12年目の恋物語

真矢すみれ

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12年目の恋物語

19.志穂の歓喜

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 月曜日。
 二週間ぶりに登校した陽菜は、いつものように叶太くんと一緒に教室に入ってきた。入院前と同じに、硬い表情。そして、隣に立つ叶太くんも浮かない顔。その理由を知っているわたしは、ちょっと申し訳なくなる。でも、しらばっくれて笑顔で声をかけた。

「陽菜、おはよう!! 叶太くんも、おはよう」

 陽菜はわたしの顔を見ると、にっこり笑ってくれた。

「しーちゃん、おはよう」

 久々の陽菜の姿を見つけて、亜矢と梨乃も集まってくる。

「ハルちゃん、おはよう!」

「大丈夫? まだ調子悪い?」

「ううん。もう大丈夫。ありがとう」

 陽菜はいつものように穏やかに笑う。ムリしているんじゃないかって心配になる。梨乃が気にするくらいに、顔色も冴えないし……。
 でも!! でも!! それも、今日までだから!!
 待ってて、陽菜! 今日は、羽鳥先輩からの、最高のプレゼントがあるよ。

 後、三時間。後、二時間。わたしは、時計を見るたび、時を数える。
 休み時間、叶太くんが席に来た。わたしと陽菜の席は結構、離れている。だけど、叶太くんは声を潜めて言った。

「なあ、志穂、どうなってんの?」

「ん? なんのこと?」

「羽鳥先輩が……」

「羽鳥先輩が、どうかした?」

 叶太くんが困ったような顔をした。分かっててしらばっくれるのも、疲れるもんだ。

「ごめん。わたし、陽菜んとこ行ってくるね~」

 叶太くんとこんな風になってしまってから、陽菜は休み時間、一人で過ごしていることが多い。陽菜は、誰かとつるんでいないと落ち着かないっていうタイプじゃなくて、叶太くんがいなくても静かに本を読んだり、ぼんやり考えごとをしたり、誰か他の人とおしゃべりしていたり、ちゃんと一人で過ごしている。陽菜の周りは、いつもゆっくりと時間が流れているような気がする。そうして、必要な時には、ちゃんと声をかけてくるんだ。
 むしろ叶太くんの方が、陽菜がいない時間をもてあましているように見える。

「陽菜~」

「ん? どうしたの?」

 陽菜が教室にいる、それだけで、わたしは浮かれていた。

「ねえ、今日、いいことがあるからね?」

 これくらいは、いいよね?

「そう?」

 陽菜は不思議そうな顔をして、小さく首を傾げていた。



 昼休み!!

「志穂、なに、そんなに浮かれてんの?」

 梨乃に言われて、「ちょっとね」なんて答えてみる。

「陽菜、呼んでくる~」

 机を四つ準備して、陽菜を迎えに行くわたしの後ろで、梨乃と亜矢が、

「志穂、なんかおかしくない?」

「ハルちゃんが、好きなだけじゃない?」

 とか話しているのが聞こえた。
 プツッと小さな音がして、昼休みの放送が始まる。聞き慣れた音楽が流れる。いつもより大きい音。ふふ。休み時間に大きくしておいた。

「皆さん、こんにちは! 今日も五月晴れ。気持ちいいですね。さて、今日はちょっとしたイベントを用意しています。BGMだと思って聞き逃さないようにしてくださいね。準備はいいですか? 耳を澄ませて聞いてくださいね。昼休みも短いので、早速、行きますよ~!」

 そんな前振りの後、ポップな音楽が流れ出した。期待させておいて、BGMじゃん……と思い、大きなスピーカーを見上げた人もいた。
 けど、続く声を聞いて、クラス中のみんなが、目を見開いた。

「だけど、オレ、ハルが好きだから!!」

 一瞬で、教室の中から、すべてのざわめきが消えた。次の瞬間、全員の視線が、叶太くんの元に集まった。
 BGMに乗って、次々に叶太くんの台詞が飛び出す。

「オレ、ハルのこと、本当に好きなんだ!!」

「先輩、知らないだろ。ハルがどれほど優しくて、暖かくて、可愛くて……」

「オレがハルのどこを好きか? 全部に決まってるだろ?」

「あえて言うなら? …………ムリ! 選べない!!」

「いつから? 四歳のときからずっとだよ」

「初恋は、もちろんハルに決まってるだろ」

 台詞三つめくらいから、少しずつ、クラスにざわめきが生まれ始めた。
 最初、呆然とスピーカーを見上げていた叶太くん。次に、真っ赤になって片手で頭を抱えた。それから、わたしの方を見たから、わたしは、にっこり笑ってVサインを見せる。叶太くん、何とも言えない顔をした。
 陽菜はやっぱり驚いた顔をして、大きな目を真ん丸にして……。
 梨乃と亜矢は、陽菜の顔を見て、それから遠くにいる叶太くんを見やった。

