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第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編
0.1:やさしい時間の残し方 〜ソフィラの願い〜
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——これは過ぎ去った記憶。そして、取り戻せない過去の物語。
「言ったでしょう。シフソフィラの花言葉は『叶えられた願い』。それに対して、ソフィラの花言葉は『永遠の憧憬』——」
少年の声には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。杖の先をイクスに突きつけたまま、少年は優しく笑う。
悲しみなら、慰めがあればぬぐい去ることもできたかもしれない。しかし寂しさは、寄り添うこともできない距離では埋めてやることもできないのだ。
永遠に続くような一瞬を、イクスは手を伸ばすこともできずに通り過ぎた。触れることもできなかったその手を握りしめ、苦しい息を吐き出す。そんな魔法使いに、無慈悲なほど純粋な言葉が投げかけられる。
「あのね、先生。僕は本当に、ずっと先生に会いたかったんですよ」
優しい声だった。イクスに向けられていた瞳は穏やかで、日向のように温かい。にもかかわらず、少年が手にした杖は、強い光を帯び始めていた。渦巻く魔力の向こうで、少年は夢見るように語る。
「魔法使いにもなれなかった出来損ないの僕は、フラメウから疎まれていました。僕が初歩の魔法に失敗するたび、師はあなたの話をするんです。同じように親の元から離れ、それでも魔法使いとして大成したイクスのことを……。フラメウは、あなたのことをとても気に入っていたみたいですね」
イクスは踏み出すこともできず、その場で手を構えた。杖から広がる魔力は、あまりにも強大で——イクスをも凌駕する。極光のごとき光は空間を歪ませ、周囲の品物を激しく揺さぶっていく。
「実際に会ってみて、何故あなたがフラメウから気に入られていたかわかりました。先生、あなたは……魔法使いの目から見ても、とても優しい人でしたから。孤独に生きることを強制される魔法使いにとって、そういうものは忌むべきものではあるけれど。それでも、捨て去れるようなものではなかった」
緩やかに、魔力の波動が一点に集中していく。生み出された魔力の塊は、青白い光を帯びている。肌が泡立つほどの圧力を発するそれを従え、少年は大切なものを慈しむように笑う。
「あなたに会って、色んな人やものに触れて……この半年は、僕にとって本当に大切なものでした。今まで何も感じず通り過ぎていた光景を、初めて美しいと感じられたんですよ。僕には不相応だったけど……とても、幸せなやさしい時間でした」
振り下ろされるだけの杖を手に、少年は静かに目を閉じる。穏やかな表情は、巻き起こる光に覆い隠されていく。今まさに解放されようとする力の向こうで、幸せそうな声だけが響き続ける。
「だからあなたの心を縛るフラメウは、僕が消してあげました。これからは、あなたはあなたのために生きていいんです。誰も——あなたの想いを阻むことは出来ない」
名前を呼んでも、二度と想いが返ることはない。差し出した手が、遠ざかる手に触れることは永遠にない。光に消えていく小さな姿は、そんなイクスに最後の笑顔を向けた。
「大好きですよ、イクス。他の誰よりもずっと。本当に、心の底から——だからね」
視界に全て覆い尽くす光。魔力の奔流に飲まれ、イクスの体は現実感を失っていく。舞い上がるのか落ちていくのかもわからない世界の中で——まだ幼さを残した手が頰に触れた。
「あなたの願いを叶えさせてあげる。これが、僕があなたに贈る——」
「——キールっ‼︎」
そして、物語はゼロに還り——再び、一から始まる。
「言ったでしょう。シフソフィラの花言葉は『叶えられた願い』。それに対して、ソフィラの花言葉は『永遠の憧憬』——」
少年の声には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。杖の先をイクスに突きつけたまま、少年は優しく笑う。
悲しみなら、慰めがあればぬぐい去ることもできたかもしれない。しかし寂しさは、寄り添うこともできない距離では埋めてやることもできないのだ。
永遠に続くような一瞬を、イクスは手を伸ばすこともできずに通り過ぎた。触れることもできなかったその手を握りしめ、苦しい息を吐き出す。そんな魔法使いに、無慈悲なほど純粋な言葉が投げかけられる。
「あのね、先生。僕は本当に、ずっと先生に会いたかったんですよ」
優しい声だった。イクスに向けられていた瞳は穏やかで、日向のように温かい。にもかかわらず、少年が手にした杖は、強い光を帯び始めていた。渦巻く魔力の向こうで、少年は夢見るように語る。
「魔法使いにもなれなかった出来損ないの僕は、フラメウから疎まれていました。僕が初歩の魔法に失敗するたび、師はあなたの話をするんです。同じように親の元から離れ、それでも魔法使いとして大成したイクスのことを……。フラメウは、あなたのことをとても気に入っていたみたいですね」
イクスは踏み出すこともできず、その場で手を構えた。杖から広がる魔力は、あまりにも強大で——イクスをも凌駕する。極光のごとき光は空間を歪ませ、周囲の品物を激しく揺さぶっていく。
「実際に会ってみて、何故あなたがフラメウから気に入られていたかわかりました。先生、あなたは……魔法使いの目から見ても、とても優しい人でしたから。孤独に生きることを強制される魔法使いにとって、そういうものは忌むべきものではあるけれど。それでも、捨て去れるようなものではなかった」
緩やかに、魔力の波動が一点に集中していく。生み出された魔力の塊は、青白い光を帯びている。肌が泡立つほどの圧力を発するそれを従え、少年は大切なものを慈しむように笑う。
「あなたに会って、色んな人やものに触れて……この半年は、僕にとって本当に大切なものでした。今まで何も感じず通り過ぎていた光景を、初めて美しいと感じられたんですよ。僕には不相応だったけど……とても、幸せなやさしい時間でした」
振り下ろされるだけの杖を手に、少年は静かに目を閉じる。穏やかな表情は、巻き起こる光に覆い隠されていく。今まさに解放されようとする力の向こうで、幸せそうな声だけが響き続ける。
「だからあなたの心を縛るフラメウは、僕が消してあげました。これからは、あなたはあなたのために生きていいんです。誰も——あなたの想いを阻むことは出来ない」
名前を呼んでも、二度と想いが返ることはない。差し出した手が、遠ざかる手に触れることは永遠にない。光に消えていく小さな姿は、そんなイクスに最後の笑顔を向けた。
「大好きですよ、イクス。他の誰よりもずっと。本当に、心の底から——だからね」
視界に全て覆い尽くす光。魔力の奔流に飲まれ、イクスの体は現実感を失っていく。舞い上がるのか落ちていくのかもわからない世界の中で——まだ幼さを残した手が頰に触れた。
「あなたの願いを叶えさせてあげる。これが、僕があなたに贈る——」
「——キールっ‼︎」
そして、物語はゼロに還り——再び、一から始まる。
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