銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第23話 乗艦

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 グローク人兵士の減給はウォーケンの尽力により取り消しとなった。
 大統領としてもこの一件が表沙汰になれば、人類とグローク人の平等という自ら掲げた国策に傷をつけることになる。

「まさか、このわたしに反抗してくるとは……」

 そのときランベルトは苦笑を浮かべて独り言を呟いたと、彼の秘書が語っている。衣食住さえ保証すればグローク人は喜んで兵役に志願する。大統領の打算的な思惑は、グローク人の誇りの前に脆くも潰え去った。

「俺たちは大統領を打ち負かしたんだ!」

 グローク人兵士は内なる差別との戦いに勝利したのだ。この一件は彼らの結束力をさらに強める紐帯となった。
 だがそれとは別にウォーケンには憂慮すべき問題があった。あと二か月で海兵団を卒団しようというこの時期に、まだ艦隊を構成すべき艦艇が予定数の半分しか集まっていないことだった。部隊結成時に与えられた二百隻の艦船は練習用の老朽艦で、とても実戦に耐えられるものではなく、このままでは教育期間を終了しても、有為な人材を遊ばせておくことになる。司令部の度重なる要求に、艦政本部はようやく新造艦三百隻を含む五百隻の軍艦を送ってきたが、それは一戦隊二千隻という編成比率の四分の一を満たすに過ぎない。艦長となるべき佐官クラスの人材も不足しており、このままではグローク人下士官の中から登用しなければならない事態も予想された。経験不足の彼らにそこまで任せていいものか? だがそんな司令部の不安を他所に、グローク人兵士は各軍港に投錨した五百隻の軍艦を憧憬の目で眺めていた。その巨大な艦容は見る者を圧倒せずにはおかなかった。

「一か月後に五百隻、二か月後に一千隻、これで合計二千隻。我々が実戦に参加するまでに、どうにか予定数は揃いそうです」

 ロードバックの報告に幕僚たちは安堵のため息を漏らした。
 
「後は兵を効率よく訓練するだけだが……」

 ウォーケンの憂慮は尽きなかった。
 手元にある艦船だけでは九万人のグローク人に満足な訓練を施すのは難しい。艦船の不足を補うには訓練時間をシフトするなどの工夫が必要だが、それでは兵や教官に負担をかけることになる。一同にこの問題を提起すると、

「なに、グローク人は忍耐強い種族です。きっと我々についてきてくれますよ」

 ソコロフが楽観的な意見を述べた。
 ブレンデルやヴォルフも敢えて反駁しようとはしなかった。奴隷時代に培われたグローク人の精神力は、どなような過酷な試練にも堪え得るというのが、幕僚たちの共通した認識だった。実際、あれだけ激しい訓練を課しながら、一人として脱落者を出さないのは奇跡としか言いようがない。

「もう、時間がありません。ここまできたらやるしかないでしょう」

 ブレンデルの意見に一同が頷くことで司令部の総意は決まった。
 今後、更に激しい負担が彼ら幕僚にも課されることだろう。それはグローク人に劣らぬ悲壮な決意といえた。

 ■■■

 九月に入り、待望の戦闘艦を使用した実戦訓練が開始された。
 ウォーケンは司令部を戦艦レオ二クスに置くと、自ら陣頭に立って訓練の指揮を執った。むろん、グローク人兵士たちもウォーケンに劣らぬ熱意で訓練に励んだ。が彼らは初日から机上と実戦が違うということを嫌というほど味わうはめになった。
 最初のトラブルは出撃のときに起こった。ウォーケンが出港を命じると、いきなりエンジントラブルにより五分の一の艦艇が発進しそこなったのだ。多くの機関科要員が課業で習熟したはずのエンジンの扱いに戸惑っていた。
 艦隊訓練初日ということもあり、司令部ではこの状況を鷹揚に眺めていたが、地上に取り残された艦艇の乗組員にそんな余裕などありはしなかった。

「こら、機関室! いったい何をやっているか!」

 ロードバックは艦内電話に向かってがなり立てた。
 彼が艦長を務める戦艦シャルトムントは出港に手間取った一隻だった。機関室では彼の怒声に急かされるように、機関長のクロウが大慌てでマニュアルと格闘していた。練習艦のときのように、隣に指導教官が付いているわけではない。頼るべきものは自分だけだ。
 
「おい、起動レバーを引いたのにエンジン動かねえぞ]

