「部活は何やってるの?」「それって宣戦布告ですか?」

グミ食べたい

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第26話 哲学部部長の希哲学

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「……ところで」

 自分の下駄箱から下履きを取り出しつつ、品緒がつぶやく。

「もうすでに授業が始まっているんじゃないでしょうか?」

 始業のチャイムはとうの昔に鳴っている。波佐見との戦いにおいて、盟子が参戦してきた時が、遅刻しないですむぎりぎりの時間。あれからさらにバカをやらしていたのだから、それも当然。戦いに夢中になるあまり誰もチャイムの音には気がつかなかったようだが。

「そうみたいだが、そんなこと別にどうでもいいじゃないか」
「そうね。それよりもアニメ同好会の存続の方が重要な問題だわ」

 この様子だと、たとえチャイムに気づいていても慌てたりはしてなかったのは間違いないだろう。

「それもそうですね」

 話を振った方の品緒も結局お気楽。

「……本当にそれでいいのか?」

 三人とは少し離れた場所で靴を履き替えてる波佐見は顔をしかめた。

 彼方と品緒は同じクラスなので当然下駄箱の場所も近い。盟子は違うクラスだが、彼方達よりも一つ前のクラスなので下駄箱は隣。だが、波佐見のクラスは彼らとは離れたところなので、一人離れたところで靴を履き替えることになっている。
 言うまでもなく、とろりんは学年が違うので、この下駄箱の列にさえいない。

「お前はそうやってしょうもない常識に縛られているから駄目なんだって。そんなだから、俺らにも負けたんだぞ」
「そうなんだろうか?」
「そうなんだって」

 適当なことを断言しつつ、彼方も下駄箱から下履きを取り出した。隣の盟子も蓋を開いて靴を取ろうとして──固まった。気になった彼方が、ひょいと首を伸ばして盟子の下駄箱の中を覗き込む。盟子はそれに気づいて慌てて蓋を閉めたが、もう手遅れ。彼方はしっかりとその中のものを目に焼き付けていた。
 にやっとした、いやらしくはないがねちっこい顔を盟子に向ける。

「な、何よ!」
「何って……見たぞ~」

「何を見たのよ!」
「決まってるだろ。下駄箱に入ってる白い封筒──。みなまで言わせんなよ」

 肘を小突かれ態勢を多少崩す盟子。それでも下駄箱の蓋を押さえたままなのは立派。

「ふ、不幸の手紙かもしれないじゃない!」

 盟子は顔を赤らめながら無理矢理な反論をする。

「アホなこと言ってんな。ラブレターに決まってるだろ、ラブレター。良かったなぁ、こんなアニメマニアに好意を持ってくれる奇特な奴がいてくれて」
「う、うるさいわね! 殴るわよ!」

 そうは言いつつも盟子の言葉にも、その顔にも、いつもの迫力はない。照れているのが誰にでもわかる。

「誰からだ? 誰から?」
「あたしの手紙よ! 勝手なことしないで!」

 無理矢理下駄箱を開けようとする彼方から下駄箱を死守しつつ、盟子は蓋を少しだけ開け、そこに細い手を差し入れて、素早く封筒を抜き取る。

「けちけちするなよ。見せたって減るものじゃないだろ」
「摩擦でいくらか減るのよ! だいたい、こういうのは人に見せるものじゃないの!」

 そのまましまってしまえば、それ以上からかわれることもないのだろうが、こういうものを初めて貰った嬉しさから、早く中を確かめたいという欲求に耐えられず、盟子は封を開き、返ってきた答案でも見るように、他者の目からガードしつつ、その中に入っていた手紙に目を通す。
 最初は、夢見る少女のような純情さで期待に胸膨らませていた盟子。その踊る心の様子はほかの者にも容易に見て取れ、見ている方が恥ずかしくなるくらい。だが、その気恥ずかしさで赤くなっていた顔が、次第に別の赤さを帯びていくる。
 その様子に、彼方も、二人のやりとりを楽しげに見ていた品緒も、物珍しげに見ていた波佐見も、事態が飲み込めず顔に?を浮かべる。

