12年目の恋物語

真矢すみれ

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後日談

3.三つの切り札

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 そして、日曜日。
 オレは学校にほど近い駅前の和風ファミレスのイスに座っていた。

「で? 一体何の用? 衛まもる先輩のことって何なの?」

 衛とは、篠塚先輩が片想いしていた、オレの二つ上の兄貴の名前だ。
 席に着くやいなや、さっさと話せとばかりに篠塚先輩はまくし立てた。
 本当に、何かにつけてせっかちな人だ。とは言え、今回に限っては、篠塚先輩がいい加減痺れを切らすのも仕方ないのかもしれない。
 何しろ兄貴を口実にして呼び出し、その後、メールに電話に、何度聞かれても、ひたすら詳しくは直接会って話したい……としか言っていないのだ。
 と言っても、申し訳なくも、兄貴の話はただの呼び出す口実だから、何の話かと聞かれても答えることはできないんだ。

 この後は、ひたすら先日の陽菜ちゃん襲撃事件の落とし前を付けるのだ。
 そう落とし前……。
 陽菜ちゃんの願いは、念押ししておいて欲しいというだけだった。のに、落とし前。
 随分と物騒な話だ。

 広瀬先輩曰く、「さっさとしないから、利息が付いたんだろ」とのこと。
 電話一本で済む話をこうも大きくしてしまったのは、間違いなく自分だ。つまり、自業自得。
 しかし、なんでオレが何もやっていないと分かったんだろう?
 篠塚先輩に会っていないことは分かるかもしれないけど、電話で済ませたってのはありだろ?
 ……いや、問われて、何もしていないのを早々さらけ出したのは他ならぬオレか。
 何より、篠塚先輩は悪巧みを続けていたわけだし……。

「ちょっと、いい加減にしてくれない? あんた、一ヶ谷悟のくせに、どんだけ待たせんのよ」

 不機嫌そうに早く言えと繰り返す篠塚先輩に、早くも気力が萎えそうになる。
 本当の要件を口にしたら、一体どうなるのだろう? でも、もう後には引けない。
 なぜって、少し高めのパーティションの向こうには、こちらの様子に耳を澄ませる広瀬先輩たちがいるんだ。

「別にオレは、お前たちが退学になろうが、あの女が二度と表を歩けないような目に遭おうが、かまわないんだけどな」

 淡々と、むしろ微笑すら浮かべた優しく甘いお兄さんの声に、オレの背筋はまたしても凍りついた。
 今朝の話だ。思い出しても、空恐ろしい。
 退学はともかく、二度と表を歩けないって……。

 しかし、この人がやると言うならやるのだろう。それだけのツテを持っているのだろうと、もうオレは分かっている。
 陽菜ちゃんのお兄さんに比べたら、篠塚先輩なんて可愛いもんだ……多分。
 オレは怒りのオーラを撒き散らす先輩を相手に勇気を振り絞った。

「先輩!」

「な、何よ」

 いきなり大きな声を上げたオレに、先輩が一瞬ひるんだ。

「陽菜ちゃんのことなんですがっ!」

「…………はあっ!?」

 その名前を聞いて、先輩は心底嫌そうな顔をした。

「あのですね、二度と陽菜ちゃんと広瀬先輩に近付かないで欲しいんですけどっ!!」

 先輩は、何言ってんのコイツ……という顔をした。
 考えてることダダ漏れ過ぎだ。

「今更、何!? 近付くはずないじゃない!」

「ですよね~!」

 オレの引きつった愛想笑い、篠塚先輩は気に入らないらしく、更に怒りのオーラが燃え盛る。

「てかさぁ、もしかして、今日の用事ってそれ!?」

「あ、いえ、それだけじゃないです」

「ふーん。で?」

「嫌がらせも、悪口言いふらしも禁止です」

 一瞬、気勢を削がれた篠塚先輩、顔を真っ赤にして声を荒らげる。

「あんたねぇっ!!」

 先輩、図星刺されて怒り狂うなんて、分かりやすすぎだって……。
 怒って立ち上がった先輩を見て、なんで、この人に指図されて、言うことを聞いてしまったんだろうと思った。

「先輩が塾の友だちとか学校の友だちとかに陽菜ちゃんと広瀬先輩の悪口を言い触らして、悪評を立てようとしてるの……オレ、知ってます」

 そう。二度と近付かないとは言っても、遠くから石を投げるくらいは平気でやるんだ、この人は。
 基本、オレを歯牙にもかけない篠塚先輩と会話を成り立たせるための、これが一枚目の切り札。
 篠塚先輩の所業をレポートにまとめたものを見せられ、心底驚いた。篠塚先輩の執念深さと、明らかに金がかかっていそうなプロ仕様の精緻な報告書に。
 ついでに言うと、篠塚先輩だけじゃなく、一般的に女子には平気でそうやって自分を正当化しようとする人間が多いのだと広瀬先輩から教えられて、更に驚いた。てか、女子を見る目が変わった気がする。

「あのさ、先輩」

「なによ」

「これ以上やると、先輩、多分、軽くて停学だよ」

「はぁ? あんた、何言ってんの!?」

 オレは二枚目の切り札を切る。
 これが、オレの力ではなく、すべて陽菜ちゃんのお兄さんの用意したものだというのが癪なくらい、何もかもがお膳立てされていた。

「先輩があの日、自分の学校ズル休みして、制服まで用意してうちの学校に忍び込んだこと、校長にバレてる」

「………え?」

「うちの高校の校長。下手したら、先輩、傷害罪か何かで訴えられるよ」

「な……何を言って、」

 オレの言葉の意味をようやく理解して、先輩は顔色をなくした。

「防犯カメラにも、先輩の顔、ちゃんと写ってたみたいだし」

 そう。嘘偽りなく本当のことだ。ビデオこそ見せられなかったが、写真は見せられた。
 いわば共犯のオレも冷や汗をかいた。

「この上、嘘で塗り固めた悪口なんて言いふらしたら、名誉毀損まで付いてくるよ」

 先輩はしばらくの間、しおらしくオレの話を聞いていた。
 けど、徐々に顔に血色が戻ってきたと思うと、おもむろにバンと机を叩き、オレを睨みつけた。

「あんたねえ!! いい加減にしなさいよ!? 一ヶ谷悟のくせに偉そうにっ!」

 先輩の方がずっと偉そうだと思うけど……なんて、オレは割と冷静に聞いていた。
 大体、なんでオレ、ここまでコケにされなきゃけないの?
 過去、確かに学校の先輩だった。同じ部活で世話になった。
 けど、別々の高校に入って、自分がこの人の後輩じゃなくなって久しい。

 オレが慌てもせず、言うことも聞かないからか、先輩は悔しそうにギリギリと歯を噛み締めた。
 それから数秒、何を思いついたのか、不意にくすりと笑い、口角を上げてオレを睨みつけて来た。
 それから、ふふんと鼻を鳴らし、こう言った。

「あんたに脅されてやったって言うから」

 そんな言い訳が、本当に通るとでも思っているのだろうか? 勝ち誇ったように言い放つ先輩が、何だか哀れに見えてきた。

 とその時、ガタンとパーテションの向こうで、大きな音がした。
 小声で何か話しているらしいが、内容は聞き取れない。
 ガタイの良い長身の人影が立ち上がったのが見えた。

 そうして、三枚目の切り札が自分からやって来た。
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