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第五章 白鈴の文

(一)青白き月

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はらり、広げると文であった。
あの白鈴の筆のもの。
鈴々は小さく息をついた。ゆらりと、四隅の燭台の灯がゆれる。
いまは格子の部屋にひとり。百学の葛籠には旅仕度のものの他に、おつむほどの紙玉がひとつ転がる。桜の花柄に、ふさのある紐が付いてた。
文は、鈴々へと始まる。
ふるふるっと文を持つ手がふるえた。
大丈夫かい、熱はないかい、眠れるかい。
切々に鈴々へのいたわり。
つづいて、これまで親身になってくれた阿国たち一座に淡路屋のひとたちへのこと。ありがたい、ありがたいとその文字は、泣いていた。
ゆえに、という。
もう巻き込みたくない、巻き込みたくないの。
いいかい鈴々、これは心に仕舞って。もしものときは、あたしがゆく。
二人でなんとかするの。
この天竜玉を使いなさい。その狼煙を目当てに、きっと助けにゆくから。
いま島へ向かっています。
白鈴。
鈴々は涙がぽたぽたこぼれた。
「姉さま、はい」

ひゅるり、ひゅるりと風が抜きぬけた。
御堂の扉ががたがたと鳴る。
隅の燭台の灯がゆらゆら。ふうっと蓑を被る坊主二人が首をすくめた。宝鶴が火鉢で手をあぶる。
「冷えるな」
もうひとりが苦笑い。
「先ほど、あの医者の人足のものが置いてゆきました」
小ぶりの酒瓶に、椀が二つ。
「やあ、うれしや、宝亀」
「灘ものとか」
ふふっと笑い、酌み交わす。
「うまい、芯までぬくもる」
ふと、宝亀と呼ばれた丸顔の坊主が首をひねった。
「はて、あの狐つら。前にどこかで」
「いや、荷運びで逃げるも、銭欲しさに戻るものもおる。そのうちのひとりよ」
「毎度のことで」
「ひとであるなら、よい」
ひひっと宝亀が笑う。
「さて、ぼちぼち小娘も床につきますかの」
「とっとと寝てもらわねば、本堂に戻れぬ」
くいと宝鶴は椀をあおった。
宝亀はそろりと階段から下をのぞく。ため息をついた。
下の燭台の灯はゆらめいてる。
「さても、古の聖を呼び、経を授かりたいとはいえ、小娘をぶちるか」
宝鶴がぽつり。
「それもこれも、あの呆けた山伏めのとばっちりで」
「まったく。仇なすとはな」
「そのくせ、ぶちりはまだかと、欲しておったと」
「なにを、やりたかったのやら」
「日の本をののしっておったようで」
「天下でも引っくり返すつもりであったか。ふむ、鬼でも呼べたならな。まて、仇なすはそれがねらいか。もっとも手におえるかどうか」
「いかにも。ただ、こうとなれば小娘で終えねば。さらに沼が荒れれば、よもや、しのかみがあふれるやも、しれませぬ」
「これっ、い、いうな」
「やれ、したり。酔いがさめる」
と、宝亀が酒瓶を手にするも空になっている。
ええいと舌打ちした。
「呼びにゆくか。あと十本ほどもってこいとな」
立とうとして、ふいにぐらりとなった。
そのあと、どうと倒れこむ。
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