訳あって、幼馴染(男)を使役することになりまして。

一花カナウ

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導き出された答え

一足先の帰還

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 馬を走らせ、一足先にウィルドラドに入ったリーフは、その足でまっすぐローズ邸に向かう。そこにスピリアがいるだろうと予想していたからだ。
 広い屋敷はいつもと変わらぬ様子で彼を迎え入れた。リーフは扉を叩くが全く反応がないのに気付いて、物は試しと扉を引いた。

(開いている……?)

 警戒しながら足を踏み入れると、地下に続く階段がうっすらと光った。角灯の炎が揺れている。

「あら、リーフ。こんな夜更けに何の用? 夜這いだったら歓迎するわよ?」

 口元だけに笑みを浮かべたスピリアが玄関広間に姿を現す。

「君にしては品のない冗談だな」
「プリムと二人で駆け落ちしたのかと思ったら、一人でこの屋敷に現れる。一体どういうつもりなのかしら?」

 角灯を持ったまま、スピリアは腕を組んでにらみつける。その瞳は闇よりも深く沈んだ色をしている。憎しみの炎が揺れていた。

「それはこっちの台詞だ! 俺を人形にしたのは君なんだろう? なんでそんなことをしたんだ? プリムが一体どれだけ苦労して――」
「はん? 自分のことを棚に上げてよく言えたものね。元々はあなたが望んだことよ? あなた、プリムを人形にしたいって言っていたじゃない。その気持ちを抑えるためにあの子の人形になったんじゃなかったの?」

 スピリアの声に応じて、リーフの記憶が鮮明になってくる。

(そうか、俺は……)

 そして、記憶が目の前に展開した。
 


 
 目に映る景色が切り替わる。そこはローズ邸ではなく、燃えてしまったはずのリーフの工房。懐かしがる前に声が遮った。

「これ……」

 声はスピリアのもの。視線が移動する。スピリアはプリムと同じ顔をした人形を掴み、不信感をあらわにした目を向けている。

「どうしてこんな人形を!」
「……すまない。やっぱり俺はプリムが好きだ。スピリアの気持ちもわかるが、この気持ちは変わらない」

 その台詞を聞いて、これがスピリアから告白された翌日、その返事を渋っていた時期のことだとリーフは理解する。

「だからってこんな人形! あなたはおかしい!」

 スピリアの怒りと怖れのこもった表情。ふだん穏やかに振舞う彼女からは想像できない狂気の表情。
 当時は自分の気持ちに振り回されて彼女がどんな想いを抱いていたのか全く考えられなかったリーフだが、記憶を通してなら冷静に捉えることができるような気がした。

「おかしいさ! 狂っているんじゃないかって思うときもある! プリムが振り向いてくれないなら、いっそ人形に変えてしまいたいとも思うよ! そのくらい彼女が好きなんだ!」
「あなたにふさわしいのはわたしだと思ってる。プリムじゃあなたの負担になるだけだわ!」
「それでも構わない!」
「それはただの自己満足じゃない! わたし、ずっと前からあなたがミールさんに声を掛けられていることを知ってるわ。協会からお金をもらって研究ができるなんて滅多にあることじゃないでしょう? それだけの才能を持っているあなたをプリムは支えられるかしら――いいえ、きっと彼女は支えられないわ。断言できる。でも、わたしならあなたを支えられる。絶対にできるわ。それだけの自信があるもの」

 人形を置くとスピリアはリーフの手を取る。必死に訴える瞳でじっと見つめる。

「――俺はプリムの才能を信じている。ディルを見ていればわかるんだよ。君はわからないのか?」

 リーフは困った口調で返す。スピリアの瞳に憎悪の感情がこもるのがわかった。

「じゃあ、はっきりさせましょうよ。どっちがあなたにふさわしいのか。そうね……」

 スピリアは手を離すと不気味な笑顔を作る。

「あなた、プリムの人形になってみたら? 人形になれば主人の心の内を知ることができるでしょう? ちょうどいいじゃない。それでプリムが一人前の傀儡師となって、わたしが認めることができればあなたの勝ち。途中で投げ出すようなことがあったらわたしの勝ち。どうかしら?」

 負けるわけがないとでも言っているかのような口調。リーフはそれにうなずく。

「わかった。本当にそれでいいと言うのなら」
 


 
 突然視界が真っ暗になった。記憶が途切れたのだ。

(俺もプリムを……。つらい目に遭わせていたのには俺にも責任があったのか)

 思考が戻ってくると、そこは見慣れたローズ邸の玄関広間だった。スピリアがにやりと笑んでリーフを見つめている。

「本当に忘れていたみたいね。あなたの想いってそんなものだったの?」
「違う!」
「何が違うのよ?」

 スピリアはリーフを嘲り笑う。リーフは奥歯を強く噛み締めた。

「わかってくれると思ったのに。あなたがプリムを人形にしたいと思ったのなら、私があなたを人形にしたいと思う気持ちを一番理解してくれると思ったのに」
「なんだって?」

 リーフの顔が引きつる。自分だけでなく、彼女もまた同じ想いを抱いていたということに驚き、そして戦慄した。

(――しかしその想いは、間違っている)

 わかっていたはずなのにどうしても消し去ることの出来なかった衝動。その苦しみはリーフにも共感できるところはある。しかし、スピリアの想いとリーフの想いでは決定的な部分で違っていたのだ。

(人間を人形にするということは、そんな単純なことじゃない。どうして君にはわからないんだ?)

 スピリアは続ける。

「計画では、プリムの人形になると見せかけて、わたしがあなたの主人になるつもりだったんだけどね。何でだかよくわからないけど、魔法陣はちゃんと発動したのにあなたとの契約《エンゲージ》を示す指輪は生成されないし、突然プリムが割り込んできちゃって追い出されちゃうし、仕舞いにはプリムとあなたが契約《エンゲージ》しちゃうしで、もう計画どころじゃないわ。あなたに言ってあった通りのことが起きたからしばらくは様子を見ていたけど、あれはなに? わたしに見せつけるみたいにべたべたしちゃって! 許せないったらありゃしない!」
「あ、何かついてくるもんがあるなぁと思っていたら、あれ、君の人形だったのか」

 とぼけた様子でさらりと言うと、スピリアはにらみつけたままつかつかとリーフの前に近付く。

「確信してやってたでしょ!」
「やってないって」

 そうじゃないかなと思っていたのは事実であったが、まさか本当に彼女の魔導人形だとは思っていなかった。監視するために追いかけるなど、スピリアがそこまで追い詰められていたとは微塵も感じていなかったのだ。

 それに、ことあるごとにプリムに触れていたのは、下心以前に身体の人形化の進行状況を確認する意味もあった。決して見せつけようというものではない。

「うそよっ! あなたわざとわたしの妹に手を出した!」
「口付けしただけだろうが」
「! そ、そうよ、なんであなた、あのときプリムに口付けなんてしたわけ?」
「あ、あれは……」

 様々な理由がリーフの脳裏を過ぎる。しかし、それをいちいち説明するのも言い訳っぽく聞こえるのでごまかすことにした。

「死ぬ前に、プリムと口付けしたかっただけだ!」

 あまりうまくない言い訳を叫んだ瞬間、扉が勢いよく開いた。

「みぃ!」
「えっと……今のは何?」
「あ……プリム?」

 なんという間の悪さで入ってきたのだとリーフは思い、つい入ってきた少女を見てしまう。
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