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傭兵の条件

試験?

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 目隠しされたままエリナは、飛行機が飛び上がるのを感じた。
 快調に回り出力を上げた2つのエンジン音は、自分の操縦していたものよりもはるかに強力で全身を腹の底から震わせる。
 アルは飛び上がるのにいろいろと手順をかけていたようだ。
 この街『ヨークタウン』が頻繁に飛行機が行き来するために、事故等が起きないよう管理されている、とか……。
 ヘッドフォンに彼の独り言のような手順の話が、流れてきたが目隠しされたままの彼女には、理解できないでいた。
 そして、飛び上がってかれこれ30分ぐらいしたところで、目隠しを取るように言われる。
「うぁー」
 一瞬、明るさに目がくらみ声をあげてしまった。だが、慣れていくと視界が開けてきた。
 青一色の世界。
 空の青。
 海の深い青。
 水平線らしい方角を見回しても、どこから海か空なのかわからないぐらいだ。
 空の遠くを見れば……綿菓子のような雲が漂い、目を凝らしてみれば遥か向こうにホワイト・エリオン族の魔術文明の遺産というべき『浮遊島』が望めた。
 星が落ちて大洪水で失った大地の足しにと、埋もれた島を引き上げて人工的に造ったもの。
 大きさは個人所有の小島から、最大のものは小国1個ほどまで。浮遊島を浮かすために使われているのは、魔術を利用した重力発生装置だ。魔術技術がまともに使われている数少ない部分である。だが、その土地はあっという間に枯れてしまった。その当時は解らなかったことだが、地下水や地中内の微生物の関係やらで、食料も水も取れない不毛の地となってしまったとか。
 挙げ句に魔法技術の不安定さに、地上に落ちてしまう。
 今残っているのは、その時の負の遺産にほかならない。
「景色に浸っているところ悪いが、北がどっちかわかるか?」
「えっ? 試験ですか?」
「そんなところだ。傭兵の条件として方向感覚は大切だからな」
「……左ですか?」
「おい、時計方向クロツクポジシヨンで言え。機首の方角が0時で……」
「では、4時です」
 エリナはそうはっきりと答えた。
 アルは……答えなかった。
 エンジンの出力を上げはじめ、操縦桿を引いた。
 機体はグルリと一回転。遠心力で体がシートに押し込まれる。
 それからも数回、宙返りを繰り返した。体内の血液が足へと集まり、頭の中は逆に血の気が引いて気を失いそうだ。
「ついてきているか?」
「はッ、はい!」
 気を失いかけたが、エリナは何とかついてこられた。
 先ほどの答えは正解だったのだろうか?
「そうか……」
 答えないまま、アルはあっさりと言うだけ。
 また「北はどっちだ?」と聞いてくる。エリナがまた答える。
 そうすると今度は、機首をとし逆宙返り。
 今度は逆に体が浮き上がり、シートベルトが肩に食い込んでくる。血液が頭に集まり始める。目の前が赤くなり、顔が膨れ、風邪を引いたかのように熱くなってくる。
「ついてきているか?」
「はッ、はい!」
 まだ視界が赤っぽく、頭がボーッとしているが、これも何とか耐えきった。
 そしてまた「北はどっちだ?」と聞いてくる。
 エリナがまた答える。
「耐えているようだな」
「なんとか……わッ!」
 答える間もなく、今度は機体を右へ左へと振り回す。
 体はシートベルトに固定されているが、頭はそうはいかない。
 首が振り回されないように、必死に力を込めて踏ん張った。
 アルはさらに機体を揺さぶる。
 ついには螺旋を描くように宙返りしながら、突き進み始めた。
 加えて宙返り、そのまた逆回りなどなど……もう、どちらが北か、どちらが南か、はたまたどちらが上か下かも分からなくなるぐらいだ。
「どッ、どうだ……ついてきているか?」
 ようやく、機体が水平に戻った。
 アルのほうも、これだけ自分で機体を振り回すとさすがにきついのか、息が上がっているように見える。
「はッ、はい!」
 それでもエリナは気絶することはなかった。
 普通の少女だったら最初の宙返りで音をあげていただろうが、彼女はついてきていた。
「なるほど。これだけ戦闘機動をしても付いてきているのなら、素質はあるかもしれない」
「これが試験だったんですか?」
「これぐらいで音をあげているようだったら、ほかの連中とやり合えん。
 方向のことはどうして分かった?」
「それは……」
 と、空を見上げた。答えていいかどうか悩んだ。
 実は……ズルをしていたのだ。
 先ほどアルはパネルの電源を切ったが、その中にすぐに理解できた計器が一つだけあった。
 時計だ。
 燃料残量やエンジンの回転数などよく解らない。だが、時計なら判る。
 時刻が分かれば、今度は母親の出番。
 形見の大きな時計は時刻を示さないが、文字盤の全体がくるりと回る仕組みになっている。
 そして、時計の針を現在時刻に動かす。短針を太陽のほうへと向ける。
 文字盤の12時と短針の間が南だ。
 南が分かれば反対側は北というわけだ。
「……何となくです」
「そうか……。
 おまえの母親も変な感覚を、持っていたからな。方向感覚もよかったし――。
 そうそう……風が見えるとか言っていたな。それに――」
 どうやらバレていないのか、アルは感心しているようだ。
 どちらかというと、彼女はズルをしている以上、方向感覚には自信がないのだが、黙っていることにした。
 彼の話はまだ続いていた。それをエリナは相づちを打つ。打ちながら、外を眺めている。
 相変わらず、青い世界。
 どこからが海で、どこからが空なのか分からない。上空のギラつく太陽。
「あっ!」
 上空では空気が薄い所為か、太陽がまぶしく感じる。しかし……何か一瞬、その中で光ったような気がした。
「どうした?」
「いえ、思い違いかな?」
 もう一度、太陽を見た。だが、相変わらずギラギラと輝いているだけに見える。
「何かあったら言えよ。ホーネットになるということは、ドラグーン以外に敵を――」
 その途端、太陽のほうから光が降り注いだ。
 太陽の光ではない。
 赤色の細長い光が、彼女の目の前。金属音を上げ、機体中央を貫いていく。
(撃たれたッ!?)
 機銃掃射を受けたことは分かった。だが、どこから……と、もう一度太陽を見返した。
 その光の中から影が一つ現れる。再び、光の粒が降り注いだ。
「危ないッ!」
 エリナの声に合わせて、アルがとっさに機体を翻るが、降り注ぐ光の粒に突っ込む形になってしまった。
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