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愛ある人形は主人に尽くす

魔導人形の作り方

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 夕食後、宿屋。紙袋に詰め込んだ道具やら材料などを寝台と扉の間にある床に置く。リーフはその中から順番に物を取り出し、必要なものを分けてゆく。手際がよいのは慣れている証拠だ。

「いろいろ買ったみたいだけど、何に使うの?」

 怪しげな粉や金属類を見てプリムは訝しがる。
 材料を買うところから魔導人形作りを見るのは初めてだ。といっても、今回は魔導人形の生成というより、新たな機能を追加するための再生成ではあるが。どちらにしろ魔導人形が生まれるところをプリムは見たことがない。

「見てからのお楽しみ」

 楽しそうに作業をしているリーフとは対照的に、ようやっとことの重大性に気付いたディルがおろおろとしている。しかし、逃げ出す様子がないところからある程度の覚悟は決めているようだ。それはプリムがリーフに寄せる信頼の証でもある。魔導人形の行動や判断がその主人の傀儡師の精神状態に依存することは大いにあるからだ。

「あ、人形生成にかかる魔力については心配しなくていい。どうやら人形職人の使う魔術や傀儡師の使う魔術というのは、使用者の魂に起因するものらしいからね。今この身体にある魂の半分以上はプリムの魔力によって作られたプリムの人工精霊。残りが俺の魂だ。
 完全体の魔導人形を作るには出力も容量も足りないと思うが、付属品の融合及び再生成ならそんなに負担にはならないと俺はふんでいる。ちょっとした細工をするだけなら、人形職人の技術をちょっとかじっただけの人間でも容易に行えるしね。ただ、契約エンゲージ状態からの再生成の例は知らないからやってみないとわからないが」

 さらさらとつまるところなくリーフは説明する。プリムはその台詞を聞きながら頭を抱えていた。

「リーフ君……分かりやすく説明をしてくれているんだろうけど、あたしが身につけている知識や技術は傀儡師に関することだけで、人形職人の知識や技術はほとんど素人一般人程度なの。一気に言われても理解できないし頭に入らない……」
「…………」

 リーフは手を止めて、何かを考える。視線だけを天井に向けてしばし思考に集中する。

「――とりあえず、本を読め。『アストラルボディフェイズ』にその辺のことは書いてあるから」

 もっと噛み砕いて説明しようかとも思ったのだが、それ以上に要約することはできないと判断して作業に戻る。材料を取り出し終えたリーフは買ってきた羊皮紙に持ってきていた墨で魔法陣を描き始める。

「ごめんね、せっかく教えてくれたのに」
「いいって。さてと、そろそろ精神を集中させて準備しておいたほうがいい。万全な状態でやりたいからな」

 リーフは作業に集中する。ここでの失敗は致命的なものとなるからだ。

 プリムはリーフの真剣な表情を見て、自分も精神を統一させる。よく言われるのは波の立っていない水面を想像するというものだ。その像を固定させ、次に自分が行いたい効果を思い浮かべる。そのために必要なものや動作などをその像に結びつける。すべての条件がそろうと、準備完了のしるしとしてぼんやりと白い光を発するのだ。

「よし」

 魔法陣に使った墨が乾いたのを確認すると、その中の決められた位置に材料をきっちりと配置する。材料から材料へ線が延びているような形の黒い魔法陣。円形に文字列が並び、さまざまな図形が入り乱れている複雑な絵柄。とても短時間でしかも即興で作り上げられたものだとは思えないものがそこにあった。

「プリム、ディルを貸して」

 準備の整ったプリムはその呼びかけに対し、ディルを内側から操作してリーフの手に乗せる。

「いいこと? ディル。あたしの言うことをちゃんと聞くのよ。でないと、もうあたしに会えないんだから」

 ディルに向かってプリムは忠告する。ディルは小さな身体をわずかに反らせてわかっていると意思表示する。

「リーフ君、よろしく頼むわ」

 不安な気持ちがかすかに表れた笑顔をリーフに向ける。

「任せろ」

 力強くうなずくと、ディルを魔法陣の中に設置する。
 再びプリムは精神を統一させる。準備が整うとプリムとディルの身体がほのかに光る。リーフはその瞬間を見計らって呪文の詠唱を始める。

「この世を創りし 神々よ 今ここに 我が力を持って 新しき器を用意されたまえ」

 静かで深い旋律に呼応して魔法陣に描かれた模様が浮かび上がる。同時にその中にあるすべての光を飲み込み、そこにあったもののすべてが闇の中に消えてゆく。そんな様子が見えていたのはほんの一瞬で、何かが床に落ちたような高い音が聞こえたとたんに闇は晴れる。

