お月見には間に合わない

阿沙🌷

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「なんか、その作家さん、また『いいひと』を見つけたみたいで、去年そのひとと月見に行けなかった腹いせで……」
「ああ、確か急遽、表紙のカラーイラストを描く予定の作家が体調不良で……」
「そうそう、かわりにこの作家に描かせたら、あとで、『千尋さんのせいで、俺の青春が崩れた! 原稿なけりゃダーリンと月見行けたのに!』って言われちゃって……」
「ああー……」
 よくもまあ、そんな人間が、仕事をしているなあ、というのが新崎の感想である。
「けど、原稿だけは毎回必ず最高なものを寄こして来るんだ。こればかりは、すごいと思う」
 千尋が目を輝かせて言った。
「そうなんですね」
「だから、ぼくが彼の担当編集であってよかった、ともギリギリ思える」
 新崎は苦笑した。
「それにね。手でぺったんぺったんやるのは大変だって、彼に言い返したら、家に全自動餅つき機があるから、借りていいって言ってくれた。そう、それ。あれは、先生に借りたものなんだ」
 にこにこしながら、千尋が機械の頭を撫でた。
「へ、へえ、よかったですね」
 苦笑いしながら新崎が言う。
「そうなんだよ! 意外と優しいところあるんだよなあ、先生は」
 たぶん、狂っているのは、作家だけではないようだ。懐が広すぎるのか、それともただのドのつく天然なのか、わからないが、そんな千尋が新崎は大好きではある。あるのだが――。
「千尋さん」
「ん? どうしたの、新崎くん」
 餅づくりを、千尋がわざわざする必要はないのではないか、ということばを新崎は飲み込んだ。千尋の笑顔に負けたのだ。軽くめまいがする。
「お月見、しませんか?」
「へ?」
 とにかく、千尋に会うまえから言おうと決めていたことだけを簡潔に伝えることにした。
「ロケから帰ってくるの、ちょうど九月十日なので、中秋の名月に間に合うんです。だから、夜はふたりで、その――」
 簡潔に、の前に、照れてしまって、次の句が出て来ない。千尋が、真っ赤になった新崎に微笑んだ。
「いいよ。もちろん。きみの好きにして」
「え、あ、ええっ!」
「ほら、もう、そんなにぼけぼけしていると駄目でしょ。俳優なんだから! 頑張って行っておいで。ぼくは待ってるから」




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