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第12話 青の国対茶の国
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椎名と丈が召喚された青の国は大国ではなかった。
小国、むしろ弱小国に分類できるかもしれない。
その青の国の北に位置するのが大国である『緑の国』。そして、東側に位置するのがこれまた大国の『白の国』。
この二国は、全力で攻めれば青の国を征服できるだけの戦力を共に保有している。だが、いまだ青の国は健在である。それは何故か。
緑の国と白の国は互いに強大な国であるが、その力はほぼ同等。
もしも青の国を併合できたならば、その分の国力の増加により、もう一方の国を攻め落とすことか可能だろう。
だが、青の国を制圧するためには、自国の軍を出兵せねばならない。そうした時、その国はその分戦力が低下してしまう。それはもう一方の国に攻められるスキとなり、総力戦となった時に、その差が敗北をもたらすことは明らかだった。
それ故、緑の国、白の国とも、互いに青の国に対して本格的な侵攻を行えないでいた。
しかし、両国ともこの睨み合いの構図をいつまでも続ける気はなく、互いに青の国に対して同盟の打診をしていた。支配しての戦力増強が無理ならば、協力させて戦力を上げようというのだ。
しかし、青の国としてはこの同盟をやすやすと受け入れるわけにはいかなかった。一方に協力すれば、その国が勝つのは間違いない。だが、その後に青の国も征服されるのもまた確実だった。戦乱の世においては、同盟など一時の気休めにしかすぎない。
それ故、青の国は返事の催促をのらりくらりとかわしてきていたのだが、最近はこの前の緑の国のように返事を急がせるための威嚇行動が数を増してきており、青の国の立場はますます危ういものになってきていた。
そんな青の国が、国の存続のためにかねてからの悲願であるのが、西に隣接する『茶の国』の征服であった。
茶の国も青の国と同じく小国であるが、それらが一つになれば、緑の国、白の国といえどもそう簡単に手を出せる勢力ではなくなるし、いがみ合っている二国のスキをついて漁夫の利を得る可能性も高くなる。そして今回、青の国は二人の戦士を迎えて士気が高まっていることもあり、ついに本格的な茶の国攻めを行うことになった。
この出兵に対し、戦闘隊長に立候補した丈は、戦いにおける全指揮を任され、実に青の国の三分の一の兵力をもって茶の国に挑むこととなった。
ルフィーニもこの戦いに同行するが、椎名の方は青の国でお留守番。
丈に負けることをひどく嫌っている椎名であるから、「俺も行く! ジョー一人に任せるわけにはいかない!」と、自分も出撃することを主張した。
しかし、二人ともが出てしまっては誰が国を守るのだと丈に言われ、エレノア王女にまで「シーナ殿にはこの青の国の防備を固めていただきたいのです」などと頼まれては、さすがに己の我を通すことはできなかった。
「あぁー! 何で俺はこんなことしてんだか!」
いざという時に備えて愛機ブラオヴィントの清掃をしていた椎名だったが、急に嫌気がさして雑巾を地面に叩きつけた。
「俺は戦士として呼ばれたんだぞ。それがなんで留守番なんだよ!」
ブラオヴィントの足にもたれかかりながら、しゃがみ込む。ライバル丈が遠い地で今や戦闘の真っ最中。それに比べて自分は──そう考えたら誰でもいやになる。
「そんなにふてくされないでくださいよ、シーナ殿」
「お前は平気なのかよ。女王親衛隊の隊長さんともあろうお方が、こんなところでマシンの整備なんかしててよぅ」
「ええ。なにしろ、私は女王親衛隊ですからね。エレノア様をお守りすることこそ私の使命、エレノア様がこの城におられるのに、私がここをいなくてどうするんですか」
「……そら、お仕事に誇りを持っていてご立派なことで」
皮肉をこめて親衛隊長のロケットに言ってやる。この男は親衛隊長などという最高クラスの役職についてはいる割には若い男だった。高校生である椎名達と比べるとさすがに可哀想だが、客観的に見てまだ「おじさん」ではなく「お兄さん」と呼ばれるような年齢と外見である。
「この仕事に誇りを持っていないわけではないですけど、それよりも私はエレノア様を敬愛しているんですよ。女王陛下のお側《そば》にいたい。そういう想いで、ここにいるんです」