 クロウの悲鳴にも似た怒声が、艦内電話を通じてロードバックに伝わった。

「機関室、エネルギー伝導管の接続具合を確認せよ」

 人類下士官の機関部員がチェックすると、原因はすぐに判明した。

「左舷エンジンのエネルギー注入管が未接続のままだ。すぐに接続せよ」
「よし、これでOKだ。ブリッチ、発進よし」

 それでもエンジンは始動しない。
 今度は航海長が騒ぎ始めた。

「艦長、エンジンが起動しません」
「もう一度点検せよ」

 航海長はふと操縦桿の接続レバーがオフになってることに気が付いた。結局、シャルトムントが発進したのは命令が下ってからニ十分後だった。ロードバックは旗艦に発進完了の報告を済ませると、”我、宇宙を漂う筏のごとし”という追伸を送った。幕僚たちは互いに顔を見合わせて笑っていたが、やがてその笑顔も凍り付くことになる。艦隊が宇宙空間で艦列を組む時、数か所でニアミスが発生したのだ。レオ二クスの舷側すれすれに巡洋艦ロードアックスが通過したときには、さすがのウォーケンも肝を冷やした。密集隊形を取らせたら衝突事故が発生するのは確実だった。二時間後、艦隊は散開したままの隊形で各軍港へ帰投した。
 まず発進のプロセスから徹底して教えなければならない。半舷交替で乗組員の半数を入れ替えると、艦隊は再び訓練空域を目指して発進した。今回は前回の経験者が半数ほど残っていたため、最初のような失態はほとんど見られなかった。初日はこの方法で計四回、発進帰投のプロセスが繰り返された。翌日も同じことが繰り返され、機関科と航海科所属のすべての兵員がこのプロセスを体験した。”習うより慣れろ”以後、これがグローク人兵士の合言葉となる。彼らは実戦訓練の厳しさを改めて思い知った。

「ほんと、大変だったんだぜ。あんな巨大なエンジン初めて扱う日にゃ、誰だって頭ん中真っ白になっちまう。正直、初舞台のときより緊張した」

 夕食時、クロウは興奮気味にエンジン操作の苦労を戦友に語って聞かせた。
 
「そうは言うがな、多くの艦艇はちゃんと発進できたんだ。原因はおまえにあるんじゃねえのか?」

 スレイヤーは戦艦バーラムの航海長として見事な操艦技術を披露した。表情や言葉にも自信が漲っている。彼の反射神経のよさは誰もが認めるところだ。

「戦艦の巨大エンジンの複雑さときたら……。覚えるだけで一年くらいはかかりそうだ。この際だから駆逐艦に移動を申し出るか」

 スレイヤーが笑った。

「おまえ、珍しいな。普通は駆逐艦よりも戦艦に乗りたがるものなのによ」
「なにね、駆逐艦の小型エンジンなら習熟するのに時間がかからねえと思ってよ」

 発進プロセスで失敗して地上に取り残された艦の八割が戦艦クラスの艦艇だった。
 クロウの嘆きは機関科員の総意と言っていい。

「まあ、失敗したのはおまえだけじゃないんだ。せっかく戦艦の機関長に抜擢されたんだ。もう少し頑張ってみろよ」

 ダフマンが慰めの声をかけた。
 戦艦グーデリアの砲術長である彼も未だ完璧に主砲を扱える自信がなかった。

「そうだ、今のところはついてゆくだけで精一杯だ」

 トムソンは運用長として戦艦リューベックの艦内整備を担当していた。まるで高層ビルに匹敵する迷路のような構造に戸惑うこともしばしばだ。だからクロウの言う巨大という感覚を肌で理解できる。

「あんたの幼馴染、なんて言ったっけ? そうだ、ロードバック中佐だ。司令部に妙な電文送ってたな。確か、我ら宇宙を漂う筏だとか。幕僚たちが回し読みして笑ってたぞ」

 グレイが不可解な表情でダフマンに尋ねた。
 その電文の内容を解しかねているのだろう。

「当然だろうな。近代科学の粋を凝らした宇宙戦艦が太古の筏のごとく、自分たちの意のままにならないのだから」
「ふーん、なるほどね」

 ダフマンの説明にグレイは納得がいかないようだった。
 彼は旗艦レオ二クスの通信士を務めている。司令部の様子を聞き出すには打ってつけの人物だ。

 宇宙を漂う筏か。

 ダフマンが嘆息した。
 もし砲術班が失態を犯したら、今度はどんな皮肉が司令部を沸かせるのか? 我々はまだ自分たちが思っているほど技術に精通してはいないようだ。今日の訓練で、いかに多くのグローク人が自信を喪失したことか。

「さてと、今日は十分スリルを満喫したことだし、早いとこシャワーでも浴びて寝るとするか」

 明日の訓練に不安を抱く四人を他所に、スレイヤーはさっさと食堂を後にした。
 
「あいつ、妙な自信をつけやがって……。そのうち痛い目に遭っても知らねえぞ」

 クロウの予言はほどなく現実のものとなった。
 さすがのスレイヤーも複雑な艦隊運動の訓練に入ると、次第に操艦を持て余すようになった。
 
「どうした! 進路が左舷に三度ほどずれてるぞ。ちゃんと羅針盤コンパスで確認しろ」
「バカ者! 右舷一斉回頭だ。我が艦だけ突出しているぞ。タイミングを合わせろ」

 人類士官の艦長の怒声が飛ぶたびに、スレイヤーは怒りを堪えて操縦桿を握り締めた。艦隊は各艦が規律正しく動いてこそ、戦闘力を遺憾なく発揮できる。

 他の連中がのろまなだけさ。
 他艦との連携が重視されるこの訓練では、彼の恣意的な言い分は通らなかった。操艦技術に定評のある彼ですらこの有様だ。他艦の航海長はそれこそ命をすり減らす思いで操縦桿を握り締めていた。兵士たちの神経は次第に緊張と不安に苛まれていった。ウォーケン自身も焦っていた。残された時間は余りにも少ない。無理を承知で挙行された訓練計画だった。
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