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首の後ろに、ふっと降りてきた軽やかな感触。
触れるか触れないかの微かなそれに志垣裕也の肉体は硬直した。靴に足をねじ込み紐を結ぼうとして前かがみに腰を落とした状態のまま、背後の気配にじっと息を殺す。誰だ。いや、誰かはわかっている。
「た、龍臣?」
自分の背後に立つ少年の名を口にする。こんなことをするやつは彼以外に思いつかない。真部龍臣。志垣の同級生である。志垣は彼が苦手だ。四月に入学してから、ずっと監視されている。
案の定、やつだったらしい。後ろから息を呑む音を聞いた。
「お前、今、何した?」
乾いた唇からを動かして尋ねる。眼球だけ動かして彼を確認しようとしたが、怖くなって目を瞑った。ふざけた調子で弾んだ声が帰ってきた。
「吸血行動だ!」
「は?」
素っ頓狂な答え。唖然として、真正面から彼を見やる。大袈裟な身振り手振りを加えながら龍臣は話し始めた。
「蚊! ブーンって飛んできて、チクリってやつです! 美味しそうな血液、発見ってな」
「は、はぁ……」
「でも皮膚固くて血は飲めなかったがな」
意味不明である。
「そういや、志垣。あんた、美穂ちゃんとはどうなっとるん?」
「え、美穂?」
志垣はさっと靴を履いて立ち上がった。突然、近所に住む幼馴染の少女の名前が出てきたので、少し驚いた。
「そうそう。ええ仲だって聞いてるんだけど」
「ばっ、いやらしい顔していうなよ!」
ニターっと不気味な笑みを浮かべてこちらに近寄ってくる龍臣。ええ仲と彼が発したことに関してなんとなく意味がわかった。学校内で囁かれている志垣が美穂と付き合っているという噂を耳にしたのだろう。本人の耳元にまでやってきた噂だ。龍臣がどこかでそれを知ったとしてもおかしくない。
「いいか! あれは勝手に流れた噂だからな!」
「ウワサァ?」
「お前、どっかで誰かから聞いたんだろ。俺が美穂と付き合ってるみたいな話。それ、デマ!」
「うっわ。全力で否定されても、信憑性ありませんなぁ」
うざい。こいつ、妙に女の絡む話にはしつこいのだ。思春期に色気づいた猿め。そう志垣は内心で毒づいた。
「まったく、本人無視の周囲が勝手に言ってること、信じるなよ。俺と美穂は潔白。そもそも俺が女子にモテないこと、お前なら知ってるだろ」
「それ、自分で言ってて悲しくないのか」
「……」
志垣が何も答えずにいると軽く肩を震わせて龍臣が笑った。
「いや、すまんすまん。うなじにキスマークつけてるから、まっさか美穂ちゃんとの仲は本当なんじゃないかとな、はっと思っちまったじゃないの」
「はぁ!? き、きき!?」
「いやぁ。妙な早とちりだった。堪忍堪忍。そそ、志垣なんて彼氏にしても得ないなぁ」
「なんだか失礼なことを言ってないか、お前」
「だいじょぶ! 志垣は可愛いから嫁に来い!」
「どこにだよ!?」
「俺んち」
「あほか!」
くだらんこと、言ってないで帰ろ。うん、それがい。
(了)
触れるか触れないかの微かなそれに志垣裕也の肉体は硬直した。靴に足をねじ込み紐を結ぼうとして前かがみに腰を落とした状態のまま、背後の気配にじっと息を殺す。誰だ。いや、誰かはわかっている。
「た、龍臣?」
自分の背後に立つ少年の名を口にする。こんなことをするやつは彼以外に思いつかない。真部龍臣。志垣の同級生である。志垣は彼が苦手だ。四月に入学してから、ずっと監視されている。
案の定、やつだったらしい。後ろから息を呑む音を聞いた。
「お前、今、何した?」
乾いた唇からを動かして尋ねる。眼球だけ動かして彼を確認しようとしたが、怖くなって目を瞑った。ふざけた調子で弾んだ声が帰ってきた。
「吸血行動だ!」
「は?」
素っ頓狂な答え。唖然として、真正面から彼を見やる。大袈裟な身振り手振りを加えながら龍臣は話し始めた。
「蚊! ブーンって飛んできて、チクリってやつです! 美味しそうな血液、発見ってな」
「は、はぁ……」
「でも皮膚固くて血は飲めなかったがな」
意味不明である。
「そういや、志垣。あんた、美穂ちゃんとはどうなっとるん?」
「え、美穂?」
志垣はさっと靴を履いて立ち上がった。突然、近所に住む幼馴染の少女の名前が出てきたので、少し驚いた。
「そうそう。ええ仲だって聞いてるんだけど」
「ばっ、いやらしい顔していうなよ!」
ニターっと不気味な笑みを浮かべてこちらに近寄ってくる龍臣。ええ仲と彼が発したことに関してなんとなく意味がわかった。学校内で囁かれている志垣が美穂と付き合っているという噂を耳にしたのだろう。本人の耳元にまでやってきた噂だ。龍臣がどこかでそれを知ったとしてもおかしくない。
「いいか! あれは勝手に流れた噂だからな!」
「ウワサァ?」
「お前、どっかで誰かから聞いたんだろ。俺が美穂と付き合ってるみたいな話。それ、デマ!」
「うっわ。全力で否定されても、信憑性ありませんなぁ」
うざい。こいつ、妙に女の絡む話にはしつこいのだ。思春期に色気づいた猿め。そう志垣は内心で毒づいた。
「まったく、本人無視の周囲が勝手に言ってること、信じるなよ。俺と美穂は潔白。そもそも俺が女子にモテないこと、お前なら知ってるだろ」
「それ、自分で言ってて悲しくないのか」
「……」
志垣が何も答えずにいると軽く肩を震わせて龍臣が笑った。
「いや、すまんすまん。うなじにキスマークつけてるから、まっさか美穂ちゃんとの仲は本当なんじゃないかとな、はっと思っちまったじゃないの」
「はぁ!? き、きき!?」
「いやぁ。妙な早とちりだった。堪忍堪忍。そそ、志垣なんて彼氏にしても得ないなぁ」
「なんだか失礼なことを言ってないか、お前」
「だいじょぶ! 志垣は可愛いから嫁に来い!」
「どこにだよ!?」
「俺んち」
「あほか!」
くだらんこと、言ってないで帰ろ。うん、それがい。
(了)
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