12年目の恋物語

真矢すみれ

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12年目の恋物語

プロローグ

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 四月。年中さんになって、最初の日。
 ひとつ学年が上がって、ちょっと張り切って幼稚園に行った、その日。オレは教室の前でちまっこくて可愛い女の子を見つけた。
 真新しい制服の肩の上で、ふわふわの茶色っぽい髪の毛が揺れていた。大きな目はキラキラ輝いて、辺りをきょろきょろ見回していた。

「どうしたの?」

 オレが声をかけると、女の子は大きな目をパチパチと瞬きした。

「年少さんだよね? 部屋、違うよ」

「……え?」

 首を傾げて、不安そうな顔をしたその子の手をキュッと握る。

「大丈夫。オレ、連れてってやるよ」

 そのまま手を引いて、一階への階段を下りる。
 ちっちゃいその子のために、ゆっくりと。だって、オレ、今日からお兄ちゃんだから。

「先生!」

「あら、おはよう。叶太かなたくん」

「おはよう!」

 オレは得意げに、先生に言った。

「先生、迷子だよ」

 それから、隣の女の子の方を見た。

「この子、年少さんだろ?」

「あら、陽菜はるなちゃん」

 先生はニッコリ笑って、腰をかがめた。

「叶太くん、四月から新しく入園した牧村陽菜ちゃん。叶太くんと同じ年中さんよ」

「……え?」

 オレは思わず、隣の女の子を見た。
 クラスで一番小さい子より、もっと小さい女の子。
 手だって、ほら、こんなに小さいのに、……同い年?
 その子は、オレたちの話を理解しているのかどうか、オレの顔を見るとにこっと笑った。思わず、オレも笑い返す。
 ま、いいや。小さくたってクラスメイト。同じ年中さん。

「そっか。じゃあ、もっかい上に行こう!」

 オレがキュッと手を握り直すと、女の子は小さく頷いた。
 その女の子が、つい最近、隣に建ったでかい家に越してきたという子だと知ったのは、その日、家に帰ってからだった。


   ◇   ◇   ◇


「ハル!」

 四月六日、記念すべき高校の入学式の日。
 とは言え、幼稚部から同じ学校に通っているから、あまり目新しいことはない。中等部からの生徒とほぼ同人数が外部生として入ってくる、ただそれだけの違い。
 ……だと思っていたけど、違う。それだけじゃあなかった。車から降りる世界一大切な女の子、ハルこと牧村陽菜の姿が目に映った瞬間、オレは悟る。

「カナ。おはよう」

 オレの声を聞き、ハルはパアッと花が開くように花が開くような笑顔を見せた。カナと言うのが、オレ、広瀬叶太の愛称。

「おはよう、ハル」

 ハルの笑顔に、思わず頰が緩む。

 三月と同じようでいて、やっぱり違う。通う校舎も違えば、ハルの胸元で揺れるセーラー服のリボンの色も違う。胸元のMマーク……杜蔵学園の頭文字を取った飾り文字の色も違う。
 ふんわり背中に流れる茶色がかった髪や黒目がちな大きな目、折れそうに細い手足は変わらない。穏やかな笑顔はいつも通りだし、ハルはいつもと変わらず文句なしに可愛い。
 でも、まとう制服の色がほんの少し変わっただけで、どこか大人びて見えて、何だか妙に新鮮だった。
 オレはサッと手を伸ばして、ハルの学生鞄を受け取る。

「ありがとう」

 ハルがまた、にこりと笑う。

「おばさまは?」

「先に講堂に行ってるって。ハルんとこは?」

「うちも、講堂の方の門で降りるって」

 ゆっくりと歩き出し、ハルに告げる。

「ハル、一年八組。今年も一緒だったよ」

 ハルがそれを聞いて、大きな目をさらにまん丸くした。

「ホント? えっと……十二年目……かな?」

 幼稚園の年中さんで同じクラスになって以来、十二回目の同じクラス。指折り数えたハルは、信じられないとつぶやいた。

「そ、十二年目。腐れ縁だな!」

 オレがそう言うと、ハルは優しく笑って、小さく首を傾げた。

「さ、行こ。入学式前に教室集合だって」

 オレはそっとハルの背を押した。
 今日は入学式で、オレたちは新入生。だけど、ここにはオレたち以外の生徒はいない。
 職員用玄関。車での来客が入ってくる裏口。
 入学式の今日、先生たちは既に校舎か講堂だろうし、他の生徒たちは生徒用の靴箱経由で教室だ。

 ハルは生まれつき身体が弱い。いや、身体が悪い。先天性の心臓病で、今までに何度も手術をしている。走ったり泳いだりの運動は一切禁止。体調を崩す日も多くて、学校を休むのは日常茶飯事だったりする。
 そんなハルには電車やバスでの通学は厳しいので、特例で車通学。更に、オレたちが通う杜蔵学園は幼稚部から大学院まである巨大な学園で、正門から入ると敷地の中程に位置する中等部、高等部校舎は相当遠い。だから、ハルは他の生徒と違い、校舎が一番近い裏口から通学している。
 家は隣同士なのに、オレがハルの送迎の車に乗るのは当然のようにNGで、オレは自転車で通学する。

 小学生の頃、ハルは今よりもっと体力がなかった。小柄な身体に教科書が詰まったランドセルは重すぎで、よく廊下で動けなくなって座り込んでいた。
 オレは、その頃にはもうハルが好きで好きでたまらなくて、少しでもハルの力になりたくて仕方なく、いつしか毎朝ハルを迎えに行き、教室までハルのランドセルを運ぶようになっていた。
 中等部に上がってからはランドセルが学生鞄になったけど、ハルの送り迎えは変わらない。裏口から教室までの道のりを毎朝毎夕、ハルの鞄を持って一緒に歩くのが日課になっていた。
 他愛のないおしゃべりをしながら、誰にも邪魔されずハルと二人で歩くこの時間が、オレは大好きだ。

 家が隣同士だから、放課後だって毎日のように会っていた。けど、それでも、この時間はオレにとって宝物みたいに大切なものだった。
 だから、もちろん、ハルの送迎をやめる気なんてまったくなかった。
 この穏やかな時間は、今日から始まる高校生活でも三年間、同じように続くはずだった。
 続くものだと、オレは信じて疑いもしていなかった。
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