森の、どーぶつさんたち。

らん

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最終話

「やります! 大掃除!!」後編

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「じゃ、まず、このテーブルから」
 
 女おおかみ、みたび目を丸くしました。
「なんでこんな所にテーブルがあるのよ」

「知らねえよ」
 
 ぶっきらぼうな口調で男オオカミは言いました。
 なぜぶっきらぼうな口調になったかと言うと、なぞのテーブルの位置の理由が、男オオカミには、ほぼ察しがついていたからです。
 
 なにせ、かんしゃく持ちのお父さんウサギさんのこと。
 
 おそらく、荷物を運び入れる際にも、相当揉めたに違いありません。
 この厄介なテーブル位置は、荷物を運び込んだヒトビトの、ささやかな仕返しではないでしょうか。

「とにかく、運ぶぞ」

 男オオカミは台所側に。ぶつぶつ呟きつつも、女おおかみは反対側に回り込みます。――と。

「キッ、キッ!」
 
 女おおかみの足元で、男の子ウサギが言いました。
 
 ――待ちな、お嬢さん。レディがそんな重いもの、持つものじゃないぜ。
 
 クールですけど、ハードボイルを気取るにゃ、ちょっと声がかわいすぎるかな。 あとですね。

「危ないから、ちょっと下がっててね」

「……キッ」
 テーブル運ぶにゃ、圧倒的に身長が足りてませんよ。
 
 男の子ウサギは、しぶしぶテーブルから離れました。
 女の子うさぎ、『ふっ』勝ち誇った笑み。

「キッ!」
「きっ!」
 
 二人の間に、激しい火花が散りました。その火花を消したのは。

「おーい、二人ともー」
 
 そう、それは、女の子うさぎの運命のヒト!

「きー」
 ――はーい。
 待っててね、運命のヒト。女の子うさぎがいま、いま。
 
 愛に生きます!
 
 違った。
 
 会いに行きます。
 
 いや、これも違うな。だって、二人の距離は五メートルもないし。
 けどまあ、時間は一日千秋。距離は一歩千里とも言いますからねえ。(え? 言いません?)
 まあ、とにかく、恋する女のコにとって、愛する男のコまでの距離はそれくらい遠いということですよ。というわけで女の子うさぎは、ぴょんぴょん跳ねながら、喜び勇んで男おおかみに駆け寄ります。

「き」
 ――来たわよ、あなた。
 
 女の子うさぎ、もはや気分は新妻。
 男オオカミも、さすがに何やら感じ取ったよう。
 ひきつった笑顔で頼みます。

「二人とも、動かしたテーブルと椅子を綺麗に拭いてくれないか?」

「はい。ララ、ルル」
 女おおかみが、二人に真っ白な雑巾を渡します。
「そこにある小さなバケツの水を使うんだ。いいな? ルル」
 こくんと男の子ウサギはうなずきました。
 さて、恋する兎たちの話からは、しばらく離れることにいたしましょう。
 ここからは、オトナのお話です。

「……さて」

 男オオカミは台所への扉を、決意を込めた目で見つめます。

「行くぞ」
 
 男オオカミの声に、女おおかみはごくりと唾を飲みます。
 禁断の扉が、いま、まさに。
 
 開いたー!

「うっ!」
 
 直後、鼻をつく異臭。
 二人は、鼻先を抑えて思わず扉から離れました。
 
 涙を浮かべ、おそるおそる振り向きます。
 扉の向こうにはキッチン。
 うーん。普通のキッチンですねえ。
 じゃあ、この異臭は?
 二人はおそるおそる奥へと進みました。

「へんねえ」
 
 鼻をつまんだ変な声で、女おおかみは言いました。
 奥に行くにつれて匂いは強くなってくるのですが、痛んだ食べ物はどこにも見当たりません。

「お肉とか、缶詰とか、色んなものがあると思うんだけど」
 
 最初の棚をおそるおそる開いた女おおかみ。が、中は食器とか調理道具とか。

「あっ、このお鍋」

「何だよ?」
 嬉しそうに女おおかみは言いました。
「ちょうどこれくらいの鍋が欲しかったのよ。ちょうだい」
「……」
「あっ、このマグカップ、かわいー」
 
 ――もしもし、かわいい妹や。お片づけをしておくれでないかい?
 
 女おおかみ、やっと、お兄さまの視線の意味に気づいてくれたようです。

「あっ、ごめん、ごめん」
 
 やっとやるべきことを思い出した女おおかみ、謝りながら振り向いて、「あっ」。男オオカミの後ろを指さしました。

「そこ」
 
 男オオカミ、後ろをゆっくり振り向きます。
 そこには、謎の扉が。

「……」
 
 ゲームならこの向こうは時空の扉で、入った二人はそれに吸い込まれて、過去の世界へ飛んで、数々の困難を潜り抜け、やがて愛を深めて結婚し、やがて子どもが生まれ、その子にも子が生まれ、愛し合う二人は死という避けられない出来事に引き裂かれ、そしてまた生まれ、また出会う。

『この出会いは、きっと前世からの約束なんだ』
 
 少年少女のころから下手すりゃ数百年かかるような壮大な物語を、たった四行で!
 いやあ、実に薄っぺらい! 
 