 どうした?──そう声をかけようとした彼方が、その言葉を喉のところで押しとどめた。最初と違う顔の赤さが何なのかに気づいたからだ。──それは、怒りからくる赤み。

「ふ、ふざけないでよ!」

 いきなり叫んだ盟子が手の中の手紙をくしゃくしゃまるめて地面に叩き付け、それを踏みつけ、踏みつけ、さらに踏みつけてた後、靴でぐにゅぐにゅと地面に擦り付ける。

「どうしたんだよ?」

 彼方は今度こそその言葉を吐いた。だが、怒りのあまり肩で息している盟子は何も答えず、力いっぱい下駄箱の扉を引っぱり開け、スリの技より素早く靴を引き抜き、それを地面に叩き付けるように置いて、下履きから上履きへと履き替え出す。
 あまりの迫力に彼方はそれ以上何も声をかけられなかった。だが、怒りに我を忘れた盟子が周りのことなど目に入っていないのに気づくと、そっと彼女が踏みつけてメタクソにした手紙を拾い上げ、出土品の復元作業のような手つきでそれを元の状態に戻していく。

「どれどれ……」

 字は擦れ、手紙自体も何カ所も破れており、まともに読むのは不可能。だが、こういうものは、なんとか読めるところだけ拾い上げていけば、判読不可の部分を補ってそれなりに読めるものなのである。

(これは幸福の手紙です。あなたに幸福をあげます。その代わり、三日以内に十人の人にこれと同じ文面の手紙を……)

「…………」

 黙読している途中で彼方は言葉を失った。どこかで聞いたことのあるような文面──というか、昨日聞かされたとろりんの幸福の手紙以外の何ものでもない。
 盟子と面識のなかったとろりんが出したものではないだろう。とろりんから貰った者から回り回ってきたのか、ほかのルートから回ってきたのか、用無しになった盟子に生徒会から送られたものなのか……。それはわからないが、わかっても仕方のないことでもある。

(ラブレターかと思ったら、こんなクソみたいな手紙……。そりゃ怒るわな)

 冷やかして、より一層その気にさせていたため彼方もちょっとすまなく思う。

「ちょっと! 何勝手に見てるのよ!?」

 多少は怒りが収まってきて周りが見えるようになったのか、盟子はボロボロにしてやった手紙を彼方が読んでいるのに気づき、それをひったくる。そして、ズカズカと近くのゴミ箱まで歩いていき、その手紙を、原子分解でもさせようかというくらいに破って破って破りまくって、そこに投げ捨てた。

「部長~。盟子さんってば、ど~かしたんですか~? なんだか~怒っているように見えるんですけど~」

 彼方達があまりにも遅いために、すでに靴を履き替えているとろりんが様子を見にやってきていた。見に来た早々、盟子の激高ぶりを見せられれば、気にもなる。

「失恋……みたいなものかな?」
「失恋ですか~?」
「なんでそうなるのよ! あたしは今まで一度もフラれたことないのよ!」

 ──とは言っても、フッたことも一度としてないのだが。

「相変わらず、楽しそうですね」

 声は、下駄箱からすでに廊下に出ているとろりんの、さらに後ろからした。
 品緒と波佐見はまだ彼方達の後ろの下駄箱におり、彼らが発したものではない。もっとも、声自体彼らのものとは違っているのだから言うまでもないが。

「あんたは確か……」

 いつからそこにいたのか。今さっき現れたような気もすれば、最初からそこにいたような感じもする。どちらにしろ、自然なのだ。その男がそこにいることがあまりに自然で、違和感なく感じる。
 制服を着た笑顔の男。とろりんの後ろに立っていたのはそんな普通の男。普通、そう普通なのだ。あまりにも普通すぎて、むしろ奇異に思えるくらい普通な存在。
 しかし、存在感がないというのとは違う。彼がいてこそ、この普通は、この自然な感じは、形を成す。

「哲学部部長の希哲きてつ学《まなぶ》です」

 男はそう名乗った。
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