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奇妙な助っ人
ポストマン・ゲーム その2
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下の方では、荷物の受け取りのためか、作業が始まっていた。作業と言っても、枯れ草の中から隠れていた数名がゾロゾロ現れる。
何でそんな人たちが、こんな乾燥した大地のど真ん中にいるのか?
疑問があがったが、どうせエリナはよく分かっていないのだろう。ただ、いつもの仕事と思っているに違いない。
そして、一人が広い空き地の真ん中に、空き缶のようなものを置いた。そこに火を付ける。と、化学薬品なのか、昼間でも判るような明るいオレンジ色の火が上がり始めた。
ここが、荷物を落とす的の中心のようだ。
「エリナ。あの火が見える?」
「オレンジ色の火ね」
「そこを中心に八の字を描いてくれない。できるだけゆっくりとッ!」
ゆっくりと、の部分は強調させて伝えた。またあんな急制動なんて、たまったもんでは無い。
「了解……」
そして、今度はゆっくりと機体を回すようにしてくれた。
(タイミングが勝負ね)
機体のスピードは、競技用と比べて速い。恐らくそれに合わせてしまうと、失速してしまうかもしれない。
(風はどうなんだろう)
的の火は明るいだけで、煙は立っていない。
足下の発煙筒を取り出し着火すると、機外に放り投げた。発煙筒は白色の煙を上げながら落下していった。
煙は機体が直進しているときに対して、少し斜めに流れていく。
「エリナ。直進するときに一〇度ぐらい東にずらしてくれない」
「風に向かうのね」
伝わったのだろうか?
機体が旋回し始めて直進に入る。と、言われたとおり飛んでくれた。
発煙筒の煙はすでに散らばっているが、予想通りの進路だ。
後は……落とすタイミング。
荷物はパラシュートが付いている。これが厄介だ。対象物の落下速度が落ちてしまう。
低く飛んでもらうか?
いや、それだと逆にパラシュートが開かずに落ちてしまうかもしれない。せっかく衝撃を少なく落とすはずが、地面に激突して壊れてしまっては元も子もない。
(一発勝負かぁ〰〰)
リジーは頭を抱えてしまう。
ポストマンでは投下に時間制限があるが、迷っていてもこの場所をぐるぐる回るだけだ。
どうすべきか……何か無いかと、ポケットの中を探ってみた。
必要なものがそろっている、とローナは言っていたが、何かヒントになるものが無いか……。
「リジーちゃん、大丈夫?」
エレナが声をかけてきた。さすがに指示が無いので、心配になってきたのだろう。
「ごめん……ん?」
ポケットの中を探していると、ノートが一冊入っていた。
しかも、機密、秘密、内密、捨てるな、などなど考えられるそれっぽい言葉が表紙に書かれている。
中を確認してみると……公式がぎっしり書かれている。だが、内容はなんとなく見たことがあるものばかりだ。そう航法に使うものから、観測やら投下に関することまで、みっしり書き込まれていた。しかもイラスト付きで解りやすく。
そしてお目当ての項目があった。
『五〇〇キロ型運貨筒 投下手順』
投下に伴う速度や高度。それに伴うその他諸々……。
ソロバンと計算尺を取り出し、彼女は計算を始めた。正直言って、そんなに難しくない計算だったのだが、タイミングは難しい。
「ごめん。お待たせ!」
はじき出した高度と速度を指示する。そして投下のために距離を取ってもらうことにした。
エリナは高度を少し上げ、速度も少し増してアプローチに入った。
「一回目はタイミングを計りたいから、試しにお願い」
ストップウオッチを手にして計る。
最後の欠けている情報を得た。
(これでいける……はず)
再び同じコースを取ってくれるように、エリナに頼んだ。
ストップウオッチを握りしめた。
「本番、行くわよ。風に向かって飛んで」
「了解!」
エリナは、先ほどとほぼ同じ速度と高度で、再度アプローチに入った。
よく同じことができる、とリジーは感心した。
ストップウオッチの針をにらむ。
そして……。
「今ッ!」
「投下ッ!」
リジーの合図とともに、エリナが運貨筒のロックを外した。
運貨筒は前方が下にして落ちていく。パラシュートが開いた。
そして機体を追うように落ちていく。
「やったわッ!」
機体が的の上を通り過ぎると、遅れて運貨筒が的のすぐ手前に着地した。
その差は一メートルも無い。
ポストマンの競技だと、満点の位置だ。
「リジーちゃん、ありがとうッ!」
エリナが機内通信で喜んでいるのは感じられた。それに翼を揺らしている。
下にいる人たちも、こちらへ手を振っていた。
これで今回の仕事は終わり。後は帰って報告するだけだ。
リジーは、あのポケットから出てきたノートに目を向ける。
イラスト付きで解りやすい公式やら何やら……このまま本にしたら売れるのじゃ無いか?
