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奇妙な助っ人

桟橋屋タイプ・ゼロ再び その3

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 ジリリリリン。
 ベルが鳴った。電話のベルだ。
 エリナが受話器を取り、簡単な挨拶をする。
「そうです。はい……そうです。はい……そうです。いいえ……そうです。はい……」
 最初は笑っていたが、深刻そうな顔に変わっていく。
「そうです。はい……そうです。はい……」
 彼女の目が泳いでいる。
 なぜかその目線はリジーに止まった。
 そして、上から下までじっと見つめて、靴で目線が止まった。リジーは何で自分を見たのか、理解できないでいると、また風が目の前を通り過ぎていった。と、突然、エリナの目の前に女性が立っていた。
 いつの間に現れたのだろう?
 突然のことで一瞬、理解できなかったが、後ろからでも判る尖った耳と透き通るような白い肌。ホワイト・エリオン族の女性と分かると、魔法でも使ったのか、と判った。
「貸して……」
 その女性は静かに言った。
「はい…………………………」
 それから黙ったまま受話器を握っている。
 一応、相手の話を聞いているのか、時たまうなずいている。電話口だから相手には判らないだろう。そして、店の中をあっちこっち見回し始めた。
 こちらもなぜかリジーに止まった。また上から下までじっと見つめて、靴で目線が止まる。
「……では、明日迎えに行きます」
 と、電話を切った。
「何かあったのかね?」
 レジスターの問いに、その女性は舌打ちする。
「最低……」
 そして、ただボソッとつぶやいただけだ。それ以上言葉を発さない。
 いつものことだと諦めているのか、レジスターはエリナを見る。
「実は警察から電話で……アルさんが、警察に捕まったそうです」
 エリナが応え始める。
「アル君がか? 一体どうして?」
「なんでも、カジノで暴れたとかなんとか……あれ? 犯人を捕まえた、だったかな?」
 こちらも負けず劣らず要領を得ていない。
「とにかく、アル君は使えないんだな」
 エリナとあの女性がうなずいた。
「今日の仕事は、彼じゃないと務まらないからな……」
「どんな仕事なんですか?」
「エリナ君には難しいことだよ」
 そう言われたが、彼女はますます興味がわいたようで、食いついてきた。
 それを察してレジスターは説明を続ける。
「輸送作業だ」
「輸送なら、わたしでもできます」
 そうエレナは強く言ったが、隣にいた女性がボソッと呟いた。
「無理よ。ケイトが使えない」
「あッ」
 と、エリナが桟橋へ続くドアを見る。
 誰かまだ別の人間がいるのだろうか?
「そういえば、ケイトさんの姿が見えないが……」
「今日は……ワッフルのおじさんが来てから、なんだかおかしくて」
 レジスターの言葉に、エリナがテーブルの上のモノを指した。
 そこに目を向けると、お菓子の箱が置いてあった。
 リジーの記憶では、駅前のカフェで売っていた『ワッフル』とかいう格子状のお菓子だ。
 甘い匂いでおいしそうだなぁ~、と見ていたのを思い出した。
 その箱に名刺が載せてある。名前は、
『陸軍ドラクーン対策室 陸軍少佐キエフ=フランカー=ナイト』
 と……。
 ドラクーン対策室といえば、コンスティテューション連邦の首都コンステレーションにある陸軍総本部の部署のはず。新聞にそう書いてあったのを思い出した。
(ここには海軍の人間に、陸軍の人間も出入りしているの?)
 陸軍の本部と言うことは、エリートになだろう。
 たまたま入った桟橋屋であったが、そんな人たちが訪ねてくるなんて、好奇心が黙っていられなくなった。
「それ以来、お酒を持って桟橋に行ったきりなんですよ」
 エリナは心配そうに桟橋を見つめた。
「グラウ・エルル族が昼間から、飲酒とは感心しないね」
 確かに、汚い言葉だが『クソ』が付くほど厳格主義の種族が、昼間から酒をあおるなんておかしな話だ。
 彼らの宗教観からすれば、神様である太陽神が出ている真っ昼間に飲酒なんて、葬式と日食の時ぐらいのはずだ。
「そのケイトさんって方がいないと、どうして飛べないのです?」
 リジーはつい口を出してしまった。とっとと帰ればよかったのに……
「普通の飛行機乗りでしたら、行って帰ってくるだけでしょ? 簡単じゃありません?」
 彼女の言葉が不味かったのか、みんな「触れないように」と黙り込んでしまった。
 あの女性を除いて……
「この子、地図が読めないのよ」
 先ほどまで明るい笑顔だったエリナが、しおれてしまった。
 どういうことなのだろうか?
 ホーネット、ひいては飛行機乗りには地図を読むことは必須だ。それができないというのは、自分がどこを飛んでいるかも判らないと言うことだ。現在地が判らないようでは、空の上で迷子になってしまう。燃料切れで墜落……それはつまり死に直結する大事なことだ。
 すぐに探してくれるほど、世の中、優しくない。よっぽど荷物が大事でない限りは……。
「それに今回の輸送は、ある場所に荷物を落としてもらいたい。正確にね」
 と、レジスターが彼女ではダメな理由を続ける。
「ポストマンですか?」
 リジーの言葉に全員の注目が集まった。
郵便配達人ポストマンがどうしたんですか?
 わたし、あまりこの地方の言葉には不慣れでして……」
「ポストマンは競技ゲームよ。飛行機を使う」
 リジーはエリナにわかりやすいように説明を務めた。
その競技は『ボム』と呼ばれる落下物を、どれだけ地面に書いた的の中央に落とすか、というモノ。
 元々は軍隊が上空から爆弾を落とすモノだった。
 正確な爆撃の訓練……というより暇つぶしに、模擬爆弾で目標にいかに当てるかというゲームをしていた。
 そこからヒントを得て、的の中心からどれほど近くに落とすか――近い順にポイントが入る――競う競技になった。だが、さすがに爆撃訓練の名前では競技にはふさわしくない。ちょうど同じことをしていた郵便配達人から、競技名は『ポストマン』となった。
 郵便物も運ぶのにも飛行機を使っていたのだが、山間部などの着水できないような場所は、空中から目標に――空き地など――向かって落としていたからだ。
 この競技は、飛行機乗りの早期育成のためにという名目で、高校の部活に国でも奨励されているのだが、まさか女子も参加するとは、考えていなかった。
 しかし、「やりたい」と言うモノは拒まなかったし、ちょうど技術が追いついてきていた。
 サーボモータや油圧装置の小型化がそれだ。
 これのおかげで、非力な女子でも飛行機が簡単に扱えるようになる。
 リジーがいた高校はその草分け的な女子校。
 彼女の母親は、それをやっていることは知っていたが、まさか自分の娘が参加するとは思ってもみていなかったようで、入部したと聞いたときの驚き様はなかった。
 そして彼女は、そこで飛行機のことを習ったのだ。
 さすがに――体が小さくて――操縦はできなかったが、サポート役で参加していたのだが……。
「じゃあ、航法とかもできるんでね」
 レジスターの言葉に、リジーはついうなずいてしまった。
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