12年目の恋物語

真矢すみれ

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13年目のやさしい願い

27.他力本願3

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 月曜日。
 いつも通りに目は覚めたのに、激しい運動はしばらく禁止と言われたオレは、時間をもてあまし、

「あーあ。ハルに会えるの、夕方か~」

 とぼやいたところで、思いついてしまった。
 病院、近所なんだから、今から会いに行けば良くない!?
 と言うわけで、住宅街を通り抜ける朝の冷たい風に短い髪を乱されながら、オレはハルの元に行くため自転車をこいでいた。
 事故後、退院翌日の登校時、お袋はほんの少し、オレが自転車に乗るのを止めたそうなそぶりをした。お袋の複雑な表情が脳裏に浮かぶ。
 ……ハル以外の人も、やっぱり心配させたよな。ごめんね、と心の中で小さくつぶやいた。

「まず、おまえが、絶対に元気でいろよ?」

 裕也さんの言葉が頭に浮かぶ。
 あの事故以来、オレは、以前よりずっと周りに気をつけるようになった。



 トントン。

 小さくノックをしたけど、返事はない。まだ早い。ハルが寝ていてもおかしくはない。
 気にせず、静かにドアを引いた。

「ハル。おはよう」

 ハルは寝ているけど、部屋はもう明るい。
 眠るハルに一声かけてから、音を立てないように気をつけて、枕元にイスを移して座る。
 おでこに手を当てると、熱が引いていた。呼吸も随分と楽そうになっていて、ホッとした。

 思えば、まだ四月。たった一ヶ月で、どんだけ事件が起こってんの?
 オレは小さくため息を吐き、そっとハルの手を握った。
 ごめん、ハル。あれとか、これとか……オレのせいだよな。
 ホント、災難ってのは、思いもかけないところから降ってくる。
 まあ、一ヶ谷って虫が寄ってきたのは、ハルが可愛すぎるからだけど。

 一ヶ谷と言えば、今日こそ、絞めに行かなきゃ。
 と、物騒なことを考えていると、そっと触れていたハルの手がぴくんと動いた。

「……ん」

 少しの身じろぎの後、ハルの目がゆっくりと開いた。

「ハル。おはよう」

「……おはよう」

 まだ、しっかり目の覚めないぼーっとしたハル。
 反射的に答えてからオレの顔を見て、ふわぁっと花が開くように笑みを浮かべた。思わず、その頬に手を添えるとハルがまるで猫のように目を細めてすり寄ってくれたもんだからいけない。
 まだ起き抜けのハルの唇を、つい奪ってしまった。そのまま、目を丸くしてるハルの頭に手をやり、そっとおでこにキスをした。
 少しして、ようやくしっかり目が覚めてきたハルは、不思議そうな顔をしてオレを見た。

「……カナ」

「ん? どした?」

「学校は?」

「これから行くよ。今、七時半。ハルの顔を見ていこうと思って」

「わざわざ来てくれたの?」

「ああ。何で今まで、学校の前に寄るって思いつかなかったんだろうな?」

 と言うわけで、オレは制服着用で学生鞄も持参。
 家から病院までは五分くらいの距離。学校とは反対方向だけど寄れないことはない。なのに、今まで登校前に寄ることを思いつきもしなかった。
 オレの言葉にハルがクスリと笑った。

「カナ、忘れちゃったの?」

「え? 何を?」

「小学生の時、平日の朝、顔を見に寄ってくれて、そのまま学校に行き忘れて大騒ぎになったじゃない」

「……そうだっけ?」

「二年生の時だったかな? 十時前に看護師さんが来て、叶太くん、学校は? って聞かれて……」

「……あ」

 ハルの言葉に、一気に遠い昔の記憶が呼び起こされた。

「思い出した!! あれか~」



 あの頃、学校にはバスで通っていた。
 朝早く出れば、学校行く前にもハルに会えるって思いついたら嬉しくなって、いっぱい調べて、ある朝、早起きして家を出て、病院行きのバスに乗って……。
 で、ちゃんとハルに会えたら嬉しくなって……。
 オレ、……学校に行き忘れたんだ。

 学校から母親に連絡が行ったらしくて、大騒ぎ。
 最初、お袋とかお手伝いさんとか、まだ小学二年生ってことで、学校の先生まで駆り出されて通学路を探したけど、当然、見つからない。警察にも電話した辺りで、ようやく連絡がついた親父の言葉からハルのじいちゃんに連絡が行って、看護師さんが確認にやってきた。
 それまで、オレ、病院には一人で来たことがなかったから、動揺したお袋も、最初はここを思いつかなかったらしい。オレを見つけた看護師さんも、念のためにって言われてたらしく、オレを見て、かなり驚いた顔してた。

「とにかくここで待ってなさい」

 って言う顔がかなり緊張してたから、「ヤバイ! これは相当叱られるぞ」ってドキドキしてると、しばらくして、お袋が病室に駆け込んできた。
 目に涙を浮かべたお袋に、最初、「何やってんのっ!!」って叱りつけられて、それから力いっぱい抱きしめられた。



「あの後、病院には放課後と休みの日しか行かないって約束させられたんだよな」

「あの時は本当に、おばさまに申し訳ないことしちゃって……」

「や、ハルは悪くないって。まだ調子悪くて、曜日の感覚なんてなかっただろ」

「でも、カナ、制服だったのに……」

「そんな細かいとこ、小二のガキには分かんねーって」

 オレが笑い飛ばすように言うと、ハルもクスリと笑った。

「懐かしいね。……九年前、かな?」

「ホント、懐かしいな」

 ハルと顔を見合わせて笑いあう。
 オレたちが重ねてきた時間は、本当に長くて、十二年と一ヶ月にもなる。
 あの時も、ハルはようやく体調が回復したところだった。
 病院に飛んで来たお袋にオレがこっぴどく怒られるのを見て、ハルは、

「カナ、制服着てたのに、わたし、ぜんぜん気がつかなくて……。本当にごめんなさい」

 って、お袋に謝った。
 それに対してオレが、

「ハルは何も悪くないからっ!」

 と口を挟んだところで、お袋は「しょうがない子たちね」と苦笑い。
 結局、登校前の面会は禁止、と釘を刺されるだけでゆるしてもらえた。GPS付きのケータイも持たされたけど。もっと早くに持たせれば良かったってのは、お袋の言葉。
 バス通学ったって、本当なら自転車で通える距離。一年までは兄貴も一緒だったのもあって、親もまだいいかって思ってたらしい。



 トントン。

 ふいに、病室のドアがノックされた。

「どうぞ」

 朝食かなと思って、ハルの代わりに返事をした。けど、すぐに開けられるはずのドアは音沙汰なし。

「あれ? 空耳? ノックの音、聞こえたよな?」

「うん。……隣の部屋のだったかな?」

 そんなわけないだろ、と思いつつ、不思議そうに首を傾げるハルが可愛かったから、誰も来ないならちょうどいいやとばかりに、ハルに軽くキスをした。
 もう、と言いながらも、ハルは嬉しそうにオレに身を寄せてくれた。
 いい年して、同じミスをしたら、もう二度とゆるしてもらえないだろう。その少し後に届いた朝食をハルが食べるのを見届けると、オレは朝からハルを堪能し、満たされた気持ちで学校へと向かった。
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