上 下
14 / 36

第14話 開かれた戦端

しおりを挟む
 丈の独立宣言から三日後。青の国は、椎名を戦闘隊長として編成した軍を、赤の国に向けて出撃させた。
 城に最低限の数のラブリオンを残しただけの、前回丈が率いたのを上回る大戦力である。これで大敗を喫しようものなら、それこそ致命的なことになってしまう。

 それを待ち受ける丈は、内政をほとんど無視し、軍の整備においても一番最初に指示をしただけで、その後のことはルフィーニにすべて任せ、自分自身はルフィーニにさえ何をするのか告げず別行動をとっていた。
 だが、その丈も青の国の軍隊の侵攻の報《しら》せを受け、三日ぶりにルフィーニ達の前に姿を現した。

「ジョー様、ついに青の国が動き出しました。戦力は我らの1.5倍以上という知らせも入っております」

「そうか。……三日か。随分と軍をまとめるのに時間をかけたな。オレなら翌日には攻め込んでいるものを」

「……ジョー様?」

 この未曾有の危機にも拘わらず、丈は焦った様子も見せず、顔には笑みさえ浮かべていた。それを不安に感じたルフィーニは訝しげな視線を向けるが、それを受けた丈の瞳は、自信に溢れ、優しくルフィーニの姿をそこに映し込んでいる。

「ラブリオンの整備の方はどうだ?」

「はい。仰せの通り、外装の修復の方はほとんど終えることができました。……ですが、見かけだけで装甲を完全に直せたわけではなく、内部の問題に関してはそれこそ全くと言っていいほど手つかずです」

 ルフィーニは申し訳なさで正面から丈に顔を向けられず、顔をそらす。
 だが、そのルフィーニに向ける丈の顔に、焦りの色はなかった。

「そうか。よくやってくれた」

「……本当にそれでよろしいのでしょうか?」

「不安か?」

「いえ。そういうわけではありませんが……」

「気持ちはわかる。だが、今はオレを信頼してもらいたい」

 丈はルフィーニの瞳を見つめたまま、彼女の双肩に両手を載せた。
 出所がわからないほど深くから染み出してきている暖かなラブパワーが、丈から四方に溢れ出ている。それの一部がルフィーニの体を優しく包み込んだ。
 ルフィーニの心から不思議と不安が消え去っていく。

(この人の言うことはすべて信じよう。たとえ間違っていても、この人と一緒に死ねるなら──いえ、この人のために死ねるのなら、それだけで十分だ)

 男勝りと言われ、自分でもそう信じて生きてきたルフィーニをして、こう思わせるだけの力が丈のラブパワーにはあった。

「いいか。全軍で敵の中心に飛び込め。躊躇はするな。無駄な反撃もいらん。そして、中に入ったら固まらずに各自散開し、できるだけ動き回って戦わせてくれ」

 無謀に思えた。死にに行くようなものだと思えた。だが、自分には考え及ばないような策が、丈にはあるのだとルフィーニには信じられた。
 この人についていけば間違いはないとなぜだか確信できた。

「はい!」

 その一言には、丈に対するルフィーニの絶大なる信頼が込められていた。

「オレもすぐに出る。それまで持ちこたえてくれればいい」

「いえ。ジョー様が出るまでもありません。それまでにケリをつけてみせます」

「無理はしなくていい。気負いは己のラブパワーを曇らせる。オレを信じ、オレの言葉に従うだけでいい」

「……はい。出過ぎたことを申しました」

 ルフィーニの性格は生真面目といえた。その性格が必要以上に彼女を反省させ、士気を落とさせることが度々ある。

「謝ることはない。君のその想いは心強く思う」

 彼女の肩に置かれた丈の手。そこから伝わってくる無限の優しさと温かさ。それがルフィーニの暗い気持ちを払拭し、代わりに勇気を与える。

「ありがとうございます」

「それでは頼むぞ」

「はい!」

 ルフィーニに出撃の準備を任せると、丈はこの三日間の成果を示すための用意に向かった。この三日で作り上げた大いなる可能性を秘めた力、それこそが丈の自信の根拠だった。

◇ ◇ ◇ ◇

 赤の軍は、国境付近及び城に至るまでの道中においては、椎名率いる青の軍に全く攻撃を仕掛けなかった。
 丈は、戦力を分散させず、全戦力を城に集中させ、城からの援護射撃も加えて戦う気であった。
 しかし、それは負ければそこで終わりだということを意味していた。

「全軍私に続け! ジョー様のラブパワーを信じよ!」

 ルフィーニの号令がラブパワーによる無線を通じて、城の中庭に待機する全兵に一斉に発せられた。
 そこに並んでいるのは、青のカラーリングをされたラブリオンの群。赤の国を名乗りはしているが、時間的な都合でか、色の変更はなされておらず、青の国のラブリオンと同じカラーリングとなっている。また、元茶の国のラブリオンはそこには一機もない。