そんなことも思ってしまったが、表紙に極秘だのいろいろ書かれているのを見ると、その計画は諦めた方がいいだろう。
たしかに中を見ると、リジーの知らない内容が載っている。
爆弾の落とし方なんて、普通のホーネットは知らなくていい内容だ。
ふと外を見ると、日が大分、傾いていた。そろそろ帰らないと、ヨークタウンに着いた頃には暗くなってしまうかもしれない。
「あッ!」
そもそもヨークタウンに来た理由……下宿先を見に行くことを、全くしていなかった。
向かっている矢先にテリーを見たために、あの桟橋屋に入ってしまったから……
「そのことなんだけど……」
「何よ?」
「ケイトさんに頼んでうちに下宿なんてどうかな? わたしの部屋の隣、空いているんだけど……」
「何でアタシが……」
そこまでなれ合いたくないのが本音だ。
それに何か含んでいることがあるようで、エリナが口ごもっている。
「帳簿とか見てもらいたいし……」
「やっぱりそっちが本命か」
不許可、と言おうとしたが、その前にエリナが畳みかけるように言う。
「リジーって、テリーさんのことが好きでしょ?」
「なっ、何を!?」
「リジーがうちの桟橋屋に来てからの様子を見ていたら、前に故郷のベティさんの反応と同じだったから。好きなお客さんが来たら、いつも陽気なベティさんが黙り込んじゃった」
「……」
「それに、『オリバー=スミス』なんて何かの言い訳をする常套手段だって、アンチョコに書いてあった」
「……」
自分が人を好きになるなんて、リジーには理解できなかった。
さすがにこの歳にって、初恋ぐらいはしたことがあった。だが、その時との気持ちとは違う。あの時は胸が締め付けられそうな感覚だった。しかし、テリーを見たときから思っているのは……恥ずかしいさ、そして恐怖だ。
なんで恐怖を感じるのだろうか?
その恐怖……嫌いとかでは無い。
嫌われたらどうしよう……。
それが恐怖の正体なのだろうか? だけれど、これが恋なのか?
自分の気持ちがよく分からない……それにテリーとはほとんど話していない。自分は名乗りもしていない。
まずちゃんと会って話をしなければ、何も始まらない。
「そうじゃないかなって……うちにいたら、テリーさんにも会えますよ」
エリナの提案は、その答えを解き明かすきっかけになるかもしれない。
だけれど、彼女の提案には裏があることは、考えついた。
自分の不得意を補わせようとしている。人の気持ちを利用して……。
「……かッ、考えてもいいわよ」
それがリジーが取れた精一杯の意地だ。
機内通信の向こう側で笑っているのが分かった。
(そう、考えてあげる)
自分の気持ちもはっきりしない。
しかし、ここでこの提案に乗らなければ、答えにたどり着かないかもしれない。
「ところで、いつまで東に向かって飛んでいるの? ヨークタウンは南よ」
今は航法の仕事に努めよう。
まだ結論を出すために考える時間はある。
「ごめん。リジーちゃん」
と、突然、機体が止まった。
また急に前のめりになると、今度は中の人間は左に押しつけられる。
「だから、急に曲がるなッ!」
〈了〉
何でそんな人たちが、こんな乾燥した大地のど真ん中にいるのか?