 しかしですね、一見薄っぺらに見える人生は、0.0001ミリにも満たないような薄い日常を一枚一枚、丁寧に重ねていくことでしか成り立たないんですよ。そして重ってしまえば薄かったなあと感じる出来事だって。

「……」
 
 直面すれば、百センチのコンクリートの壁みたいに思えるもんです。

「……ねえ」
 
 沈黙に耐えかねて、女おおかみは言いました。

「開けてよ」
 
 こういう時、オトコは辛い。
 そして、オンナは強い。

「オトコでしょ」
 
 ひどいっ。ひどいわっ! ワタシだって、そんなに強いワケじゃないのよっ。
 
 口が裂けても言えないことを、心の中でだけ叫び、心の中でだけ、ひっそりと涙を流し、男オオカミは、意を決して扉を開けました。
 
 もあ~っ。
 
 酸っぱいような臭さが二人の鼻を襲います。
 ふっと気が遠くなり、やがて我に返った二人。

「……ねえ」
 
 女おおかみは真っ青な顔で言いました。

「悪いことは言わない。全部捨てたほうがいいわよ」
 
 妹の言葉の中にある同情と優しさが、やたら身にしみます。
 ――しかし。
『言われなくても、そうする』
 もはやそう言い返す気力さえ、いまの男オオカミにはありません。
 その真っ白に燃え尽きた顔は、女おおかみに、こう言っているようでした。
 
 ――妹よ。後は頼んだ(ぐふっ)
 
 女おおかみは言いました。

「……手袋、取ってくるわ」
 
 やがて、手袋と何枚かのぼろぼろの麻の袋を持って来た女おおかみは、ごくりと唾を飲んで非情な戦いへと身を投じました。
 手の中で『ぬちゃあ』と腐り落ちる敵に挑むたび、女おおかみの口から「ひぃっ」、とか「やだあ」という、情けない声が上がります。
 
 がんばれ、がんばるんだ! 女おおかみ!
 扉の入り口で、君の帰りを待つヒトがいる!
 そのヒトにまた会うその日まで!
 
 さようなら、女おおかみ! ありがとう、男オオカミ!
 
 ――とまあ、こんな具合で戦い終わって日が暮れて。
 や、すみません、まだ日は全然暮れてません。
 時間にするとほんの三十分ほどの、大した労力でもないのに、げっそり疲れる展開の後、男オオカミと女おおかみは、ようやく一通りの掃除を終えて、キッチンから出てきました。

「……あんたさあ、今の今まで、よく生きてこれたわね」
「……いつも、釣った魚をその場で焼いて食ったりとか、適当にすましててさ」
「にしてもさ、一度もキッチン使わなかったの?」
「だって、おれの大きさじゃテーブルの下くぐれないし。ルルにオーブンを使わせるのはさ。ウサギの親父さんはどうしてたんだろ……」
 女おおかみは当然のように答えました。

「そりゃ、ウサギの姿で下をくぐって、調理したら扉の向こうから料理を置いてたんでしょ」

「……へ?」
 男おおかみ、目をパチクリ。
「ルルくんの身長じゃ届かないと思うけど、お父さんなら、ちょうど腰くらいの位置じゃない? あのテーブルの高さ」
 
 ――なるほど。
 
 自分がくぐれないから気づいてませんでしたが、確かに女おおかみの言うことは理に適っています。
「ま、よかったじゃない。あんなところに置いてある食材使って料理してたら、お腹壊すどころじゃなかったかもよ」
 
 男オオカミ、今さらながら背中に冷たいものが伝うのを感じました。
 
 男の子ウサギが、男オオカミに出したあの料理。あれは作り置きと、火を絶やさないように薪をくべつづけたオーブンを、見よう見まねで使ってみた料理だと後で知りました。
 
 一歩まちがえば、大事故です。
 
 やっぱりキッチンを使わないようにしてよかったと、男オオカミは改めて思いました。
 青ざめた男オオカミの心を知ってか知らずか、女おおかみはため息まじりに言います。

「ま、今日はここまでね。明日か明後日に、うちの貯蔵食料を分けてあげる」
「……」
 
 おや? どうしたんでしょう? 男オオカミ。

「ララ、テーブル拭けた?」

「きっ!」
 ――じゃーん!
 女の子うさぎと男の子ウサギ、胸張って、『どーだ!』のポーズ。
 
 女おおかみ、目を大きく見開きます。

「まあ、すごいじゃない!」
 
 テーブルと椅子はすっかり綺麗になって、ぴかぴかに輝いています。

「よくがんばったわねえ」
 女おおかみ、女の子うさぎと、男の子ウサギの頭を順番になでなで。
 
 女の子うさぎは、えへへと笑い、男の子ウサギは、女おおかみの手の感触に、うっとりと目を細めました。
「雑巾も綺麗に洗った?」
 二人は仲良く『うん』、とうなずきます。で、その直後。

