25 / 86
第二部「あなたに贈るシフソフィラ」編
14:そして幻想は壊れゆく
しおりを挟む
——光。それは遠ざかった瞬間、深い闇に堕ちていく。
「いつまで待てば、また会えますか」
誰もいない暗がりに佇んで、子供は呟いた。返る言葉はなく、待ち人が訪れることもない。永遠にも似た静寂の中で、その子供は待ち続けていた。
光の消え失せた世界は、冷たい孤独に閉ざされている。誰も子供を救わない。誰一人として、子供を顧みることもない。それが魔法使いに必要なことであったとしても、どうして願ってはいけなかったのだろう。
「待っています、ずっと」
子供はただ己のためだけに願う。どうせ、人のために願ったところで、この手で紡ぐ魔法は奇跡さえ起こさない。ならばせめて、それが呪いであったとしても——自分のために願おう。
「どうか」
どうか、どうか。どうかどうか、どうか——その願いを叶えさせてください。その願いさえ叶えられれば、ずっと長い時を生きていけますから。
虚無が紡いだ願いは、狂おしいまでの憧憬に満ちている。だからこそ、その願いが叶えられたなら。愛した光景は塵芥《ちりあくた》と変わり壊れゆくのだと——初めから理解してたはずだったのに。
——光。それは視界を染め上げた瞬間、全てを打ち砕くはずだった。
「イクス‼︎」
一時《ひととき》途絶えた意識に被さり、誰かの叫びが響いた。同時に体が跳ね飛ばされ、イクスは暗闇の地面を転がる。軽いごみ屑のように転がるしかなかった魔法使いは、それでも身を起こし彼の名を呼ぶ。
「ヴィルヘルムっ!」
叫びの先で、一振りの剣が光を放った。慎重に達するほどの大剣を構えた騎士は、目前に迫る閃光へと一太刀浴びせかける。力強い踏み込みとともに振り下ろされた斬撃。それは鋭く空気を切り裂き——ほとんど一息のうちに閃光を両断した。
「……やれやれ、何が起こっているのかわからないが。いい加減、こき使うのは勘弁してくれよ」
大剣を軽く一振りして、騎士——ヴィルヘルムは座り込んだままのイクスに笑いかける。そんな笑み一つで安堵のため息を漏らした魔法使いは、ふらつきながら立ち上がると騎士に指先を向けた。
「遅いぞ。私の危機には五分前に到着するよう言っただろう」
「そんな訳のわからない要求は聞き入れられません。というか、その前に礼の一つもないのかこのやろう」
「ありがとうございます助かりました!」
意味もわからず怒り狂いながらも、イクスは再び『魔道士』を睨みつける。突然の騎士の登場に、老人は顔を歪め足を踏み鳴らした。苛立ちのこもった視線でイクスたちを睨み、低い声で威嚇する。
「何故だ。何故私の領域がこうもたやすく破られる⁉︎」
「答えは簡単。……この『ヴァールハイトの魔剣』にかかれば、三流魔法使いの魔法なんて紙切れを斬るよりも容易い」
光をまとう剣を掲げたヴィルは、言葉とは裏腹にどうでも良さそうな顔をしていた。その背後では、闇が文字通り紙切れのように切り裂かれている。裂け目を覗けば、向こう側にヴァールハイト家の居間が見えた。
「魔剣……だと。その光はまさか、魔法石の力か⁉︎」
身を震わせ、『魔道士』は一歩退がる。慎重に老人を目で追いつつ、騎士は興味もなさそうに肩をすくめた。
「俺はよく知らんよ。詳しいことはこっちの魔法使いに訊いてくれ」
「そこで私に振るな。……だが、まあ。これは私の魔力の結晶だからな。見た目こそ剣だが、魔法石と言っても間違いではない」
まさか、こんな時に持ち出されるとは思わなかったが。そっと呟きを漏らし、イクスはヴィルの手にした剣に目を向ける。
無駄な装飾など一つもない。無骨な鉄の塊のような剣だった。かつてギルベルトに贈ったその剣は、息子であるヴィルヘルムの手にあっても輝きは失われていない。
イクスが多くの魔力と引き換えに創り出した剣は、魔剣と呼ばれるにふさわしいものだった。あらゆる魔法を無効化し、一太刀で打ち砕く。そんな剣は、この世界でも数えるほどしかない。
「聞いていない……こんな魔法石など、私では」
「どうでもいいけどな。来ないならこっちから行って良いか? 正直、俺は今とても機嫌が悪い」
笑みを浮かべながら、騎士は一歩踏み出す。凄みを帯びる笑顔に、イクスはもとより『魔道士』も顔をひきつらせる。魔法使いの肩に舞い降りた木菟《ミミズク》は、小声で囁き首を傾げた。
『あれはかなりお怒りだな。やりすぎなければ良いが』
「そんな呑気に言っている場合ではない」
剣を構えなおした騎士の背後に駆け寄り、イクスは素早く指を打ち鳴らす。瞬間、いくつもの光が虚空に生まれ、尾を引きながら『魔道士』に襲いかかる。
「撃ち砕け!」
