55 / 57
第51話 要塞
しおりを挟む
マーキュリー要塞から二百万キロ離れた宇宙空間で、第七艦隊は陣形を突撃隊形に再編した。最前列に並べられた数万個の岩塊群には、既に補助推進装置が着装されていた。作業を終えた工作艦が後退すると、入れ替わるように第五四戦隊が四列の横隊を敷いて進み出た。既に敵駐留艦隊は囮の輸送船団に引っかかり、現在、要塞に帰還するまで丸二日を要する地点にいた。
「どうやら敵は全艦を以て出撃したようです」
ヴォルフがデータスクリーンをチェックして振り向いた。
要塞前面に一隻の敵艦の姿も確認できないので、ウォーケンもその考えに同意した。
「だが三千隻とはいえ、敵に機動戦力が加われば厄介なことになる。その前に敵要塞を陥落させねば」
途中、ペルセウスが第七艦隊旗艦シリウスと擦れ違ったとき、ウォーケンはシリウスの艦橋に登舷礼で見送るフォスターの姿を見い出した。彼だけではない。すべての将兵が敬意を込めて、竜戦隊を登舷礼で見送っていた。
「提督、突撃隊形完了しました」
ヴォルフが硬い表情で攻撃準備が整ったことを告げた。ウォーケンはマイクを握り締めると、貴下の全将兵に向かって話しかけた。
「諸君、我々はようやくここまで辿り着いた。見たまえ、今、我々の目の前にマーキュリー要塞がある」
艦橋にいる者すべての目がビデオスクリーンに映るマーキュリー要塞へ注がれた。
「あのマーキュリー要塞さえ落とせば、同盟の降伏は時間の問題となるはずだ。それは同時に奴隷制度崩壊をも意味するのだ。わたしは諸君に容赦なく過酷な任務を課してきた。諸君はよくそれに耐えてくれた。今まで共に戦ってきたことを誇りに思う。感謝する」
ウォーケンは艦橋内の目に映るすべての者に無言の謝意を伝えると、
「我らの旗を掲げよ。双頭の竜の旗を!」
ペルセウスのマストに第五四戦隊の旌旗が翻った。攻撃開始の合図だ。
「補助推進装置点火!」
ウォーケンの双眼がカッと見開かれた。岩塊に着装した補助推進装置が一斉に火を噴いた。マーキュリー要塞に向かって無数の光が尾を引いて伸びてゆく。破壊兵器は流星のような美しさを身にまとい、一瞬の光芒の後に多くの人命を奪ってゆく。
この時代、義手、義足、人工内蔵など多くの器官が本物同様の働きをした。肉体が散華しない限り死はあり得ない。ウォーケンは幼少の頃、父親に伴われて両手、両足、それに左目が義眼の退役軍人に会ったことがある。ウォーケンはテーブルの上に並べられた勲章を目を輝かせて見つめていた。男は義手を外して傷口を誇示すると名誉の負傷と自慢した。三十年前に起きた”ドルトムントの内乱”で肉体はぼろ雑巾のように吹き飛ばされたという。
「この歳になると傷口がひどく痛むんだ。お陰で夜も眠れんよ。こんなことなら、いっそのこと、あのとき死んじまえばよかったよ」
そして父親に聴こえないよう、こう囁いた。
「勲章など何の足しにもならんよ。いいかい、坊や、軍人にだけはなるなよ」
母親に伴われて傷病兵を病院へ見舞に行ったときも、核ミサイルの放射能を浴びて白血病と闘いながら生活している人から似たような話を聞いた。彼は死ぬことよりも生きることがより苦しい人々を数多く目に焼き付けてきた。
ロードバックは非戦論など机上にも乗らぬ空論だと嘲笑した。だがそんな彼も恒久平和の実現に敢えて異を唱えることはなかった。彼だけではない。連邦も同盟も、人類もグローク人も、誰もが心の底では願っているのだ。人類の未来から永遠に戦争を消し去ることを。戦争、この憎むべきもの。自らの手で終止符を打つのだ。そして永遠に封印するのだ。
岩塊を射出してから十分が経過した。間もなく岩塊群は要塞砲の射程距離に達するはずだ。
「よし、全艦、前進を開始せよ」
高く差し上げられた腕がサッと振り下ろされた。第五四戦隊の全艦艇が一斉にエンジンを始動させた。ペルセウスは一列目の中央で先頭を切って進撃してゆく。戦端が開かれた。ビデオスクリーンは岩塊を撃ち砕く要塞砲の閃光で眩いばかりに染まっていた。その透き間を縫って岩塊が一つ二つと要塞を直撃するたびに、兵士たちの間から歓声が上がった。要塞の周辺は徐々に破砕された岩片で埋もれていった。破砕されたと言っても、岩片は数十トンから数百トンの質量を有している。陰に隠れていれば要塞主砲の一撃や二撃は防いでくれるはずだ。そうして砲撃の合間に岩から岩へと移動しながら要塞へ接近するのだ。