 それから、BGMがゆったりした、綺麗な曲調のピアノ曲に変わった。
 なんだっけ、って思っていると、陽菜がつぶやいた。

「……愛の夢?」

 そうして、叶太くんからのラブレターの朗読が始まった。


   ◇   ◇   ◇


 ハル。


 ハルと出会ってから、丸11年が経ち、12年目がはじまったね。

 オレがハルと出会ったのは、オレたちが4歳のとき。
 ハルんちは、ハルの入園に合わせて、牧村のじいちゃんちの裏に家を建てて、引っ越してきて、だけど、隣の家なのに、ハルと初めて会ったのは、幼稚園でだった。

 小さなハルが年中さんの部屋にいるのを見て、ピカピカの名札と制服を見て、オレ、年少さんの新入園児だと思って、うっかり、ハルの手を引いて、年少さんの部屋に送っていった。覚えてるかな?
 小さくて可愛いなってのが、最初の印象。
 それから、オレはハルと一緒に遊びたくて、いっぱい、ちょっかいかけたよね。ハルはいつもニコニコして、楽しそうだった。

 だから、オレ、5月の運動会の練習してたとき、ハルと一緒に走りたくて、ハルを誘ってしまった。
 ハルは走って、それから心臓の発作を起こして、倒れて、救急車で運ばれた。

 オレ、驚いてさ。本当に、そんなことになるとは思ってなかった。
 ハルちゃんは走れないんだって先生が言ってたけど、気にもしてなかった。ひどいよな。


   ◇   ◇   ◇


 叶太くんの声が、丁寧に言葉を綴る。
 陽菜は、今も大きなスピーカーを見上げていた。そこに、叶太くんがいるわけじゃないのに。同じ教室に叶太くんがいるのに。
 クラスの人の半数は叶太くんを見て、半数は陽菜を見ていた。
 そして、全員が耳を澄ませて、スピーカーから流れる叶太くんの声を聞いていた。
 叶太くんは呆然としつつ、視線を陽菜に移した。


   ◇   ◇   ◇


 でも、オレ、あれは運命だったと思う。
 ハルはちゃんと、戻って来たし。半年も入院したけど、ちゃんと戻って来たし。

 あの時、ハルが倒れて入院した時、オレ、本当に驚いて、泣きながら親に話して、それから毎日病院に押しかけた。
 まだ容態が落ち着かなくて、会えないのに、毎日、ハルの病室に来るオレを可哀想だと思ったのか、ハルの母さんが、特別に面会謝絶中のハルに会わせてくれた。ハルが倒れて、一週間か二週間くらい後だったかな。
 ようやく会えたハルは、まだ心電図とか、酸素マスクとか、点滴とかいっぱい付けてて、それを見て、オレ、大泣きしたんだよな。

 ハル、覚えてる? オレ、ベッドサイドまで行って、「ハルちゃん、ごめんね、ごめんね」って泣きながら謝ったよ。そしたらさ、ハル、こう言ったんだ。

「あのね、はるなが悪いんだよ」

 オレが泣いてると、ハルはオレの頭をなでてくれて。

「ママにも、パパにも、おばあちゃまにも、おじいちゃまにも、おにいちゃまにもね、はるなは走っちゃダメだよって言われてたの。はるな、知ってたのに、みんながあんまり楽しそうだったから、はるなも走れるかも知れないって思って、走っちゃったんだよ。ね? だから、はるなが悪いんだよ。カナタくん、泣かないで」

 オレさ、そう言われて、もう、泣けて泣けて仕方なくって、涙が止まらなくて、そしたら、ハル、酸素マスクはずして、オレのこと抱きしめてくれた。
 それから、ハルは、オレの背中をトントンってやりながら、「だいじょうぶだよ。怖くないよ。はるな、だいじょうぶだからね」って、言って抱きしめてくれた。ずっと、ずっと。
 ハルのお母さんが、酸素マスクをしなさいって言うまで、ずっと。

 オレ、自分が死にかけてさ、苦しい思いしてさ、まだぜんぜん、良くなってないのに、それなのに、そんな目にあわせた張本人に、そんなこと言えるってことに驚いて。なんて、心の綺麗な子なんだって思った。
 オレ、あの時、恋に落ちたんだ。ハルが、オレの初恋だよ。