イクスの声が響くと同時に、騎士が地面を蹴った。その動きは、それ自体が魔法であるかのように鋭く疾い。ほとんど一息で魔法使いの放った流星を追い越し、大剣を両手で鋭く横に薙ぐ。
襲い来る無数の流星と目前に迫る騎士の剣。『魔道士』は絶望的な状況に叫びを上げた。しかし、その目はまだ諦めていない。絶叫しながら指を交差させ、目前の騎士に燃え盛る炎の塊を叩きつける。
「——遅い。砕け散れ‼︎」
すっ、と。指で虚空に円を描いた。刹那、流星は騎士と『魔道士』の間に堕ち、燃え盛る炎を打ち砕く。
巻き起こる白光。撒き散らされた光とともに、砕け散った炎はわずかな熱だけを残し搔き消える。『魔道士』は叫びながら再び指を交差させた。
だがそれより早く、騎士の剣が展開されていた見えない障壁を叩き壊す。『魔道士』は今度こそ本当の絶望に目を見開き——そして。
「墜ちろ!」
落下する流星。輝く光は『魔道士』の身体を幾度も打ち据える。絶叫がこだまし、暗闇の空間は音を立て崩れていく。
勝負は決した。手を下げたイクスの前で、『魔道士』は虚空に手を伸ばす。色を失い消えていく世界の残滓をつかむような動き。足掻くような行為を見せながらも——老人は悲痛な声で叫んだ。
「ち……違うんだ。本当は、私は何も——!」
だが、その声は中途半端に掻き消えた。色を取り戻したヴァールハイト家の居間。そこに立った瞬間、『魔道士』出会った老人は、糸が切れた人形のように倒れこんだ。
「いつまで待てば、また会えますか」
誰もいない暗がりに佇んで、子供は呟いた。返る言葉はなく、待ち人が訪れることもない。永遠にも似た静寂の中で、その子供は待ち続けていた。
光の消え失せた世界は、冷たい孤独に閉ざされている。誰も子供を救わない。誰一人として、子供を顧みることもない。それが魔法使いに必要なことであったとしても、どうして願ってはいけなかったのだろう。
「待っています、ずっと」
子供はただ己のためだけに願う。どうせ、人のために願ったところで、この手で紡ぐ魔法は奇跡さえ起こさない。ならばせめて、それが呪いであったとしても——自分のために願おう。
「どうか」
どうか、どうか。どうかどうか、どうか——その願いを叶えさせてください。その願いさえ叶えられれば、ずっと長い時を生きていけますから。
虚無が紡いだ願いは、狂おしいまでの憧憬に満ちている。だからこそ、その願いが叶えられたなら。愛した光景は塵芥《ちりあくた》と変わり壊れゆくのだと——初めから理解してたはずだったのに。
——光。それは視界を染め上げた瞬間、全てを打ち砕くはずだった。
「イクス‼︎」
一時《ひととき》途絶えた意識に被さり、誰かの叫びが響いた。同時に体が跳ね飛ばされ、イクスは暗闇の地面を転がる。軽いごみ屑のように転がるしかなかった魔法使いは、それでも身を起こし彼の名を呼ぶ。
「ヴィルヘルムっ!」
叫びの先で、一振りの剣が光を放った。慎重に達するほどの大剣を構えた騎士は、目前に迫る閃光へと一太刀浴びせかける。力強い踏み込みとともに振り下ろされた斬撃。それは鋭く空気を切り裂き——ほとんど一息のうちに閃光を両断した。
「……やれやれ、何が起こっているのかわからないが。いい加減、こき使うのは勘弁してくれよ」
大剣を軽く一振りして、騎士——ヴィルヘルムは座り込んだままのイクスに笑いかける。そんな笑み一つで安堵のため息を漏らした魔法使いは、ふらつきながら立ち上がると騎士に指先を向けた。
「遅いぞ。私の危機には五分前に到着するよう言っただろう」
「そんな訳のわからない要求は聞き入れられません。というか、その前に礼の一つもないのかこのやろう」
「ありがとうございます助かりました!」
意味もわからず怒り狂いながらも、イクスは再び『魔道士』を睨みつける。突然の騎士の登場に、老人は顔を歪め足を踏み鳴らした。苛立ちのこもった視線でイクスたちを睨み、低い声で威嚇する。
「何故だ。何故私の領域がこうもたやすく破られる⁉︎」
「答えは簡単。……この『ヴァールハイトの魔剣』にかかれば、三流魔法使いの魔法なんて紙切れを斬るよりも容易い」
光をまとう剣を掲げたヴィルは、言葉とは裏腹にどうでも良さそうな顔をしていた。その背後では、闇が文字通り紙切れのように切り裂かれている。裂け目を覗けば、向こう側にヴァールハイト家の居間が見えた。
「魔剣……だと。その光はまさか、魔法石の力か⁉︎」
身を震わせ、『魔道士』は一歩退がる。慎重に老人を目で追いつつ、騎士は興味もなさそうに肩をすくめた。
「俺はよく知らんよ。詳しいことはこっちの魔法使いに訊いてくれ」