疑問があがったが、どうせエリナはよく分かっていないのだろう。ただ、いつもの仕事と思っているに違いない。
そして、一人が広い空き地の真ん中に、空き缶のようなものを置いた。そこに火を付ける。と、化学薬品なのか、昼間でも判るような明るいオレンジ色の火が上がり始めた。
ここが、荷物を落とす的の中心のようだ。
「エリナ。あの火が見える?」
「オレンジ色の火ね」
「そこを中心に八の字を描いてくれない。できるだけゆっくりとッ!」
ゆっくりと、の部分は強調させて伝えた。またあんな急制動なんて、たまったもんでは無い。
「了解……」
そして、今度はゆっくりと機体を回すようにしてくれた。
(タイミングが勝負ね)
機体のスピードは、競技用と比べて速い。恐らくそれに合わせてしまうと、失速してしまうかもしれない。
(風はどうなんだろう)
的の火は明るいだけで、煙は立っていない。
足下の発煙筒を取り出し着火すると、機外に放り投げた。発煙筒は白色の煙を上げながら落下していった。
煙は機体が直進しているときに対して、少し斜めに流れていく。
「エリナ。直進するときに一〇度ぐらい東にずらしてくれない」
「風に向かうのね」
伝わったのだろうか?
機体が旋回し始めて直進に入る。と、言われたとおり飛んでくれた。
発煙筒の煙はすでに散らばっているが、予想通りの進路だ。
後は……落とすタイミング。
荷物はパラシュートが付いている。これが厄介だ。対象物の落下速度が落ちてしまう。
低く飛んでもらうか?
いや、それだと逆にパラシュートが開かずに落ちてしまうかもしれない。せっかく衝撃を少なく落とすはずが、地面に激突して壊れてしまっては元も子もない。
(一発勝負かぁ〰〰)
リジーは頭を抱えてしまう。
ポストマンでは投下に時間制限があるが、迷っていてもこの場所をぐるぐる回るだけだ。
どうすべきか……何か無いかと、ポケットの中を探ってみた。
必要なものがそろっている、とローナは言っていたが、何かヒントになるものが無いか……。
「リジーちゃん、大丈夫?」
エレナが声をかけてきた。さすがに指示が無いので、心配になってきたのだろう。
「ごめん……ん?」
ポケットの中を探していると、ノートが一冊入っていた。
しかも、機密、秘密、内密、捨てるな、などなど考えられるそれっぽい言葉が表紙に書かれている。
中を確認してみると……公式がぎっしり書かれている。だが、内容はなんとなく見たことがあるものばかりだ。そう航法に使うものから、観測やら投下に関することまで、みっしり書き込まれていた。しかもイラスト付きで解りやすく。
そしてお目当ての項目があった。
『五〇〇キロ型運貨筒 投下手順』
投下に伴う速度や高度。それに伴うその他諸々……。
ソロバンと計算尺を取り出し、彼女は計算を始めた。正直言って、そんなに難しくない計算だったのだが、タイミングは難しい。
「ごめん。お待たせ!」
はじき出した高度と速度を指示する。そして投下のために距離を取ってもらうことにした。
エリナは高度を少し上げ、速度も少し増してアプローチに入った。
「一回目はタイミングを計りたいから、試しにお願い」
ストップウオッチを手にして計る。
最後の欠けている情報を得た。
(これでいける……はず)
再び同じコースを取ってくれるように、エリナに頼んだ。
ストップウオッチを握りしめた。
「本番、行くわよ。風に向かって飛んで」
「了解!」
エリナは、先ほどとほぼ同じ速度と高度で、再度アプローチに入った。
よく同じことができる、とリジーは感心した。
ストップウオッチの針をにらむ。
そして……。
「今ッ!」
「投下ッ!」
リジーの合図とともに、エリナが運貨筒のロックを外した。
運貨筒は前方が下にして落ちていく。パラシュートが開いた。
そして機体を追うように落ちていく。
「やったわッ!」
機体が的の上を通り過ぎると、遅れて運貨筒が的のすぐ手前に着地した。
その差は一メートルも無い。
ポストマンの競技だと、満点の位置だ。
「リジーちゃん、ありがとうッ!」
エリナが機内通信で喜んでいるのは感じられた。それに翼を揺らしている。
下にいる人たちも、こちらへ手を振っていた。
これで今回の仕事は終わり。後は帰って報告するだけだ。
リジーは、あのポケットから出てきたノートに目を向ける。
イラスト付きで解りやすい公式やら何やら……このまま本にしたら売れるのじゃ無いか?
そんなことも思ってしまったが、表紙に極秘だのいろいろ書かれているのを見ると、その計画は諦めた方がいいだろう。
たしかに中を見ると、リジーの知らない内容が載っている。
爆弾の落とし方なんて、普通のホーネットは知らなくていい内容だ。
ふと外を見ると、日が大分、傾いていた。そろそろ帰らないと、ヨークタウンに着いた頃には暗くなってしまうかもしれない。
「あッ!」
そもそもヨークタウンに来た理由……下宿先を見に行くことを、全くしていなかった。
向かっている矢先にテリーを見たために、あの桟橋屋に入ってしまったから……
「そのことなんだけど……」
「何よ?」
「ケイトさんに頼んでうちに下宿なんてどうかな? わたしの部屋の隣、空いているんだけど……」
「何でアタシが……」
そこまでなれ合いたくないのが本音だ。
それに何か含んでいることがあるようで、エリナが口ごもっている。
「帳簿とか見てもらいたいし……」
「やっぱりそっちが本命か」
不許可、と言おうとしたが、その前にエリナが畳みかけるように言う。
「リジーって、テリーさんのことが好きでしょ?」
「なっ、何を!?」
「リジーがうちの桟橋屋に来てからの様子を見ていたら、前に故郷のベティさんの反応と同じだったから。好きなお客さんが来たら、いつも陽気なベティさんが黙り込んじゃった」
「……」
「それに、『オリバー=スミス』なんて何かの言い訳をする常套手段だって、アンチョコに書いてあった」
「……」
自分が人を好きになるなんて、リジーには理解できなかった。
さすがにこの歳にって、初恋ぐらいはしたことがあった。だが、その時との気持ちとは違う。あの時は胸が締め付けられそうな感覚だった。しかし、テリーを見たときから思っているのは……恥ずかしいさ、そして恐怖だ。
なんで恐怖を感じるのだろうか?
その恐怖……嫌いとかでは無い。
嫌われたらどうしよう……。
それが恐怖の正体なのだろうか? だけれど、これが恋なのか?
自分の気持ちがよく分からない……それにテリーとはほとんど話していない。自分は名乗りもしていない。
まずちゃんと会って話をしなければ、何も始まらない。
「そうじゃないかなって……うちにいたら、テリーさんにも会えますよ」
エリナの提案は、その答えを解き明かすきっかけになるかもしれない。
だけれど、彼女の提案には裏があることは、考えついた。
自分の不得意を補わせようとしている。人の気持ちを利用して……。
「……かッ、考えてもいいわよ」
それがリジーが取れた精一杯の意地だ。
機内通信の向こう側で笑っているのが分かった。
(そう、考えてあげる)
自分の気持ちもはっきりしない。
しかし、ここでこの提案に乗らなければ、答えにたどり着かないかもしれない。
「ところで、いつまで東に向かって飛んでいるの? ヨークタウンは南よ」
今は航法の仕事に努めよう。
まだ結論を出すために考える時間はある。
「ごめん。リジーちゃん」
と、突然、機体が止まった。
また急に前のめりになると、今度は中の人間は左に押しつけられる。
「だから、急に曲がるなッ!」
〈了〉
応援ありがとうございます!
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