エレノアのことを語るロケットの顔は本当に幸せそうだった。その顔を見ただけで、付き合いが長い訳ではない椎名にもその男がエレノアのことをどう思っているかが容易に想像がつく。
「……エレノア女王のこと、好きなんだな。……狙ってるのか?」
「狙ってるって、何をです?」
ロケットの顔はとぼけているようには見えなかった。
「エレノア女王と恋仲になりたいんだろってことだよ」
「そ、そんな滅相もない! 自分の立場くらいわきまえてますよ。私は女王陛下のために働ける、ただそれだけで十分なんです。女王陛下は私も含めてこの国の民すべてを等しく我が子のように想ってくださっていますし」
「そんなことで本当に満足できるのか? 俺には絶対に無理だな」
「シーナ殿は、伝説の愛の世界から来られた方ですからね。我々と違って、愛という神秘の力をお持ちなんですから、それはそうでしょう」
こういう愛を特別視する発言を聞くと、ミリアがやはり特別なんだということを改めて認識する。
「じゃあ、もし俺がエレノア女王と結婚することになったらどうする? 怒るか、やっぱり?」
「エレノア様がシーナ殿をお選びになったのなら、もちろん祝福しますよ。それに、私はシーナ様のこと好きですし」
「げっ、俺のそっちの気はないぞ」
「なんです、そっちの気って?」
やはりロケットはとぼけているようには見えない。
「……いや、なんでもない(この世界の人間にはこういうギャグも通じんのか。まぁ、異性でさえ愛せないのに、同性を愛せるわけないわな)」
「しかし、ジョー殿とエレノア様が結婚なされることになったら……ちょっと祝福しかねるかもしれませんね」
「ん、なんでだ?」
それは椎名にとっては意外な言葉だった。丈が女の子にモテるのは椎名もこれまで何度も見てきている。椎名としては認めたくないが、客観的に見れば、エレノア女王と丈ならば美男美女カップルになることくらいは椎名にもわかる。
「いえ、別に具体的な理由があるわけじゃなく、なんとなくです。私自身は、ジョー殿を嫌っているわけではありませんし、むしろ不思議と惹かれる部分さえ感じているのですが……」
「もしかして、ジョーより俺の方がいい男だから、俺の方がエレノア女王の隣に立った時にぴったりくるってことかな?」
実は自分で自分を過小評価しているだけで、実は自分もイケてるのではないかという淡い期待を椎名は抱く。
「いえ。私はシーナ殿よりもジョー殿方が美形だと思いますよ」
「こうもはっきりとマジな顔で返されると、自覚していてもさすがに落ち込むぞ」
「すみません。……ですが、今はそのジョー殿を信じるしかありませんね」
「ん、ジョーの何を信じるんだ?」
ロケットの言葉に、椎名が不思議そうな顔を向ける。
「何をって、ジョー殿が今回の戦いに勝利してくれることをですよ!」
「そうか? 俺としては、ジョーが尻尾を巻いて逃げ帰って来た後、俺が出て行って勝利を収めるというシナリオを用意しているんだが」
「何を言っているんですか! 今回の戦いには我が国の三分の一の兵力を投入しているんですよ! もし、それが全滅に近い被害を受けようものなら……我が国は終わりです」
「────!?」
椎名は初めて事の重大さを実感し、思わず飛び起きる。
「じゃあ、なおのこと、俺はこんなとこでこんなことしてる場合じゃない! お前だって親衛隊の隊長やってるくらいだから、腕は立つんだろ。その俺ら抜きの戦力で国の命運をかけた戦いを仕掛けるなんておかしいぜ!」
慌てる椎名。だが、親衛隊長の方はいたって平静だった。
「いいえ、私はこれでいいんですよ」
「お前の信念は聞いた。だが、国の存亡をかけた戦いなんだろ。女王を守るためにも、この戦いには参加すべきだぞ。俺は今からでも戦いに行くぜ!」
「もう間に合いませんよ。……しかし、どうしても行くとおっしゃるなら、私は止めません。……ですが、私はこの城、いやエレノア様のもとにいます。……確かに、この戦いに惨敗すれば国は滅びるかもしれません。しかし、国がなくなったとしても、エレノア様さえ生き延びてくだされば、国の再興は可能です。だから、私はもしもの時にそのエレノア様をお守りするため、この城にとどまっているのですし、今こうしてラブリオンの整備をしてもいるのです」
親衛隊長は言い終えると、今まで休めていた手を再び動かし、黙々と整備の続きを再開した。
椎名はしばらく親衛隊長を見つめながら彼の言葉を頭の中で反芻すると、やがて今自分が何をすべきかを理解し、放り投げた雑巾を拾い上げて、ブラオヴィントの関節部分の埃の掃除を始めた。
