」
頭を抱えながらプリムは否定する。先ほどの待ち合わせでリーフが遅刻をしてきた時点ですでに不機嫌であったのだが、さらにこれでは何から文句をつけたらよいのかわからない。
「――気にするなよ。人形なんだぜ、俺は」
プリムが気にしていることをわかっている上でリーフは自分が判断した理由を述べる。
「それとも意識しちゃってるわけ?」
リーフはプリムを見てにやりと笑う。
プリムはその台詞を聞いて身体の向きを変えてリーフを見ないようにする。すでに頬が紅潮している。
「あなたが胡散臭いの! もうやだっ! こんな男!」
ため息が混じる。
「ちゃんと寝る場所はあるだろう? そんなに心配だって言うなら、そこの線からそっちには近付かないって誓うさ。ミストレスの命令に逆らうわけにはいかないもんな」
プリムはすばやく振り向いてリーフをにらむ。
「ミストレスだなんて言い方しないでって言ってるでしょ!」
「それは、命令?」
すぐに返された台詞に、プリムは続く台詞が浮かばない。
リーフはやれやれといった表情を浮かべると上半身をひょいっと起こす。
「まあいーや。――それでお前、協会にはどういう言い訳を使ったんだ?」
申請の仕方や内容についてはリーフも知っていたので話を振る。プリムはしぶしぶ彼女専用となった寝台に腰を下ろす。
「研究のためって。国立図書館に入れるように手続きをとってきたの」
荷物を適当な場所に置く。正直なところくたくたで、すぐにでも眠りたい気分だった。
「あぁ、なるほどね。それは賢い」
素直にリーフは感心する。下手な言い訳よりもずっと状況をなぞっていてもっともらしく聞こえる。それに何の芸も持たないプリムの傀儡師としての技術では仕事らしい仕事の言い訳を作るわけにもいかなかったので、研究や勉強という言い訳が最良なのは間違いない。
「嘘ではないでしょ? これで短期間の移動許可はおりたわ。次の目的地は首都フェオウルで良いわね?」
「魔導人形協会本部もあるってのが気にかかるが、異議はない」
「良かった」
言ってプリムは小さなあくびをする。
「眠いし、お腹も空いたから今から食事に行くけど、あなたはどうする?」
まだ夕方になったばかりで、食事には少々早い。プリムはごく当然のようにリーフに問いかけたが、その質問がリーフの心を揺さぶった。
「いいよ。俺は後で行くから」
明るい口調とはうらはらに表情が曇っている。プリムはそれに気付かない。
「わかったわ。じゃあ、留守番をよろしく」
にこっと笑ってプリムは部屋を出た。
「――で」
寝台に横たわるリーフをにらみつける。
「どうして同室なのよ!」
音量をかなり絞ってある怒りのこもった声。リーフはどこ吹く風と言った様子。
「仕方ないだろう? 単身部屋は満室だって言うし、二人部屋のほうが安上がりだろう?」
「そういう問題じゃないわ!」
「ん? じゃあ、一緒に寝たかった?」
さらりとリーフは言う。
「違うわ」
頭を抱えながらプリムは否定する。先ほどの待ち合わせでリーフが遅刻をしてきた時点ですでに不機嫌であったのだが、さらにこれでは何から文句をつけたらよいのかわからない。
「――気にするなよ。人形なんだぜ、俺は」
プリムが気にしていることをわかっている上でリーフは自分が判断した理由を述べる。
「それとも意識しちゃってるわけ?」
リーフはプリムを見てにやりと笑う。
プリムはその台詞を聞いて身体の向きを変えてリーフを見ないようにする。すでに頬が紅潮している。
「あなたが胡散臭いの! もうやだっ! こんな男!」
ため息が混じる。
「ちゃんと寝る場所はあるだろう? そんなに心配だって言うなら、そこの線からそっちには近付かないって誓うさ。ミストレスの命令に逆らうわけにはいかないもんな」
プリムはすばやく振り向いてリーフをにらむ。
「ミストレスだなんて言い方しないでって言ってるでしょ!」
「それは、命令?」
すぐに返された台詞に、プリムは続く台詞が浮かばない。
リーフはやれやれといった表情を浮かべると上半身をひょいっと起こす。
「まあいーや。――それでお前、協会にはどういう言い訳を使ったんだ?」
申請の仕方や内容についてはリーフも知っていたので話を振る。プリムはしぶしぶ彼女専用となった寝台に腰を下ろす。
「研究のためって。国立図書館に入れるように手続きをとってきたの」
荷物を適当な場所に置く。正直なところくたくたで、すぐにでも眠りたい気分だった。
「あぁ、なるほどね。それは賢い」
素直にリーフは感心する。下手な言い訳よりもずっと状況をなぞっていてもっともらしく聞こえる。それに何の芸も持たないプリムの傀儡師としての技術では仕事らしい仕事の言い訳を作るわけにもいかなかったので、研究や勉強という言い訳が最良なのは間違いない。
「嘘ではないでしょ? これで短期間の移動許可はおりたわ。次の目的地は首都フェオウルで良いわね?」
「魔導人形協会本部もあるってのが気にかかるが、異議はない」
「良かった」
言ってプリムは小さなあくびをする。
「眠いし、お腹も空いたから今から食事に行くけど、あなたはどうする?」
まだ夕方になったばかりで、食事には少々早い。プリムはごく当然のようにリーフに問いかけたが、その質問がリーフの心を揺さぶった。
「いいよ。俺は後で行くから」
明るい口調とはうらはらに表情が曇っている。プリムはそれに気付かない。
「わかったわ。じゃあ、留守番をよろしく」
にこっと笑ってプリムは部屋を出た。
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