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祝福
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目を覚ますと、視界一面が白に染まっていた。
何もない。壁も床も天井も、ただひたすら白。
まるで現実が抜け落ちたような空間だった。
困惑しながら辺りを見回すと、いつの間にか、白髪白髭の老人が立っていた。
私の方をじっと見つめている。
恐る恐る声をかける。
「あの……ここはどこですか?」
老人は口元の髭を揺らし、静かに言った。
「ここは、どこでもない。」
意味がわからず、頭の中に疑問符が渦巻く。
だが老人は、それ以上の説明を省くように、続けた。
「これよりお主に、“力を与える力”を授けよう。
それは祝福にも呪いにもなる。使い方次第で、世界を救いも滅ぼしもするだろう。」
「……選ぶのは、お主だ。」
次の瞬間、私の脳を何万、何億もの声が貫いた。
名前。記憶。欲望。罪。願い。秘密。
世界中の人間たちのすべてが、容赦なく私の意識に流れ込んできた――。
私は、まず下級の身分で燻っていた一人の少年に、「文章を操る力」を与えた。
すると彼は代筆屋を始め、言葉を金に変えるようになった。
――これが、「力を与える」ということなのか。
初めての実感には、奇妙な快楽が伴っていた。
誰かの運命が、私の一指で変わる。その事実が、心を満たした。
それから私は、力を与え続けた。
農村には、大地を耕す強靭な腕を。
漁師には、魚の群れを見抜く目と、網を繕う器用な手を。
狩人には、風に紛れる足取りと、仕留める技を。
水を渇望する町には、地脈を読み取る感覚を。
私の与えた力によって、人々は笑い、誇りを取り戻し、生き生きと暮らしていった。
それを見るたび、私は確かに「役に立っている」と思えた。
……それは、たまらなく心地よかった。
だが、ある日ふと気づいた。
どうやら私は――「もっと強い力」も与えられるらしい。
試しに――
干魃に苦しむ一つの地域へ、「体から水を生み出す力」を与えてみた。
すると、力を授かった者を中心に水が巡り、作物が実り、人々の顔に笑顔が戻っていった。
乾いた大地に、ようやく命が宿った。
……それで、終わるはずだった。
だが、思いもよらぬことが起きた。
その力を奪うために、周囲の村々が争いを始めたのだ。
奪い合いは戦へと発展し、やがてその火種は、広範な戦場へと広がっていった。
私は焦った。
なんとかして事態を収めようと、さらに力を与えた。
・意見が衝突しないよう、「人心掌握の力」を。
・敵の動きを封じるため、「病を撒き散らす力」を。
・誰も手出しできぬよう、「絶対的な剛力」を。
・滅びを避けるため、「謀略を張り巡らす知恵」を。
だが――それらの力は、争いを終わらせなかった。
むしろ、戦いを“終わらせない力”になってしまった。
誰もが、自分の切り札を失う前に、次の力を欲しがった。
それゆえ、戦は無意味に長引き、無数の命が、静かに、しかし無惨に消えていった。
私は、そこで悟った。
――戦が始まってしまった後では、もう「力を与えない方が」早く終わるのだ。
次は、「可哀想な人間」に力を与えようとした。
孤独に生きる一人の人間に、
“自らを模した存在”を造り出せる力を与えた。
すると、造られた方が本物の人生を乗っ取り、
本物の方の人生は、あっけなく破綻してしまった。
今度は――母親を失った少年に、
「母を助けられるよう、時間を巻き戻す力」を授けた。
だが、少年は幾度も幾度も時間を巻き戻し、
やがて母親自身も、そのループに引きずり込まれた。
二人は永遠に、
“死と再生の呪い”を繰り返す存在となってしまった。
次に私は、
「世界を救いたい」と願う人物に、未来を見る力を与えた。
最初は、その力を人のために使っていた。
だが、見える未来は、どれも悲惨なものばかりだった。
やがてその人物は、生そのものに絶望するようになった。
……ここまで、数え切れないほどの力を与えてきた。
だが、誰一人として、力を拒んだ者はいなかった。
みな、望んだのだ。
救いを――奇跡を――希望を。
それはつまり、
「人は、力を欲している」ということではないか?