「……負けんなよ、ジョー」
手を動かしながら椎名は誰にともなくつぶやいた。
小国、むしろ弱小国に分類できるかもしれない。
その青の国の北に位置するのが大国である『緑の国』。そして、東側に位置するのがこれまた大国の『白の国』。
この二国は、全力で攻めれば青の国を征服できるだけの戦力を共に保有している。だが、いまだ青の国は健在である。それは何故か。
緑の国と白の国は互いに強大な国であるが、その力はほぼ同等。
もしも青の国を併合できたならば、その分の国力の増加により、もう一方の国を攻め落とすことか可能だろう。
だが、青の国を制圧するためには、自国の軍を出兵せねばならない。そうした時、その国はその分戦力が低下してしまう。それはもう一方の国に攻められるスキとなり、総力戦となった時に、その差が敗北をもたらすことは明らかだった。
それ故、緑の国、白の国とも、互いに青の国に対して本格的な侵攻を行えないでいた。
しかし、両国ともこの睨み合いの構図をいつまでも続ける気はなく、互いに青の国に対して同盟の打診をしていた。支配しての戦力増強が無理ならば、協力させて戦力を上げようというのだ。
しかし、青の国としてはこの同盟をやすやすと受け入れるわけにはいかなかった。一方に協力すれば、その国が勝つのは間違いない。だが、その後に青の国も征服されるのもまた確実だった。戦乱の世においては、同盟など一時の気休めにしかすぎない。
それ故、青の国は返事の催促をのらりくらりとかわしてきていたのだが、最近はこの前の緑の国のように返事を急がせるための威嚇行動が数を増してきており、青の国の立場はますます危ういものになってきていた。
そんな青の国が、国の存続のためにかねてからの悲願であるのが、西に隣接する『茶の国』の征服であった。
茶の国も青の国と同じく小国であるが、それらが一つになれば、緑の国、白の国といえどもそう簡単に手を出せる勢力ではなくなるし、いがみ合っている二国のスキをついて漁夫の利を得る可能性も高くなる。そして今回、青の国は二人の戦士を迎えて士気が高まっていることもあり、ついに本格的な茶の国攻めを行うことになった。
この出兵に対し、戦闘隊長に立候補した丈は、戦いにおける全指揮を任され、実に青の国の三分の一の兵力をもって茶の国に挑むこととなった。
ルフィーニもこの戦いに同行するが、椎名の方は青の国でお留守番。
丈に負けることをひどく嫌っている椎名であるから、「俺も行く! ジョー一人に任せるわけにはいかない!」と、自分も出撃することを主張した。
しかし、二人ともが出てしまっては誰が国を守るのだと丈に言われ、エレノア王女にまで「シーナ殿にはこの青の国の防備を固めていただきたいのです」などと頼まれては、さすがに己の我を通すことはできなかった。
「あぁー! 何で俺はこんなことしてんだか!」
いざという時に備えて愛機ブラオヴィントの清掃をしていた椎名だったが、急に嫌気がさして雑巾を地面に叩きつけた。
「俺は戦士として呼ばれたんだぞ。それがなんで留守番なんだよ!」
ブラオヴィントの足にもたれかかりながら、しゃがみ込む。ライバル丈が遠い地で今や戦闘の真っ最中。それに比べて自分は──そう考えたら誰でもいやになる。
「そんなにふてくされないでくださいよ、シーナ殿」
「お前は平気なのかよ。女王親衛隊の隊長さんともあろうお方が、こんなところでマシンの整備なんかしててよぅ」
「ええ。なにしろ、私は女王親衛隊ですからね。エレノア様をお守りすることこそ私の使命、エレノア様がこの城におられるのに、私がここをいなくてどうするんですか」
「……そら、お仕事に誇りを持っていてご立派なことで」
皮肉をこめて親衛隊長のロケットに言ってやる。この男は親衛隊長などという最高クラスの役職についてはいる割には若い男だった。高校生である椎名達と比べるとさすがに可哀想だが、客観的に見てまだ「おじさん」ではなく「お兄さん」と呼ばれるような年齢と外見である。
「この仕事に誇りを持っていないわけではないですけど、それよりも私はエレノア様を敬愛しているんですよ。女王陛下のお側《そば》にいたい。そういう想いで、ここにいるんです」
エレノアのことを語るロケットの顔は本当に幸せそうだった。その顔を見ただけで、付き合いが長い訳ではない椎名にもその男がエレノアのことをどう思っているかが容易に想像がつく。
「……エレノア女王のこと、好きなんだな。……狙ってるのか?」
