12年目の恋物語

真矢すみれ

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15年目のはじまりの前に

進路希望1

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「えっ!? ハル、なんで!?」

 それは、付属大学の学部を選ぶ最終希望を出す直前のこと。
 オレはハルの書いた希望シートを手に取って、マジマジと見つめた。
 第一希望 経営学部経営学科。
 見間違いじゃない。
 しかも、既にボールペンで記入されている。ちなみに、オレの方はハルのを写す予定だったから白紙のままだ。

「……なにか、変だった?」

 ハルは不安げにオレの手元にある、自分が書いた希望シートを覗き込む。



 第一希望 経営学部経営学科

 第二希望 経営学部グローバル経営学科

 第三希望 心理学部社会心理学科

 第四希望 心理学部コミュニケーション学科

 第五希望 法学部法律学科



「あ、いや……えーっと」

 変かどうかと聞かれたら、何も変ではない。どれも、実際に杜蔵学園大学にあるものばかりだ。
 敢えて言うなら、ハルの成績なら、どこを希望しても通るはずだから、第二希望以下は書く意味ないよねってくらいで。
 ハルは言いよどんだままに止まったオレの言葉を待つ。何と言うべきなのか悩んだ挙げ句、オレはハルの目をじっと見つめて、静かに言葉を紡いだ。

「ハルが行きたい学部で、いいんだよ?」

 ハルが選んだのは経営学部。
 そこは、親父や、多分お義父さんがオレを入れたがっていたであろう学部なんだ。
 親父にもお義父さんにも、絶対に口を出すなとくぎを刺しておいたけど、こっそりハルに話をしていないという保証はない。

 オレの視線を受けて、ハルは困ったように小首を傾げた。

「えっと、……わたしが行きたくて選んだんだよ?」

 その表情に嘘がないのを感じつつも、「わたしが行きたい」の意味が「周りの意をくんで、自分で行こうと決めた」ではないか、そこのところをハルに確認するべきかどうか頭を悩ませていると、同じように何を言おうか考えていたらしいハルが口を開いた。

「あのね……、大学って、その先、自分が何をして生きていくのか、どんな仕事で生計を立てるのかを考えて、選ぶもの、だよね?」

 そう言って、ハルは不安げにオレの目を見た。

「ん、そう、かな?」

 本来、そうあるべきだと思う。だけど、そうやって将来を考えた上で大学や学部を選ぶ人は少なくて、偏差値で大学を選んでいる人も多いと聞く。
 うちの高校は大学付属で、多くはそのまま杜蔵学園大学へ進学する。だけど、成績順で学部を選ぶため、誰もが希望の学部に行ける訳ではない。だから、取りあえず入れるところに進学するってヤツも結構いる。

「だからね、本当なら、わたしは情報系を選んだ方がいいのかな、って思ったんだよ?」

 ハルは困ったように眉尻を下げた。

「え!? ハル、情報学部を考えてたの?」

 オレは思わず大きな声を上げてしまった。
 ハルは電子機器が苦手だ。操作がダメなのではなく、ブルーライトや電子音だとかの物理的な刺激が辛いらしい。普段は好きじゃない程度なのが、体調が悪いとメールの確認もしんどいと言う。
 そんなハルが情報学部を考えていたと聞いたら、そりゃ驚くだろう。

「ううん。違うよ。……ただ、本当なら、お家で仕事できそうだし、そういうお勉強をするのがいいんだろうなって思っただけ」

「あー。だよねー?」

 思わず、ふぅーっと息を吐く。
 電子機器の問題がなければ、システム設計とかプログラミングとかそう言うの、きっと頭が良いハルには得意分野だろうなとも思うのだけど。
 でも、勉強してるだけで、体調の悪化を誘いそうなものはダメだよな。

「それでね、理系の学部は実験とかで週末もつぶれるとか、夜中まで張り付かなきゃとか聞いて、絶対無理だなって」

「あー、あれはホント、大変そうだったよね」

 細かなことは知らないけど、進路について考える会とやらいう企画で、何度か大学の先輩たちが自分たちが何を学んでいるのかを話しに来てくれた。そこで、そんな事を聞いたのを思い出す。
 と言うか、ハルはどの学部だって問題なく通るだろうけど、工学部とか理学部を選ばれたら、オレは希望が通らない可能性がある。正直、ハルが理系を選ばないでいてくれてありがたかった。
 言い訳すると、オレの成績が激しく劣っているというより、推薦時、理系学部は理系の成績が200%で計算されるのが問題なんだ。つまり、オレは文系の方が得意だったりする。だから、同じく人気学部でも経営学部なら大丈夫……なはず。

「教育学部とかね、勉強する内容はとても面白そうで、学んでみたいなと思うのだけど、先生にはなれないし……」

 何故なれないのか、ハルは言わない。だけど、体力的に絶対無理だと言うのは、言葉にしなくても分かる。教師を目指さないのに、教育学部に籍を置くと言うのもつらいだろう。

「うーん。ハル、教えるの上手だから、本当なら先生も悪くないだろうけど、結構過酷な仕事らしいもんな」

 って、部活の顧問で土日もないとか最近よくニュースになってるよね? 周りに先生やってる知り合いがいないから、本当のところよく分からないけど。自分たちの学校の先生はそんなに忙しそうには見えないけど、きっと影では忙しくしているんだよな?

「だよね。……でね、色々考えて、心理学部と経営学部で悩んだんだけど」

 ハルはそこで少し言葉を区切る。
 オレから視線を外し、ハルの視線が宙をさまよった。

「……あのね」

 随分と長い間の後、ハルはオレを見ないままに話し出した。

「わたしね、本当は……大学を出たとしても、自分が働けるとは思っていないの」

 ハルは淡々と言った。
 オレは何も言えなかった。ハルくらい身体が悪かったら、普通に考えて、仕事は無理だろう。
 いや、世の中には、それでも生きるために働く人がいるのかも知れない。一人でできる仕事だったり、職場の理解を得てだったり、頑張って働いているのかも知れない。
 だけど、オレもオレたちの家族も誰一人、ハルを働かせようなんて思っていない。ハルもそれは理解している。

 ハルは何かを言おうとして、何度か言葉を飲み込んだ後、少し困ったような表情をしてオレに視線を戻した。
 オレは、ハルの頭をそっとなでる。話したければ何でも聞くし、言いたくなければ言わなくてもいい。
 将来のために何を大学で学ぶかを真面目に考えたハル。だけど、その先に就職はないと分かっているハル。そこにはもしかしたら、オレには思い及ばないくらいの虚しさがあるのだろうか?
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