「みぃっ!」

 悲鳴のような鋭い声。ディルは自分の後部にあたる部分から長い尻尾のようなものが伸びていることに驚いているようだ。

「成功のようだな」

 羊皮紙の上にある生成物を取り出すと、墨で描かれていたはずの魔法陣がすっと消える。

「なるほどね」

 プリムは生成物の姿を見て納得する。やや厚めの腕輪にはディルに繋がる長い糸を巻き取るための糸巻きがくっついている。腕にその環をはめて使うようだ。

「ちょっとつけてみろ」

 リーフはご機嫌な様子でプリムに手渡す。
 プリムはどきどきしながら腕輪に手を通す。大きさはぴったりで、簡単に外れてしまうようなことはなさそうだ。

「大きさはちょうどいいわね。意外と軽いし」

 取り付けた右腕を動かしながら感触を確かめる。糸の先ではディルが外れないものかと引っ張り続けている。

「だろ? 気に入ってくれた?」

 満足げにリーフは言う。プリムは嬉しそうにリーフに微笑む。

「えぇとっても。リーフ君ってこんなこともできるのね」
「さっきも言ったけど、こんなの人形職人の基本だ。たいしたことねーよ。多少はコツがあるけどね」

 珍しくプリムに褒められてリーフは照れる。彼が照れること自体も珍しいことだ。

「うぅん。リーフ君はすごいよ。ディルも元気そうだし」

 首を小さく横に振ってリーフを尊敬のまなざしで見つめる。

「その様子だと、お前にも影響はなさそうだな」
「えぇ。ディルを制御するのにちょっと使ったくらいかしら」

 引っ張るディルをプリムは糸を巻いて引き寄せる。

「みー……」

 ディルの声が心なしか悲しげである。

「そうか。それならいいんだ」
「でも、リーフ君は平気なの? こんな状態で魔導人形の再生成をしたりしたら……」

 気付いて不安げにリーフを見つめる。手繰り寄せたディルは振り切るのを諦めておとなしくしている。

「心配いらないんじゃないか? 俺はぴんぴんしてるし。今の俺は人間が術を使うのとは別の手段で魔術を行使しているみたいだからね」
「どういうこと?」
「通常、魔術を使用可能な状態にするためには精神を集中させて『アストラルボディフェイズ』っていう魂の拠りどころみたいな場所との『通路』を作らなくてはならない。『通路』は『アストラルボディフェイズ』と情報や霊魂を安全にやり取りするためのものだ。『通路』ができたところで、術者は必要なものをそこから取り出す。例えば、人工精霊が良い例だな。
 で、傀儡師が魔導人形の操作に魔力を必要としているのは、魔導人形を操るために『アストラルボディフェイズ』を経由させなくてはならないからだ。『通路』を作ったり維持させたりする対価として魔力が必要だからね。
 ところが今の俺の状態というのはとても愉快なことに、プリムからの命令を受けるために俺から『アストラルボディフェイズ』までの『通路』が開きっぱなしの状態なんだ。『通路』の広さが魂に比例するらしいので今の俺は人間だった頃みたいな派手な生成は行えないけど、『通路』を作るための対価である魔力を必要としないから、疲れることはまずないらしい。今やってみて確信に変わったんだが……って、一気に説明してしまったがついてこられたか?」

 きょとんとしているプリムにリーフは苦笑する。ついつい自分が理解したことを伝えたいあまり、相槌を打たせる間も与えないで言い切ってしまったことを素直に反省する。せめて認識合わせくらいはしたほうが良かったとリーフは思った。

「うーん……わかったようなわからないような……」

 リーフの口調がやや早口であったのもあいまって、プリムは情報を処理できずにいた。そんな自分を口惜しく思う。

「よし」

 リーフは荷物から『アストラルボディフェイズ』という題名が書かれた本を取り出してプリムに渡す。

「まずはやっぱり読んだほうが良い。話はそれからにしよう。お前がどの程度の知識を持っているのかも正直俺にはわからないし、俺が知らない情報をお前が持っていることもある。これからは互いに勉強をして情報を共有するべきじゃないか?」

 プリムも苦笑する。全くその通りだと思ったからだ。

「賛成するわ。この認識や知識のずれは致命的のような気がする」

 本を大事そうに受け取る。内容が詰まっているからか、大きさの割にはずっしりとした印象を受けた。

「わからないことがあったら、何でも聞いてくれ。俺がわかる範囲だったら何でも答えるよ」
「うん」

 リーフは床に散らばっていた残りの道具類を片付けると自分の寝台に戻る。

「んじゃ、俺は次の本でも読むかな」

 言って枕元に置いてある荷物から新たな本を取り出す。すぐに読書へ。

「…………」

 プリムはその様子にちょっとだけあきれる。いつ本屋に行って仕入れてきているのかという疑問もあったが、こんな状況でもしっかりと自分の研究をしているらしいその能天気加減に一番あきれていた。

「あ」

 リーフが本から視線をプリムに向ける。

「本を抱えたまま寝るなよ」

 言ってからかうような笑顔を作る。プリムはその台詞にカチンと来て頬を膨らませる。

「大丈夫よ! 余計なお世話!」

 ぷいっと横を向いて寝台に座りなおし、本を開く。夜はまだ始まったばかりだ。
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