「キッ!」
「きっ!」
 
 互いににらみ合いました。
 
 ――ぼくの方が、がんばった!
 ――わたしの方が、がんばったわ!
 ……はいはい。二人とも、よくがんばりました。

「ララ、遅くなってきたし、そろそろ帰りましょう」
「――きっ?」
 女の子うさぎはちょっと驚いて、そして、その後がっかりしました。

「……きー」
 
 ――もうちょっと、ララの王子さまと一緒にいたいわ。
 一方、男の子ウサギもちょっとがっかりしました。

「キー……」
 ――もうちょっと一緒にいたいよ、まいはにー。
 
 ……ぷっ。す、すみません。女の子うさぎはちょっとしっとりだったんですが、男の子ウサギの『まいはにー』が。とことん、平仮名なんですねえ。
 
 ああ、もう、ほんとになんて愛しいおませさんたち!
 
 しかし、それはそれ。これはこれ。
 女おおかみと女の子うさぎのお家はここではありません。
 遅くなる前に、やっぱり帰らなくては。

「行きましょうか、ララ」
 
 そう言って女おおかみが女の子うさぎの手を取ろうとしたその時、あのヒトが、ついに口を開きました。

「待てよ」
 
 おおっと! 男オオカミ、ここでキムタク風『待てよ』来たーっ。キムタクと言えば、このセリフ。普通の男性が言っても、なかなか様になると思います。男性諸君、タイミングを見計らって言ってみては? ただ、空気を読んでやらないと、恥ずかしいだけで終わってしまいますので、お気をつけて。
 
 にしても、今のはタイミングばっちりでしたよ! 男オオカミ!
 
 女おおかみが、ばっちり足を止めました。

「……なに?」
 BGMは例のやつ(作詞作曲Y・T氏)でどうぞ。
 
 おお! 最終話にしてついに、正統派キュンキュン! らぶストーリーが!

「……せっかくだから、久々にお前のメシが食いたい」
「……」
「そ、その食材はたくさんはないけど、でっかい魚があるし、キッチンはまだ使えないけど、庭で火を起こせばいいし、もちろん、火起こしはおれがやるからさ!」
 
 男オオカミ、一生懸命になりすぎですよ。

「か、帰るのが面倒なら、泊まっていけば……」
 
 んもう、このせっかちさんめ。
 
 ……ところで、さっきは、らぶストーリなんて書きましたけど、よく考えりゃ、この二人、血が繋がってないとはいえ、兄妹なんですよね。
 女おおかみ、ふーっとため息をつきました。で、言いました。

「ララ」

「きっ?」

「せっかく、こう言ってくれてるし、お泊りする?」

「きーっ?」
 女の子うさぎは、嬉しさのあまり、ぴょんと飛び上がりました!
「じゃ、さっそく」
 女おおかみは腕まくりして、さっそくお料理に取りかかることにしました。
 玉ねぎ、にんじん、それにお魚。あっ、エビもいました。
 こうしてみると、ちょっとお野菜が少ないようですね。
 女オオカミは即座に、お料理をお魚と野菜のスープに決めました。
 大きめに切った玉ねぎ、にんじん、お水を鍋に入れ、沸騰したら塩と胡椒で味付け。火から遠い方、つまり高い枝にお鍋をひっかけ、お野菜の甘みが染み出すまで、じっくりコトコト、二時間。最後に魚とエビを入れ、もう一度スープを沸騰させれば出来上がり。

「できたわよー!」
 
 間もなく、お庭で元気な声がしました。
「いただきまーす!」
 男の子ウサギと女の子うさぎが、同時にぱくり。
「キッ!」
「きっ!」
 ――おいしい!
 おやおや。ずっと、いがみあっていた二人。初めて意見が合いましたね。
 だからと言って、

「キッ!」
「きっ!」
 
 ……目が合えば、やっぱり仲悪い二人ですが。

「……どう?」
 
 女おおかみ、うかがうような目で男オオカミに言いました。
「……」
 女おおかみ、不安げな顔で、男オオカミをじっと見つめます。やがて、彼は言いました。
「……うまいよ」
「本当? よかった!」
 女おおかみが満面の笑顔を浮かべます。
 男オオカミの目に、じわりと涙が浮かびました。それを悟られないよう、男オオカミ、急いで目を伏せます。
 
 ――やさしい味。
 
 おいしさもさることながら、このスープには、妹の優しさが満ち溢れていたのです。
「――なあ」
「なに?」
 男オオカミは、相変わらず目を伏せたまま、女おおかみに言いました。
「ノエル、一緒に迎えようぜ。プレゼントをみんなで持ち寄ってさ」
 
 ささやかでいいから。
 
 後の言葉を、男オオカミは心の中でだけ、呟きました。
 どうやら、このお話はラブストーリーではなくて、心温まる家族のお話だったようです。
 女おおかみは、屈託なく、女の子うさぎに声をかけます。
「あら、いいわね! ララ、そうする?」
「きっ!」
 女の子うさぎは、元気に『する!』と答えました。
 
 
 ――暖かなノエルは、もう、すぐです。
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