ペルセウスの周囲にも無数の岩片が漂う。同時に一条のビーム弾が至近弾となって艦を掠めた。艦隊も要塞砲の射程内に突入したのだ。ウォーケンは即座に命令を下した。
「各艦、散開して岩塊の陰に入れ」
岩塊が完全に破砕される前に要塞に取りつかねばならない。だが接近するに従い、中短距離砲も加わって砲撃は激しさを増してゆく。こちらも岩塊から岩塊へ移るわずかな間に砲撃を加えるのだが、それでは正確な照準など望むべくもない。敵の強力な火力は一向に衰えることなく、確実に岩塊の障壁を撃ち崩してゆく。次第に味方艦が戦列から落伍してゆく。
ソコロフが乗艦する戦艦バートナムは無謀にも五千キロ先にある岩塊への移動を試みた。敵はこれを見逃すことなく集中砲火を浴びせかけた。バートナムも全砲門を開いて応戦したが、数百門の要塞砲の前には赤子の手に等しかった。バートナムは全艦炎に包まれながら砲台に激突して敵と刺し違えた。
「このまま突っ込めえ!」
勇猛果敢なソコロフの叫びが聞こえてくるような壮絶な最期だった。
「ソコロフは無事か!」
ウォーケンの願いも虚しく、戦艦バートナムからの脱出者が皆無であることが確認された。司令部幕僚戦死の報は、艦隊司令部を重苦しい空気で押し包んだ。だがバートナムが敵の攻撃を一手に引き付けていた間に、多くの艦艇が無傷で数万キロの前進を果たすことができた。ソコロフの狙いもそこにあったのだろう。彼は勇猛果敢な将官として知られていたが、ただ闇雲に突撃を繰り返すだけの無能な指揮官ではない。自分の命を投げ出すことで、停滞した味方に進撃を促したのだ。だが貴下の艦隊に爆沈必死の囮艦を下命できない以上、それはただ一度きりの無謀な作戦とも言えた。
「どうやら敵は全艦を以て出撃したようです」
ヴォルフがデータスクリーンをチェックして振り向いた。
要塞前面に一隻の敵艦の姿も確認できないので、ウォーケンもその考えに同意した。
「だが三千隻とはいえ、敵に機動戦力が加われば厄介なことになる。その前に敵要塞を陥落させねば」
途中、ペルセウスが第七艦隊旗艦シリウスと擦れ違ったとき、ウォーケンはシリウスの艦橋に登舷礼で見送るフォスターの姿を見い出した。彼だけではない。すべての将兵が敬意を込めて、竜戦隊を登舷礼で見送っていた。
「提督、突撃隊形完了しました」
ヴォルフが硬い表情で攻撃準備が整ったことを告げた。ウォーケンはマイクを握り締めると、貴下の全将兵に向かって話しかけた。
「諸君、我々はようやくここまで辿り着いた。見たまえ、今、我々の目の前にマーキュリー要塞がある」
艦橋にいる者すべての目がビデオスクリーンに映るマーキュリー要塞へ注がれた。
「あのマーキュリー要塞さえ落とせば、同盟の降伏は時間の問題となるはずだ。それは同時に奴隷制度崩壊をも意味するのだ。わたしは諸君に容赦なく過酷な任務を課してきた。諸君はよくそれに耐えてくれた。今まで共に戦ってきたことを誇りに思う。感謝する」
ウォーケンは艦橋内の目に映るすべての者に無言の謝意を伝えると、
「我らの旗を掲げよ。双頭の竜の旗を!」
ペルセウスのマストに第五四戦隊の旌旗が翻った。攻撃開始の合図だ。
「補助推進装置点火!」
ウォーケンの双眼がカッと見開かれた。岩塊に着装した補助推進装置が一斉に火を噴いた。マーキュリー要塞に向かって無数の光が尾を引いて伸びてゆく。破壊兵器は流星のような美しさを身にまとい、一瞬の光芒の後に多くの人命を奪ってゆく。
この時代、義手、義足、人工内蔵など多くの器官が本物同様の働きをした。肉体が散華しない限り死はあり得ない。ウォーケンは幼少の頃、父親に伴われて両手、両足、それに左目が義眼の退役軍人に会ったことがある。ウォーケンはテーブルの上に並べられた勲章を目を輝かせて見つめていた。男は義手を外して傷口を誇示すると名誉の負傷と自慢した。三十年前に起きた”ドルトムントの内乱”で肉体はぼろ雑巾のように吹き飛ばされたという。
「この歳になると傷口がひどく痛むんだ。お陰で夜も眠れんよ。こんなことなら、いっそのこと、あのとき死んじまえばよかったよ」
