銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第31話 幕間

 後世、歴史家が呼称することになる”バルバロイの悲劇”が集結して三か月後、連邦と同盟の間で大局を揺るがすような大海戦が勃発した。同盟領に反撃の楔を打ち込むべく立案されたテキスサート侵攻作戦は、総司令官R・レスター大将直卒の下、艦艇数一万六千隻の大艦隊が動員されたが、同盟の猛将D・パットナム大将の精鋭艦隊八千隻と交戦の末、約三千四百隻の損害を出して撤退を余儀なくされた。敵に倍する兵力を以て敗れたのだ。連邦軍首脳の受けた衝撃は大きかった。大統領ランベルトの日記にも「政治生命の終わりを予感せずにはいられなかった」と落胆した心情が書き記されている。事実、野党議員の間では大統領の罷免が囁かれた。大敗は弥縫策を見い出せぬまま連邦国民の知るところとなり、マスコミは挙って軍部の無策ぶりを書き立てた。特に実戦を統括した艦隊司令部に対する批判は厳しく、レスター大将を筆頭に数名の者が退役もしくは左遷の憂き目を見た。軍識者は揃って次の点を指摘した。敵は寡兵であるにもかかわらず、なぜ奇策を以て戦ったのか? 大軍を指揮する将帥の心理を推し量る者は少ない。正攻法で敵に勝利しても人にそれを当然と見做す。味方に看過できぬ被害が出ようものなら凡将のレッテルを張られかねない。奇策を以て勝利する誘惑は常に用兵家に付きまとう。レスター予備役大将も歴史に功名を残そうとして、逆に汚名を残してしまったのだ。
 艦隊を三分割して包囲網を形成することが、敵に各個撃破の好機を与える結果となった。五千隻に三分割された連邦軍の二艦隊までが、奇襲を受ける形で八千隻の同盟艦隊に撃破された。敵に追撃の余力があれば、損害は更に拡大しただろう。同盟のマスコミはパットナム大将の「あと四千隻程度の予備兵力があれば、敵を全滅させることも可能だった」というコメントを各メディアを通じて大々的に報道している。これは多分に誇張された報道であり、同盟国民の士気を鼓舞するための政治宣伝なのだが、同時に連邦国民の士気を喪失させる副次的効果をも生み出した。だがそこに同盟の抱える問題点を看破する識者は少なくなかった。この時点で連邦と同盟の保有する艦艇比率はニ対一。既に連邦は同盟の二倍近い艦艇数を損失していたが、依然これだけの戦力差を維持していた。工業力の差が辛うじて両陣営の均衡を保っていた。戦争が長期化すれば、更に格差は広がるだろう。敗戦続きにも拘わらず、未だ主導権は連邦が握っている。この見識が連邦の指導者たちの大規模な侵攻作戦を自粛させ、同盟の指導者たちに大規模な反抗作戦を決断させた。開戦劈頭の見事な勝利を再現することで、連邦の結束を弱体化させ各星系を離反させる。攻撃目標の中心は連邦でも有数の鉄鋼王国デドモンド星域。ここを支配下に治めれば工業資源が枯渇することもない。長期に渡って膠着した前線に、今度は同盟側から風穴が開けられようとしていた。

 ■■■

 トムソンは思わず欠伸を噛みしめる。これではいかんと思いつつも瞼が自然に重くなる。
 怠惰な空気がペルセウスの艦橋内に満ちていた。将兵が緊張感を失ったのは何も航海に慣れたからではなく、輸送船団を護衛して前線と後方を往復する単調な日々が、もう半年余りも続いていたからだ。その間、第五四戦隊は未だ敵と砲火を交える機会を持たなかった。彼は次第に部下の士気が低下してゆくのを感じていた。厳しい訓練に耐え忍んできた努力が報われないことへの苛立ち。グローク人兵士の力を過少評価して前線へ出兵させない上層部への不満など、これらの諸問題を解決するには決戦と勝利が必要なのだ。

「前衛の駆逐艦より入電。十二時の方向より接近する艦艇あり。数約五十」

 グレイの単調な報告にスレイヤーが呑気に応えた。

「どうせ、また味方だろ?」

 補給路は完全に連邦の制空圏内にあり、会敵の機会はまずないといっていい。スレイヤーの予想した通り、グレイは間もなく味方の識別信号を確認した。ウォーケンが第一種警戒態勢を解くと、色めき立った艦内に再び静寂が訪れた。彼らのため息は安堵ではなく失意を意味した。それほどに彼らは戦闘の機会を欲していた。
 すれ違う艦艇はいずれも大小の傷を被っていた。テキスサート海戦から帰還した艦隊の一部だった。
 
 俺たちがいたら、あんな惨敗はしないものを……。
 
 グローク人兵士たちは改めて大作戦に参加できない無念を胸奥で噛み締めた。

「おい、一丁、からかってやれよ。発光信号を送るんだ。たまには勝てよ。この腰抜けってな」

 スライヤーが小声でグレイを指嗾した。

「ハハッ、やってみるか」

 悪乗りしたグレイは上官に無断で発光信号を点滅させた。発覚すれば責任を問われかねない行為だ。二人はさりげなく周囲の様子を伺ったが、気付いた者は誰もいないようだった。互いの唇から思わず白い歯が零れた。が、その瞬間……。

「何事だ!」
 
 ソコロフの怒声が艦橋内に響き渡った。一条のビーム弾がペルセウスの艦首を掠めて彼方へと消えた。擦れ違った一隻の戦艦から突如として砲撃を受けたのだ。外れたとはいえ、味方から攻撃されたのだ。この光景を目撃した多くの者が自分の目を信じられずにいた。
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