   ◇   ◇   ◇


 陽菜の肩をトンと叩いて、叶太くんの方を指さした。陽菜がわたしの指が示す方を見る。二人の視線がぶつかった。陽菜の肩が震えたと思ったら、大きな目から大粒の涙があふれ出した。ポロポロとこぼれる涙を拭こうともせずに、陽菜は叶太くんを見つめていた。


   ◇   ◇   ◇


 オレが守るんだって、思った。二度と、あんな苦しい思いさせたくないって、思った。
 ごめんね、ハル。オレ、ハルが好きで好きで仕方なくて、いつもハルのこと束縛していたかも知れない。

 初恋は4歳のときだけど、オレ、何回でもハルに恋してるよ。あの時より、もっともっと、ハルが好きだよ。ハルと一緒にいるだけで幸せで、ハルの声を聞くともっと幸せで、ハルの笑顔が見れた日は、オレ、嬉しくて空だって飛べそうだ。ハルはいつもニコニコ笑ってくれて、オレ、だから、毎日本当に幸せだった。

 ハルは、こんな何の特技もない、オレみたいなヤツはイヤかも知れないけど。それでも、オレ、ハルを好きな気持ちだけは、誰にも負けないから!!

 だから、ハル、こんなオレだけど、オレに、ハルのこと、一生守らせてください! 一生、オレをハルの一番近くにいさせてください!!


広瀬叶太


   ◇   ◇   ◇


 スピーカーの中の叶太くんが自分の名前が読み上げ、少しして、BGMがフェードアウトした。
 斎藤くんが、叶太くんの肩を叩いて、若草色の封筒を手渡した。それから、何か言った。口の形からして、たぶん、「ほら、行けよ」。
 叶太くんが立ち上がる。
 他のクラスから、すごい歓声が上がっているのが聞こえてきた。でも、うちのクラスはとても静かで、誰も、一言だってしゃべったりしてなくて、叶太くんと陽菜を固唾をのんで見守っていた。

 叶太くんがゆっくりと歩いてくる。顔が真っ赤だ。かなり緊張してる。右手と右足が一緒に出てるよ。こんな時なのに、ちょっとおかしくなって思わず笑顔になる。
 叶太くんが陽菜の前に着いた。
 誰もが注目する中、陽菜は涙に濡れた顔で叶太くんを見上げた。叶太くんは、そのままスッと陽菜の前にしゃがんで、

「ハル、好きだ」

真っ赤な顔でそう言って、それから、手に持っていた若草色の封筒を陽菜に差し出した。

「ハル、オレと付き合って」

 多分、今、ここに「あれ? もう付き合ってたでしょう?」って思った人は、いない。そんなこと、きっと、みんな忘れてる。
 陽菜は両手でその封筒を受け取ると、小さな声で、

「わたしでいいの?」

 と聞いた。

「ハルがいいんだ! ハルじゃなきゃ、ダメなんだ」

 叶太くんが陽菜の手を取って、もう一度言った。

「ハル、オレと付き合ってください」

 陽菜が、

「はい」

 と、小さな声で答えた。

 その瞬間、教室が壊れるんじゃないかというくらいの大歓声が起きた。
 そうして、二人はもみくちゃにされた。特に、叶太くんが。

 スピーカーからは、明るい音楽が流れていた。音楽に乗って、放送部員の声が聞こえていたけど、もう誰も聞いていなかった。
 教室の中は祝福の嵐で、教室の外から覗いていた他のクラスの人たちは、うちのクラスに大歓声が起きた後、なだれ込んできた。
 わたしと斎藤くんは、陽菜が押しつぶされないように守りに入って、叶太くんも、当然そうしようとしたけど、

「おめでとう!!」

「やっぱり、ケンカしてたのかよ!!」

「すげー、オレ、感動したわ!!」

 とか、そんな台詞と一緒にとにかく、もみくちゃにされていて、申し訳なかったけど、わたしたちは、陽菜を叶太くんから引き離した。叶太くんからは恨みがましい視線をもらったけど、いいじゃん、これから、いくらでも一緒にいられるんだからさ。

 陽菜が泣きながらわたしたちを見上げて、震える声で言った。

「ありがとう」

 わたしは、そっと陽菜を抱きしめた。

「よかったね!」

 あんまり嬉しくて、嬉しすぎて、気がついたら、笑っていたはずのわたしの目からも涙があふれ出していた。
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