ならば、私のしていることは――
悪では、ない……はずだ。
私はふと、最初に力を与えた、あの代筆屋の少年を思い出した。
――彼は今、どうしているのだろう?
確認してみると、彼はもう代筆屋をやめていた。
自分の言葉が、他人の人生を変えてしまうことに、耐えられなくなったのだという。
……結局、私の与えた力は――何にもならなかったのか?
人を救いたくて与えた力が、
人を壊すことしかできなかったのなら――
私は、いったい何のためにここにいる?
なぜ、私はこの場所で、
ひたすらに「人間に力を与える」ということを続けている?
誰に命じられたわけでもなく、
終わりがあるわけでもなく、
ただ、延々と。
――なぜ、あの老人は私にこの力を与えたのだ?
なぜ、私にだけ?
……もしかして。
私が今、こうしているように、
かつてのあの老人もまた、
誰かから“この力”を与えられたのではないか?
その理由も目的もわからぬまま、
ただ「力を与える者」として思考を乗っ取られ――
そして、あの老人は――逃げるように、この力を私へ託したのではないか?
私は、誰かの――
「逃げ場」なのか?
あれから私は――人に力を与えるのをやめた。
それが「人を救うこと」ではなかったと、知ってしまったからだ。
どれほどの時が過ぎただろうか。
気づけば、私の髭はあの老人のように伸び、
姿もすっかり、かつての彼に似ていた。
久しぶりに、地上を覗いた。
力を与えていたあの頃より、今の方が――
はるかに静かで、穏やかに見えた。
……そうか。
私という存在は、最初から要らなかったのだ。
そのとき。
背後から、声が聞こえた。
「ここは――どこですか?」
私は、ゆっくりと振り返る。
そこには、一人の若者が立っていた。
ああ、そうだ。
かつての私も、こんなふうにここに来たのだった。
私は微笑んだ。
「ここは、どこでもない」
そして、静かに口を開く。
「これよりお主に――
“力を与える力”を授けよう。」
何もない。壁も床も天井も、ただひたすら白。
まるで現実が抜け落ちたような空間だった。
困惑しながら辺りを見回すと、いつの間にか、白髪白髭の老人が立っていた。
私の方をじっと見つめている。
恐る恐る声をかける。
「あの……ここはどこですか?」
老人は口元の髭を揺らし、静かに言った。
「ここは、どこでもない。」
意味がわからず、頭の中に疑問符が渦巻く。
だが老人は、それ以上の説明を省くように、続けた。
「これよりお主に、“力を与える力”を授けよう。
それは祝福にも呪いにもなる。使い方次第で、世界を救いも滅ぼしもするだろう。」
「……選ぶのは、お主だ。」
次の瞬間、私の脳を何万、何億もの声が貫いた。
名前。記憶。欲望。罪。願い。秘密。
世界中の人間たちのすべてが、容赦なく私の意識に流れ込んできた――。
私は、まず下級の身分で燻っていた一人の少年に、「文章を操る力」を与えた。
すると彼は代筆屋を始め、言葉を金に変えるようになった。
――これが、「力を与える」ということなのか。
初めての実感には、奇妙な快楽が伴っていた。
誰かの運命が、私の一指で変わる。その事実が、心を満たした。
それから私は、力を与え続けた。
農村には、大地を耕す強靭な腕を。
漁師には、魚の群れを見抜く目と、網を繕う器用な手を。
狩人には、風に紛れる足取りと、仕留める技を。
水を渇望する町には、地脈を読み取る感覚を。
私の与えた力によって、人々は笑い、誇りを取り戻し、生き生きと暮らしていった。
それを見るたび、私は確かに「役に立っている」と思えた。
……それは、たまらなく心地よかった。
だが、ある日ふと気づいた。
どうやら私は――「もっと強い力」も与えられるらしい。
試しに――
干魃に苦しむ一つの地域へ、「体から水を生み出す力」を与えてみた。
すると、力を授かった者を中心に水が巡り、作物が実り、人々の顔に笑顔が戻っていった。
乾いた大地に、ようやく命が宿った。
……それで、終わるはずだった。
だが、思いもよらぬことが起きた。
その力を奪うために、周囲の村々が争いを始めたのだ。
奪い合いは戦へと発展し、やがてその火種は、広範な戦場へと広がっていった。
私は焦った。
なんとかして事態を収めようと、さらに力を与えた。
・意見が衝突しないよう、「人心掌握の力」を。
・敵の動きを封じるため、「病を撒き散らす力」を。
・誰も手出しできぬよう、「絶対的な剛力」を。
・滅びを避けるため、「謀略を張り巡らす知恵」を。
だが――それらの力は、争いを終わらせなかった。
むしろ、戦いを“終わらせない力”になってしまった。
誰もが、自分の切り札を失う前に、次の力を欲しがった。
それゆえ、戦は無意味に長引き、無数の命が、静かに、しかし無惨に消えていった。
私は、そこで悟った。
――戦が始まってしまった後では、もう「力を与えない方が」早く終わるのだ。
次は、「可哀想な人間」に力を与えようとした。
孤独に生きる一人の人間に、
“自らを模した存在”を造り出せる力を与えた。
すると、造られた方が本物の人生を乗っ取り、
本物の方の人生は、あっけなく破綻してしまった。
今度は――母親を失った少年に、
「母を助けられるよう、時間を巻き戻す力」を授けた。
だが、少年は幾度も幾度も時間を巻き戻し、
やがて母親自身も、そのループに引きずり込まれた。
二人は永遠に、
“死と再生の呪い”を繰り返す存在となってしまった。
次に私は、
「世界を救いたい」と願う人物に、未来を見る力を与えた。
最初は、その力を人のために使っていた。
だが、見える未来は、どれも悲惨なものばかりだった。
やがてその人物は、生そのものに絶望するようになった。
……ここまで、数え切れないほどの力を与えてきた。
だが、誰一人として、力を拒んだ者はいなかった。
みな、望んだのだ。
救いを――奇跡を――希望を。
それはつまり、
「人は、力を欲している」ということではないか?
ならば、私のしていることは――
悪では、ない……はずだ。
私はふと、最初に力を与えた、あの代筆屋の少年を思い出した。
――彼は今、どうしているのだろう?
確認してみると、彼はもう代筆屋をやめていた。
自分の言葉が、他人の人生を変えてしまうことに、耐えられなくなったのだという。
……結局、私の与えた力は――何にもならなかったのか?
人を救いたくて与えた力が、
人を壊すことしかできなかったのなら――
私は、いったい何のためにここにいる?
なぜ、私はこの場所で、
ひたすらに「人間に力を与える」ということを続けている?
誰に命じられたわけでもなく、
終わりがあるわけでもなく、
ただ、延々と。
――なぜ、あの老人は私にこの力を与えたのだ?
なぜ、私にだけ?
……もしかして。
私が今、こうしているように、
かつてのあの老人もまた、
誰かから“この力”を与えられたのではないか?
その理由も目的もわからぬまま、
ただ「力を与える者」として思考を乗っ取られ――
そして、あの老人は――逃げるように、この力を私へ託したのではないか?
私は、誰かの――
「逃げ場」なのか?
あれから私は――人に力を与えるのをやめた。
それが「人を救うこと」ではなかったと、知ってしまったからだ。
どれほどの時が過ぎただろうか。
気づけば、私の髭はあの老人のように伸び、
姿もすっかり、かつての彼に似ていた。
久しぶりに、地上を覗いた。
力を与えていたあの頃より、今の方が――
はるかに静かで、穏やかに見えた。
……そうか。
私という存在は、最初から要らなかったのだ。
そのとき。
背後から、声が聞こえた。
「ここは――どこですか?」
私は、ゆっくりと振り返る。
そこには、一人の若者が立っていた。
ああ、そうだ。
かつての私も、こんなふうにここに来たのだった。
私は微笑んだ。
「ここは、どこでもない」
そして、静かに口を開く。
「これよりお主に――
“力を与える力”を授けよう。」
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