「そこで私に振るな。……だが、まあ。これは私の魔力の結晶だからな。見た目こそ剣だが、魔法石と言っても間違いではない」
まさか、こんな時に持ち出されるとは思わなかったが。そっと呟きを漏らし、イクスはヴィルの手にした剣に目を向ける。
無駄な装飾など一つもない。無骨な鉄の塊のような剣だった。かつてギルベルトに贈ったその剣は、息子であるヴィルヘルムの手にあっても輝きは失われていない。
イクスが多くの魔力と引き換えに創り出した剣は、魔剣と呼ばれるにふさわしいものだった。あらゆる魔法を無効化し、一太刀で打ち砕く。そんな剣は、この世界でも数えるほどしかない。
「聞いていない……こんな魔法石など、私では」
「どうでもいいけどな。来ないならこっちから行って良いか? 正直、俺は今とても機嫌が悪い」
笑みを浮かべながら、騎士は一歩踏み出す。凄みを帯びる笑顔に、イクスはもとより『魔道士』も顔をひきつらせる。魔法使いの肩に舞い降りた木菟《ミミズク》は、小声で囁き首を傾げた。
『あれはかなりお怒りだな。やりすぎなければ良いが』
「そんな呑気に言っている場合ではない」
剣を構えなおした騎士の背後に駆け寄り、イクスは素早く指を打ち鳴らす。瞬間、いくつもの光が虚空に生まれ、尾を引きながら『魔道士』に襲いかかる。
「撃ち砕け!」
イクスの声が響くと同時に、騎士が地面を蹴った。その動きは、それ自体が魔法であるかのように鋭く疾い。ほとんど一息で魔法使いの放った流星を追い越し、大剣を両手で鋭く横に薙ぐ。
襲い来る無数の流星と目前に迫る騎士の剣。『魔道士』は絶望的な状況に叫びを上げた。しかし、その目はまだ諦めていない。絶叫しながら指を交差させ、目前の騎士に燃え盛る炎の塊を叩きつける。
「——遅い。砕け散れ‼︎」
すっ、と。指で虚空に円を描いた。刹那、流星は騎士と『魔道士』の間に堕ち、燃え盛る炎を打ち砕く。
巻き起こる白光。撒き散らされた光とともに、砕け散った炎はわずかな熱だけを残し搔き消える。『魔道士』は叫びながら再び指を交差させた。
だがそれより早く、騎士の剣が展開されていた見えない障壁を叩き壊す。『魔道士』は今度こそ本当の絶望に目を見開き——そして。
「墜ちろ!」
落下する流星。輝く光は『魔道士』の身体を幾度も打ち据える。絶叫がこだまし、暗闇の空間は音を立て崩れていく。
勝負は決した。手を下げたイクスの前で、『魔道士』は虚空に手を伸ばす。色を失い消えていく世界の残滓をつかむような動き。足掻くような行為を見せながらも——老人は悲痛な声で叫んだ。
「ち……違うんだ。本当は、私は何も——!」
だが、その声は中途半端に掻き消えた。色を取り戻したヴァールハイト家の居間。そこに立った瞬間、『魔道士』出会った老人は、糸が切れた人形のように倒れこんだ。
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~
みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。
何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。
第一部(領地でスローライフ)
5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。
お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。
しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。
貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。
第二部(学園無双)
貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。
貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。
だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。
そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。
ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・
学園無双の痛快コメディ
カクヨムで240万PV頂いています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる