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救済されるべき世界

霊廟の刺客

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 オレ達は、この寂れた峠の村を後にすることとなった。
 マルグルーの領地内へは1週間程度。オレの先祖代々が眠るの霊廟、『炎の獅子』と対面したところまでも同じ距離がある。ただ、方向が違う。
 霊廟があるのは、マーティン=グリーン家が治める領地だ――領地といっても、領主である親父は王都に入り浸れて、めったなことでは帰らない。代行が実質、治めている――まあこいつは親父の腰巾着だけど。
 キャスリン・マルグルーにはちゃんと説明し、理解してもらわねばならない。
(思えば女学校の時も、いけ好かない女だったなぁ……)
 彼女のところへの説明にするか、『炎の獅子』のところにいって魔王の居場所を聞き出すか。
 根本的な原因は、オレが『炎の獅子』とケンカしたことであろう。
 そこでオレは、『炎の獅子』のところへ先にいくこととした。自分で、「余計な暴力は使わないものだ」何て言っていたのだ。こちらが下手に出なければ、許してくれるだろう。
 まあ、試練の中断とまではいかなくても、魔王の居場所ぐらい教えてくれるかもしれない。

※※※

 霊廟の道のりは順調に……とは思ったが――
 村を出てから、妙なのが付いてきているのを感じた。
 びょう族のナナとけん族のゲイツ以外の何者かだ。
 考えられるのは、王都から出たときからの追っ手であろう。
 決着は……付けていないと思う。オレのあやふやな記憶には、何度か打ち負かしていたが、ウラベの時にもそれが出来たか疑問だ。
 オレの時に決着が付けられなかったのに、戦い初心者のウラベで決着されていたら、想像が付かない。
(相手も、オレ達の行き先を判っているのか?)
 実際付いてきたのは、最初の1日、2日といったところか。
 偵察、そして作戦会議。襲撃場所を念入りにして……まあ、やって来るのは霊廟だ。そこで迎え撃つのが一番楽であろう。目的地であるし。

「ご主人様はモテますね」
「犬耳族にしては、面白いこというじゃないか! この状態がモテると」
 オレの家の霊廟の敷地に入った途端、が来ていた。
「赤毛の悪魔って、お前のことか?」
 頬に傷のある大男が、すでに抜刀をしている。
 王都でそんなあだ名を付けられていたが……それはオレが、王都で婚約候補をボコボコにしていてただけだ。それを知っているということは、王都からの追っ手か?
「だったら、どうだって言うんだ!」
 オレは腰の剣に手をかけた。
 敵は……珍しくひとりだ。
 今までの集団で襲ってきたが、こいつはよほど自信があるのか?
 それとも、仲間が隠れているのか……その他の気配はしない。
 霊廟の周りは前回来たときと同様、手入れが全く行き届いていない。ツタや背の高い雑草に半分被われはじめている。
(親父はこのままほかっておく気か?)
 朽ち果てるのを待っているのかもしれないが……今はそんなことよりも、
「ひとつ手合わせといこうか。赤毛の悪魔」
「いいぜ! おい、ゲイツは下がっていろ!」
 とりあえず、後ろにいる犬耳族の彼女には後方に下がらせた。オレとナナのを含め、3人分の荷物を背負子で運んでもらっていることもある。
 もし仲間が隠れていて、襲われることがあれば、ナナに護衛を――と、思ったが、そのナナはすでに姿はなく、どこかに身を隠しているようだ。
(猫耳族は高みの見物か?)
 奴隷として付いてくるのなら、主人リーダーの指示に従ってもらいたいものだ。と、思っている間に、男が間合いを詰めてくる。両刃のロングソードを突き立てて、突っ込んできた。
「オッと!」
 力は断然、見た目からしてあちらが上であろう。弾き返すなんて事はしない。
 突進してくるのを素早く、身体を曲げて避けた。が、ソードの半分ほど長さが通過したところで、ピタリと止まる。男は前に出した右足に力を込めたかと思うと、軸にソードを振り回してきた。
 オレはソードを避けたばかりで、バランスが取れない。とっさに出来たのは、剣を腰から抜くこと。それで襲ってくる男のソードを受け止めるのが精一杯だった。
(重いッ!)
 バランスが上手く取れなかったオレは、足が宙に浮かんだのを感じた。そのまま吹っ飛ばされる。
「たわいもない……」
 振り回したロングソードを地面に突き立てて、男は呟いている。
(――いいねぇ。久しぶりに骨のあるのと会えた)
 オレは吹っ飛ばされて転がっていたが、口に笑みが漏れた。
 飛び起きると、剣を構える。吹っ飛ばされた衝撃で、オレの剣は欠けてしまったが、こいつがなかったら胴体が真っ二つにされていたかもしれない。
「生死を問わず。ただ、宝剣を持ち帰れとの事だ」
「それは親父か?」
「何を言っている……マーティン=グリーン家の領主代行からだ。宝剣を盗まれたからと」
「つくづく自分の手を汚さないヤツだな――」
 自分の娘を殺したくない……なんてことは、親父は考えていないだろう。
 汚れ仕事は腰巾着に任せて、自分は素知らぬ顔。あの親父はそんなヤツだ。
「それでオレを殺そうって事か」
「嫡女だっただろうが、すでに勘当され、家とは縁を切られているのだろ――」
「素直に宝剣を渡せば、命だけは助けてやる。女だから……って、言いたいんだろ?」
「今ので力の差を実感していないのであれば――」
「生憎だが、舐められちゃ困る!」
 今度はオレの番だ。身体で剣を隠しながら、突っ込んだ。
 ヤツのロングソードは重い。こちらが素早く動けば、勝算は十分ある。
「甘いッ!」
 地面に突き立てたロングソードから、片手を離した。そして、その右手は口元に。
「チッ! 魔法かよ!」
 男の息と共に、火炎が吹き出してきた。
 まともに食らっては、オレは火だるまになるところだ。とっさに剣を振り、噴き出した火炎を切り裂いた。剣の空気を切り裂くのと共に、火炎は真っ二つに出来たが……高熱にさらされたオレの剣は、真っ赤に焼けてしまった。柄まで熱くなったので、慌てて手を離してしまったのだ。
 魔法で剣に火を宿すことは出来るが、それは刃の部分だけだ。柄には別の魔法をかけて手を保護するが、そんな暇はなかった。
「無駄な殺生は好まない」
(相手も火の魔法を使う。オレの魔法が通用するか? 火の魔法同士では、力の差か――)
 この状態は詰んだか……武器はない。いや、あの家宝の短剣がある。
 装飾のある実戦向きではないと思うが、無いよりはマシだろう。
 オレはそれを取りだして、右手で構えた。
「それを差し出せば、命は助けてやる」
「欲しければ、オレの腕を切り落としなよ!」
 オレとしては芸がない。
 結局、短剣が届く距離まで接近しなければならない。そうなれば、口からの火炎放射で、焼かれるのが落ちだ。しかし、走り出す瞬間に空いている左手に、火球を作った。
 走りながら、相手にぶつけた。
 やつは、地面に突き立てたロングソードでそれを振り払おうと、一瞬、顔を外した隙ができるはず――
「ふんッ!」
 甘かった……オレの火球は時間がなくて、熱量が少なかったようだ。簡単に振り払われると、すぐにオレの方に顔が向いた。
 そして、火炎放射がオレを襲った!
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