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17.「抱擁」
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ゲホッ、ゴホッと遠くで自分の咳き込む声が聞こえる。軽い酸欠と絶頂の余韻で頭が痺れたように麻痺して、意識が滲んで中々戻って来られない。苦しいのに気持ちが良い、危ない感覚に浸っていると背中を擦る手にぼんやりと気がついた。
何度か瞬きを繰り返して滲んだ視界を調整するとマーレスの顔が見える。約束通りに固く目は閉じてくれているが、雰囲気が戦う時に似ていて肌が少しざわついた。
「…マーレス…?」
「ごめん、ソル…。」
「うん、まあ…。」
どっちが悪いとかって話では無いし、流したい気持ちもある。ふわふわと浮いた気分も手伝って気にするなと言う代わりに重たい右腕を上げて頭を軽く撫でる。そうするとマーレスの雰囲気も和らいで気持ちは伝わったんだろう。
何度か深呼吸を繰り返していると眠気にも襲われるんだが、このまま眠ると二次災害も良い所だ。後処理をする為、律儀にまだ目を閉じてくれているマーレスの顔を見上げる。
「もう少ししたら…で、良いんだが…。外で手、洗って来てくれるか…?」
それだけの事を言うのに物凄く何とも言えない感じで緊張した。出てくれている間に色々片付けたいんだと言外に伝えると、マーレスも分かってくれている様子だが、何処か上の空な返事をされる。
「ああ…、ソル…。」
物凄く緩やかな動作で、まるで怯えさせないように抱き締められて頭に顔を寄せられた。頭皮に鼻先が当たって少し擽ったく、気怠いせいかゆったりと深く抱き締められると安心して本当に眠ってしまいそうだ。抱擁とマーレスの香りに包み込まれて微睡み掛けていると、少し可笑しそうな声が降って来た。
「眠るのか、ソル?」
「…いや、起きてられる…大丈夫だ。」
「そうか。」
軽く背中を二回叩かれると直ぐにマーレスが体を離してベッドから抜け出す。その間も目を閉じたままで、自分の収納鞄を掴むと此方に一度戻って来てベッドの端に置いてくれる。
「好きに使ってくれて大丈夫だから。」
「ああ…、ありがとう。」
「うん。」
静かに返事をして部屋から一度出てくれる。
マーレスがどれぐらいで戻って来るのかが分からなかったんで、出来るだけ急いで汚れを脱いだ服で拭い、桶に水を張って身をある程度清めて拭いてから着替え、窓を開けて換気をする。洗濯は明日しようと纏めて袋に詰めて封印してから収納鞄に隠し、後始末を終えて安堵しながらマーレスの帰りを待ったのだが中々戻って来ない。
余裕で一時間は過ぎているのに帰って来ないので、何かあったのかと流石に心配になって部屋の扉を開けると階下からマーレスが丁度上がって来た所で、しかも、手にはホットミルクが入ったカップを二つ持っていた。
「ソル…?」
「いや、戻って来なかったから心配になって…。」
「ああ、すまない。宿屋の主人と少し話をしていて遅くなった。」
会話をしながら此方に歩いて来たので、扉を開けたまま迎え入れる。入ったのに合わせて扉を閉めて施錠し、テーブルの方へ向かうとカップを置いたマーレスに椅子を引かれた。座るように手でも示されたので腰掛けると同じように座ったマーレスが目の前にカップを置いてくれた。
「どうぞ。」
「ありがとな。で、何を話してたんだ?」
「主にソルの怪我の事だな。」
「え…?俺の怪我?」
「昨日、体を拭いた後の水を捨てに言った時に、血のついた布も一緒に持ってたから理由を聞かれて。怪我をする人は多いし、誤魔化すのも変だったから仲間が怪我をしてるって話をしたら今日も様子はどうだって。多分、心配してくれてたよ。」
「え…めっちゃ良い人。」
「俺もそう思う。ソルを大事にしてくれる人は、いい人だ。」
うん。マーレス凄い偏った価値観になってるが、話を聞く限り殆ど人を信用できなかったんなら少しは良い傾向だと思う。警戒心も必要だが、それだけだと疲れるし少しでも心安らげる相手がいるのは良い。まあ、今の状態だと余り深く関われないが、世間話ぐらいは大丈夫だろう。
「後は何話してたんだ?」
「後は…その、大切な人に酷い事をしてしまった時はどうしたら良いかって話だ。」
「………………………え?」
「苦しかっただろう?奥まで指を入れてしまったし、夢中で途中まで気が付かなかったが、膝が当たっていた。本当に…すまない…。」
何と答えたら正解なんだ。いやもう、流れたと思ってたし素面でする話じゃない。急激に体温が上がってる気がするが、落ち着け、俺。
「あ…いや、大丈夫だから、気にすんな…。俺こそ、ごめんな。」
「…本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。だから、マーレスも色々と気にすんな。本当に大丈夫だから。」
寧ろ、追求される方が辛い。そう思いながら見つめていると流石に折れてくれた。
「そうか…分かった。」
完全に納得はしてない様子だが、とりあえず矛を収めてくれて助かる。本当に忘れて流してくれと更に見つめていると、マーレスが何か言い掛けてから口を閉ざす。何だろうとも思ったが薮蛇な気がして止めて、少し経ってからあの時に聞いて置けば良かったと後悔した。
何度か瞬きを繰り返して滲んだ視界を調整するとマーレスの顔が見える。約束通りに固く目は閉じてくれているが、雰囲気が戦う時に似ていて肌が少しざわついた。
「…マーレス…?」
「ごめん、ソル…。」
「うん、まあ…。」
どっちが悪いとかって話では無いし、流したい気持ちもある。ふわふわと浮いた気分も手伝って気にするなと言う代わりに重たい右腕を上げて頭を軽く撫でる。そうするとマーレスの雰囲気も和らいで気持ちは伝わったんだろう。
何度か深呼吸を繰り返していると眠気にも襲われるんだが、このまま眠ると二次災害も良い所だ。後処理をする為、律儀にまだ目を閉じてくれているマーレスの顔を見上げる。
「もう少ししたら…で、良いんだが…。外で手、洗って来てくれるか…?」
それだけの事を言うのに物凄く何とも言えない感じで緊張した。出てくれている間に色々片付けたいんだと言外に伝えると、マーレスも分かってくれている様子だが、何処か上の空な返事をされる。
「ああ…、ソル…。」
物凄く緩やかな動作で、まるで怯えさせないように抱き締められて頭に顔を寄せられた。頭皮に鼻先が当たって少し擽ったく、気怠いせいかゆったりと深く抱き締められると安心して本当に眠ってしまいそうだ。抱擁とマーレスの香りに包み込まれて微睡み掛けていると、少し可笑しそうな声が降って来た。
「眠るのか、ソル?」
「…いや、起きてられる…大丈夫だ。」
「そうか。」
軽く背中を二回叩かれると直ぐにマーレスが体を離してベッドから抜け出す。その間も目を閉じたままで、自分の収納鞄を掴むと此方に一度戻って来てベッドの端に置いてくれる。
「好きに使ってくれて大丈夫だから。」
「ああ…、ありがとう。」
「うん。」
静かに返事をして部屋から一度出てくれる。
マーレスがどれぐらいで戻って来るのかが分からなかったんで、出来るだけ急いで汚れを脱いだ服で拭い、桶に水を張って身をある程度清めて拭いてから着替え、窓を開けて換気をする。洗濯は明日しようと纏めて袋に詰めて封印してから収納鞄に隠し、後始末を終えて安堵しながらマーレスの帰りを待ったのだが中々戻って来ない。
余裕で一時間は過ぎているのに帰って来ないので、何かあったのかと流石に心配になって部屋の扉を開けると階下からマーレスが丁度上がって来た所で、しかも、手にはホットミルクが入ったカップを二つ持っていた。
「ソル…?」
「いや、戻って来なかったから心配になって…。」
「ああ、すまない。宿屋の主人と少し話をしていて遅くなった。」
会話をしながら此方に歩いて来たので、扉を開けたまま迎え入れる。入ったのに合わせて扉を閉めて施錠し、テーブルの方へ向かうとカップを置いたマーレスに椅子を引かれた。座るように手でも示されたので腰掛けると同じように座ったマーレスが目の前にカップを置いてくれた。
「どうぞ。」
「ありがとな。で、何を話してたんだ?」
「主にソルの怪我の事だな。」
「え…?俺の怪我?」
「昨日、体を拭いた後の水を捨てに言った時に、血のついた布も一緒に持ってたから理由を聞かれて。怪我をする人は多いし、誤魔化すのも変だったから仲間が怪我をしてるって話をしたら今日も様子はどうだって。多分、心配してくれてたよ。」
「え…めっちゃ良い人。」
「俺もそう思う。ソルを大事にしてくれる人は、いい人だ。」
うん。マーレス凄い偏った価値観になってるが、話を聞く限り殆ど人を信用できなかったんなら少しは良い傾向だと思う。警戒心も必要だが、それだけだと疲れるし少しでも心安らげる相手がいるのは良い。まあ、今の状態だと余り深く関われないが、世間話ぐらいは大丈夫だろう。
「後は何話してたんだ?」
「後は…その、大切な人に酷い事をしてしまった時はどうしたら良いかって話だ。」
「………………………え?」
「苦しかっただろう?奥まで指を入れてしまったし、夢中で途中まで気が付かなかったが、膝が当たっていた。本当に…すまない…。」
何と答えたら正解なんだ。いやもう、流れたと思ってたし素面でする話じゃない。急激に体温が上がってる気がするが、落ち着け、俺。
「あ…いや、大丈夫だから、気にすんな…。俺こそ、ごめんな。」
「…本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。だから、マーレスも色々と気にすんな。本当に大丈夫だから。」
寧ろ、追求される方が辛い。そう思いながら見つめていると流石に折れてくれた。
「そうか…分かった。」
完全に納得はしてない様子だが、とりあえず矛を収めてくれて助かる。本当に忘れて流してくれと更に見つめていると、マーレスが何か言い掛けてから口を閉ざす。何だろうとも思ったが薮蛇な気がして止めて、少し経ってからあの時に聞いて置けば良かったと後悔した。
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