銀河連邦大戦史 双頭の竜の旗の下に

風まかせ三十郎

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第37話 激闘

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「敵、左翼より急進。凡そ一千隻!」

 ペルセウスの艦橋内にオペレーターの悲痛な声が響く。

「左翼部隊、砲火を左舷に転換して敵を迎え撃て!」
 
 ウォーケンの表情に初めて焦りが浮かんだ。敵艦隊の急進に砲火の転換が間に合わない。彼の予測に違わず、敵の援軍は味方の左翼部分に痛打を浴びせかけた。結局、第五四戦隊は左翼より強襲を受けて、一時的な壊乱状態に陥った。破れた網の目から次々に敵左翼部隊が遁走してゆく。ウォーケンは臍を噛んで、この大魚の群れを見送った。だが多くのグローク人兵士は勝利の美酒に酔っていた。

「やったぞ! 大戦果だ!」

 第五四戦隊すべての艦艇でグローク人兵士の喝采が木霊した。
 この五時間に渡る戦闘で敵は一千隻以上の艦艇を失った。味方の損害はわずか百隻にも満たない。これ以上の完勝を望めば勝利の女神はそっぽを向くかもしれない。

「ひとまず後退して艦隊を再編しよう」

 ウォーケンは部隊に後退を命じると、ようやく司令官席に腰を落ち着けた。疲労の浮き出た顔の汗を拭うと、従兵の差し出した戦闘食に口を付けた。

「あと三、四時間あれば敵を殲滅できたのだが」

 そうなれば返す刀で敵中央の側面を突くことが出来る。この海戦の帰趨を自らの手で決定づけることができたのだ。

「一応、現時点において我々は優位に立つことができました。敵左翼は当分攻勢に出られんでしょう」

 この場合、ウォーケンの判断は正しいとヴォルフは思う。あのまま追撃戦を敢行すれば、敵中央から逆撃を喰らいかねない。
 戦闘は一時的に小康状態に陥った。ダフマンは深いため息をつくとドッとシートの背に凭れかかった。

「よう、やったじゃねえか! 戦艦一隻、巡洋艦一隻撃沈。巡洋艦一隻大破。大戦果だ!」

 隣席からスレイヤーが手を差し伸べた。
 
「おまえこそ見事な操艦だったよ。お陰で照準を定めやすかった」

 二人は勝利の感触を確かめるように互いの手を握り合った。

 〇九一四時。膠着していた戦線が突如動き出した。敵中央の前衛二千隻が密集隊形を組んで前進を開始した。

「正面決戦か? ならばこの突出は抑え込むべきだ」

 ハウザーは中央前衛に敵の突出を阻むよう集中砲火を下命した。だがこれは敵の陽動だった。

「うむ、どうやらかかったようだ」

 三〇分後、パットナムは口元に笑みを浮かべると、中央本隊の第二陣を二分して前衛の両翼より突撃させた。

「前衛、左右から突出する敵を迎え撃て!」

 ハウザーが焦り気味に指示を出す。だが敵の予想外の動きに砲火の転換が間に合わず、わずか一時間の間に二百隻もの艦艇が沈められた。前衛の両端に穴が空き、そこをカバーするために中央の砲火が左右に振り分けられた。必然的に中央の弾幕は薄れ、勢い敵前衛の進撃速度は加速する。

「よし、今だ。左翼部隊、突撃せよ」

 パットナムはすかさず左翼部隊にも突撃を下命した。第二十戦隊の前衛が即座に応戦したが、敵の稠密な火力の前に二時間と持たずに瓦解した。第二十戦隊の司令官R・モートン少将は分断された前衛を下げると、本体を以て敵の突撃に応戦した。中央と左翼で同時に混戦が勃発した。双方の強力な火力の熱線が、惑星の上空を覆う雲海を巻き上げる。この時点で勢いに乗じた同盟側に勝勢は傾いた。