そして父親に聴こえないよう、こう囁いた。
「勲章など何の足しにもならんよ。いいかい、坊や、軍人にだけはなるなよ」
母親に伴われて傷病兵を病院へ見舞に行ったときも、核ミサイルの放射能を浴びて白血病と闘いながら生活している人から似たような話を聞いた。彼は死ぬことよりも生きることがより苦しい人々を数多く目に焼き付けてきた。
ロードバックは非戦論など机上にも乗らぬ空論だと嘲笑した。だがそんな彼も恒久平和の実現に敢えて異を唱えることはなかった。彼だけではない。連邦も同盟も、人類もグローク人も、誰もが心の底では願っているのだ。人類の未来から永遠に戦争を消し去ることを。戦争、この憎むべきもの。自らの手で終止符を打つのだ。そして永遠に封印するのだ。
岩塊を射出してから十分が経過した。間もなく岩塊群は要塞砲の射程距離に達するはずだ。
「よし、全艦、前進を開始せよ」
高く差し上げられた腕がサッと振り下ろされた。第五四戦隊の全艦艇が一斉にエンジンを始動させた。ペルセウスは一列目の中央で先頭を切って進撃してゆく。戦端が開かれた。ビデオスクリーンは岩塊を撃ち砕く要塞砲の閃光で眩いばかりに染まっていた。その透き間を縫って岩塊が一つ二つと要塞を直撃するたびに、兵士たちの間から歓声が上がった。要塞の周辺は徐々に破砕された岩片で埋もれていった。破砕されたと言っても、岩片は数十トンから数百トンの質量を有している。陰に隠れていれば要塞主砲の一撃や二撃は防いでくれるはずだ。そうして砲撃の合間に岩から岩へと移動しながら要塞へ接近するのだ。
ペルセウスの周囲にも無数の岩片が漂う。同時に一条のビーム弾が至近弾となって艦を掠めた。艦隊も要塞砲の射程内に突入したのだ。ウォーケンは即座に命令を下した。
「各艦、散開して岩塊の陰に入れ」
岩塊が完全に破砕される前に要塞に取りつかねばならない。だが接近するに従い、中短距離砲も加わって砲撃は激しさを増してゆく。こちらも岩塊から岩塊へ移るわずかな間に砲撃を加えるのだが、それでは正確な照準など望むべくもない。敵の強力な火力は一向に衰えることなく、確実に岩塊の障壁を撃ち崩してゆく。次第に味方艦が戦列から落伍してゆく。
ソコロフが乗艦する戦艦バートナムは無謀にも五千キロ先にある岩塊への移動を試みた。敵はこれを見逃すことなく集中砲火を浴びせかけた。バートナムも全砲門を開いて応戦したが、数百門の要塞砲の前には赤子の手に等しかった。バートナムは全艦炎に包まれながら砲台に激突して敵と刺し違えた。
「このまま突っ込めえ!」
勇猛果敢なソコロフの叫びが聞こえてくるような壮絶な最期だった。
「ソコロフは無事か!」
ウォーケンの願いも虚しく、戦艦バートナムからの脱出者が皆無であることが確認された。司令部幕僚戦死の報は、艦隊司令部を重苦しい空気で押し包んだ。だがバートナムが敵の攻撃を一手に引き付けていた間に、多くの艦艇が無傷で数万キロの前進を果たすことができた。ソコロフの狙いもそこにあったのだろう。彼は勇猛果敢な将官として知られていたが、ただ闇雲に突撃を繰り返すだけの無能な指揮官ではない。自分の命を投げ出すことで、停滞した味方に進撃を促したのだ。だが貴下の艦隊に爆沈必死の囮艦を下命できない以上、それはただ一度きりの無謀な作戦とも言えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
超克の艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」
米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。
六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。
だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。
情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。
そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる