Garlic短編帳

阿沙🌷

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✿束

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 今日は確か、エルの誕生日だとラージャの手帳の赤インクが告げいてた。
 本来なら、花束か何かを準備して盛大に祝いたいところなのだが――。




「ヘイ! ラージャ、お仕事は順調かな?」

 お昼休みに外に出ていたエルガーが戻ってきた。彼の開けたガラス張りのドアから外気の匂いが流れ込んでくる。
 そればかりではなくて、珈琲の香りも。

「挽きたて、淹れたて、はい、ゴージャス!!」

 どんと荒い音を立てて、ラージャのデスクにエルガーが紙コップをぶつける。
 がさつな動作だ、とラージャは思いながらも口には出さない。

「ラージャ、たまには翼を休めないと飛べなくなるぜ」
「生憎、人間は鳥ではない」
「こんな可愛いエンジェルはいかが?」

 ――ふざけているのか。
 いや、これが彼の素であったと、ラージャはため息をついた。

「ではそこの可愛い天使さん。誰かさんが暴れまわったせいで増えてしまった始末書の作成、みて、この山、コレ、どうしたらいいと思いますか?」

 エルガーの視線がラージャのデスクに山積みになったコピー用紙の束――ほとんどが苦情と怒りの成分でできている――に注がれた。

「はい、パス」
「おい待て、どこへ行く」
「待って、無理。こういうのは頭脳派担当って相場が決まっている!!」
「誰が、頭脳派だ!! エルの脳内が蒟蒻こんにゃくで出来ているだけだろォが!!」
「あははは、すっげぇ!! ラージャが怒った!! あはは!!」

 まるで子供のように腹筋を震わせるエルガーの爆笑がグレーに染まる事務所を凍らせる。

「バカだな、ラージャ。そんなに早く提出しなくちゃいけないもんかよ、紙の束それ!!」

 ぷつん。
 頭の血管が切れるような――ラージャの怒りが爆発した。

「いい加減にしろ!! エル、今日を何日いつだと思っている!! 早めに仕事終えて帰って、花束でもケーキでも酒でもなんでも、お前にぶちまけてやるってこっちは決めてるんだよ!!」

 彼の襟首を掴んで引き寄せ、罵声を浴びせる。
 事務所のスタッフ全員が一瞬ラージャとエルガーに注視を向けたが、いつものことか、と自分たちの仕事に戻っていく。
 はっとなって、ようやく自分のしてしまった言動に気が付いたラージャは「すまない」と短く謝ってデスクに腰かけた。彼も自分の机に積まれた山との格闘に戻ったのだ。
 ただ茫然と立ち尽くしているエルガー一人を除いて。

「え……」

 乾いたエルガーの唇から、驚きの声が漏れる。
 その瞬間、カッと火が付いたようにエルガーの頬が朱に染まった。

(了)

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