「どうします? 中央の援護に回りますか?」

 ヴォルフの意見には一つの危惧があった。もしこの局面で敵中央に横槍を入れれば、正面に控えた敵左翼の残存兵力二千隻から側面攻撃を受ける。

「かまうな! 全艦、密集隊形で敵左翼に突撃せよ!」

 ウォーケンは艦隊を紡錘陣形に再編すると最大戦速で敵左翼に肉薄した。

「どうやら敵の指揮官は若い将官のようだ。味方の不利な状況に焦ったのだろう」

 大打撃を受けて艦隊を再編中だったブロッホは、戦う不利を恐れて現距離を維持したまま部隊に後退を命じた。もし敵が反転して中央の援護に赴けば、今度はこちらが敵側面を補足することができる。先ほどの敗北を償う好機となるはずだ。だがいくら待っても敵は反転する様子を見せない。いつしか両艦隊は戦場から二十万キロほども後退していた。

「ええい、しつこい! 敵はいつまで追ってくる気だ」

 ブロッホが苛立って叫んだ。そのとき第五四戦隊の一部に異変が起こった。
 オペレーターが叫んだ。

「敵後衛部隊、密集隊形を取りつつ離脱してゆきます!」

 旗艦ペルセウスを中心とした後方の九百隻が突如反転して艦隊から離脱した。

「なに!?」

 ブロッホの両眼が見開かれた。敵は味方中央の右翼を突くのでは……、一瞬、そう思ったものの、彼は頭を振って否定した。敵の数は余りにも少なすぎる。それは玉砕覚悟の特攻に類する攻撃としか思えなかった。
 
「追撃するか」

 ブロッホがビデオスクリーンを睨んで思案した。だが追撃しようにも、前面にはブレンデルの指揮する一千隻の艦艇が堅固な壁を築いている。短時間での突破は不可能だ。彼は追撃を諦めると、腑に落ちぬ表情で幕僚たちを見回した。

「あいつらは高々九百隻で何をするつもりだ?」

 ブロッホの疑問に答えられる幕僚は一人としていなかった。

 ■■■

「このまま敵の側面をつくのですか?」

 その頃、ペルセウスの艦橋ではソコロフが同じ質問を口にしていた。

「いや、敵の右側面はほとんど無傷だ。九百隻で突撃しても逆に包囲される恐れがある。俺の狙いはここだ」

 ウォーケンが自信に満ちた笑みを浮かべた。指揮卓を操作するとビデオスクリーンに想定ルートを表示した。

「なるほど! 敵の背後をつくのですな」

 ソコロフが感嘆の声を上げた。敵の後衛は一千隻しかないため突破が容易であり、また先ほどの戦闘で味方右翼の援護に回ったため艦隊の再編が遅れており、艦列に透き間が目立つ。また敵の砲火が最も届きにくい部署だけに、油断している可能性も伺える。
 ウォーケンは更に敵本隊の中央部へ想定ルートを引き延ばした。
 ヴォルフの顔が俄かに曇った。寡兵を以て海戦の帰趨を一気に決めようというのだ。脳裏に無謀の二文字が点滅する。

「たった九百隻で? それでは大きな危険を伴いませんか?」

 若い指揮官が功を焦って猪突することはよくあることだ。ここは年長者が苦言を呈せねばならない。だがウォーケンはその意見を聞き入れなかった。

「この状況を利用すれば可能性はある。現に味方は不利な状況に追い込まれつつある。戦況を逆転するにはこれしかない」

 ウォーケンの決意に若い幕僚たちは賛意を示した。ヴォルフも緊張した面持ちで同意した。
 正攻法の見本のような男が初めて用いた戦法だった。あいつらしくない。ロードバックは苦笑を禁じ得ない。ウォーケンは昔から博打は嫌いだと公言して憚らなかったが、戦争は最高の賭け金を打つ者に要求してくる。失えば二度と取り戻すことのできない命という賭け金を。それだけに最高の充実感も味わえるのだが。
 死んでもいい、と思える瞬間を持つことは、むしろ人にとって幸せなことかもしれない。それが充実感の裏返しであれば、人は己の死に対して意義を付与することは可能だ。ウォーケンは正にその直中にいる。その情熱は第五十四戦隊すべての将兵を巻き込んで、偉大なる戦果へと結実しつつある。

「勝てる、勝てるぞ!」

 ロードバックは作戦の成功を確信した。それは司令官を信頼するグローク人全将兵の想いでもあった。
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