 そのラブリオン群が、ルフィーニのラブリオンを先頭に、ピンクに輝くラブ光を放ちながら一斉に飛び立つ。
 城に降り注ぐその光は、テーマパークのナイトパレードのように城を幻想的に浮かび上がらせるが、それはこの場にはあまりにも不似合いではあった。

「出てきたな! その程度の数で勝てると思うなよ。みんな、一斉射撃だ。撃ち落とせ!」

 椎名の指示により、飛翔してきた赤の国のラブリオンに、ラブショットの雨が降り注ぐ。
 ラブ兵器は人のラブパワーを糧としている。絶えずラブパワーが送り続けられるラブブレードと違って、放った後エネルギー補給ができないラブショットは威力という点においてはラブブレードに劣る。人間同士と戦いと違って、ラブリオン同士の戦いにおいては、飛び道具よりも近接戦闘武器の方が強力なのである。
 そのため、雨霰と降り注ぐラブショットといえども、当たり所が悪くない限りはそうそう致命的なダメージを受けるものではない。

「反撃はいらぬ! 中に突っ込め!」

「撃ち返しもせずに突っ込んでくる!? 正気か!?」

 ルフィーニの声に呼応するかのように、恐れもせずにひたすら前進してくる赤の国のラブリオンに、椎名をはじめ青の国の兵達は驚愕する。
 圧倒的な数で威圧をかければ、戦わずして降伏するのではないかという思いも持っていた青の軍にとって、このような鬼気迫る突進は予想外のことであった。

「ひるむな! 所詮はやけくそにすぎない」

 味方のラブパワーのほつれを敏感に感じ取った椎名は瓦解に繋がらないよう、早いうちに叱咤する。
 そして、先頭を切って青の国の大軍に飛び込んできたラブリオンに、こちらも同じく先頭に立つ椎名がラブブレードを光り輝かせて斬りかかった。
 椎名のブラオヴィントとルフィーニのラブリオン。交錯する二機のラブブレードがスパークを起こし、一際輝く光を放つ。

「シーナのラブリオン! これを墜とせば敵の士気を落とせる!」

「このラブパワーの感じ……ルフィーニさんか!?」

 鍔迫り合いを演じる二機のラブリオン。

「何故あんた程の人がこんな馬鹿なことをする!?」

「私はジョー様こそ、世界を正しき方向に導く方だと信じる! お前こそ、ジョー様と同じ世界の人間であるのに、何故敵対する!?」

「俺から敵に回ったわけじゃない! あいつが俺の敵に回ったんだろうが!」

 それぞれのラブパワーを介し、ラブリオンごしでありながら、二人のやりとりはもはや直《じか》に行われているのと同じだった。ラブパワーがラブリオンによって増幅されればこういうことも可能だった。

 二人の能力は、操縦技術はともかく、ラブパワーに関しては椎名の方が上回ることはルフィーニも自覚していた。
 単純な力比べは不利とみて、ルフィーニは自分の方から椎名と一旦離れる。

「皆は散開して戦え! 固まらず、止まらず、絶えず動き回れ!」

 丈に言われたことを部下達に無線で伝えると、自分はブラオヴィントの相手をするためにラブパワーを剣に溜める。ルフィーニは、ほかの者では椎名の相手にならないことよくわかっている。

「そういえば、ジョーはどこなんだ? あいつのドナーは見ていないぞ」

 ルフィーニに丈のことを持ち出された椎名はそのことに気づいた。
 丈のドナーは黒のマシン。その色は一目で他のマシンと識別できる。
 だが、周りを見渡してもすべて青のマシン。どこにも黒いマシンなどいはしない。そもそも、いたのならば城から飛び上がってきた時にすぐにわかったはずである。

「自らは戦わず、何を考えているんだ、あいつは?」

 疑問を浮かべる椎名に、高めたラブパワーを放出しつつ、ルフィーニのラブリオンが向かって行く。

「また来るのか!」

 自らの加速度を加えたルフィーニの一撃。椎名はそれをかわさずに、己の剣で受けに行く。力と力の対決。

「いくらシーナといえども、この一撃は耐えられまい!」

 ルフィーニの渾身の一撃。それを止めに行くブラオヴィントのラブブレード。それは容易に受け止められるものではない。だが、ラブブレードが弾き飛ばされることもなければ、受けきれずに己の剣で自分自身を傷つけることもなかった。
 ルフィーニの一撃に押されはした。だが、椎名はそこまでで耐えきった。
 己の圧倒的な力の証明をしてみせたのだ。
しおりを挟む

処理中です...