「狙ってるって、何をです?」
ロケットの顔はとぼけているようには見えなかった。
「エレノア女王と恋仲になりたいんだろってことだよ」
「そ、そんな滅相もない! 自分の立場くらいわきまえてますよ。私は女王陛下のために働ける、ただそれだけで十分なんです。女王陛下は私も含めてこの国の民すべてを等しく我が子のように想ってくださっていますし」
「そんなことで本当に満足できるのか? 俺には絶対に無理だな」
「シーナ殿は、伝説の愛の世界から来られた方ですからね。我々と違って、愛という神秘の力をお持ちなんですから、それはそうでしょう」
こういう愛を特別視する発言を聞くと、ミリアがやはり特別なんだということを改めて認識する。
「じゃあ、もし俺がエレノア女王と結婚することになったらどうする? 怒るか、やっぱり?」
「エレノア様がシーナ殿をお選びになったのなら、もちろん祝福しますよ。それに、私はシーナ様のこと好きですし」
「げっ、俺のそっちの気はないぞ」
「なんです、そっちの気って?」
やはりロケットはとぼけているようには見えない。
「……いや、なんでもない(この世界の人間にはこういうギャグも通じんのか。まぁ、異性でさえ愛せないのに、同性を愛せるわけないわな)」
「しかし、ジョー殿とエレノア様が結婚なされることになったら……ちょっと祝福しかねるかもしれませんね」
「ん、なんでだ?」
それは椎名にとっては意外な言葉だった。丈が女の子にモテるのは椎名もこれまで何度も見てきている。椎名としては認めたくないが、客観的に見れば、エレノア女王と丈ならば美男美女カップルになることくらいは椎名にもわかる。
「いえ、別に具体的な理由があるわけじゃなく、なんとなくです。私自身は、ジョー殿を嫌っているわけではありませんし、むしろ不思議と惹かれる部分さえ感じているのですが……」
「もしかして、ジョーより俺の方がいい男だから、俺の方がエレノア女王の隣に立った時にぴったりくるってことかな?」
実は自分で自分を過小評価しているだけで、実は自分もイケてるのではないかという淡い期待を椎名は抱く。
「いえ。私はシーナ殿よりもジョー殿方が美形だと思いますよ」
「こうもはっきりとマジな顔で返されると、自覚していてもさすがに落ち込むぞ」
「すみません。……ですが、今はそのジョー殿を信じるしかありませんね」
「ん、ジョーの何を信じるんだ?」
ロケットの言葉に、椎名が不思議そうな顔を向ける。
「何をって、ジョー殿が今回の戦いに勝利してくれることをですよ!」
「そうか? 俺としては、ジョーが尻尾を巻いて逃げ帰って来た後、俺が出て行って勝利を収めるというシナリオを用意しているんだが」
「何を言っているんですか! 今回の戦いには我が国の三分の一の兵力を投入しているんですよ! もし、それが全滅に近い被害を受けようものなら……我が国は終わりです」
「────!?」
椎名は初めて事の重大さを実感し、思わず飛び起きる。
「じゃあ、なおのこと、俺はこんなとこでこんなことしてる場合じゃない! お前だって親衛隊の隊長やってるくらいだから、腕は立つんだろ。その俺ら抜きの戦力で国の命運をかけた戦いを仕掛けるなんておかしいぜ!」
慌てる椎名。だが、親衛隊長の方はいたって平静だった。
「いいえ、私はこれでいいんですよ」
「お前の信念は聞いた。だが、国の存亡をかけた戦いなんだろ。女王を守るためにも、この戦いには参加すべきだぞ。俺は今からでも戦いに行くぜ!」
「もう間に合いませんよ。……しかし、どうしても行くとおっしゃるなら、私は止めません。……ですが、私はこの城、いやエレノア様のもとにいます。……確かに、この戦いに惨敗すれば国は滅びるかもしれません。しかし、国がなくなったとしても、エレノア様さえ生き延びてくだされば、国の再興は可能です。だから、私はもしもの時にそのエレノア様をお守りするため、この城にとどまっているのですし、今こうしてラブリオンの整備をしてもいるのです」
親衛隊長は言い終えると、今まで休めていた手を再び動かし、黙々と整備の続きを再開した。
椎名はしばらく親衛隊長を見つめながら彼の言葉を頭の中で反芻すると、やがて今自分が何をすべきかを理解し、放り投げた雑巾を拾い上げて、ブラオヴィントの関節部分の埃の掃除を始めた。
「……負けんなよ、ジョー」
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