春風邪

阿沙🌷

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✿春風邪

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「門倉さん」
「なんだい松宮」
 せっかくの小春日和だというのに、松宮のアシスタントをしている古賀から、松宮が倒れたと連絡があった。
 馬鹿は風邪をひかないんじゃなかったか?
 慌てて松宮の自宅兼仕事場となっているマンションの部屋に飛び込んできた門倉は面食らった。
「こんなに症状が軽いのなら、俺がくる意味あったか?」
「あります。古賀さんが自宅に帰れる」
「お前ならひとりでも大丈夫だろう」
「だめだめ。ひとりは寂しい!!」
 ソファに横になる松宮は確かに具合が悪そうだ。顔色も悪いし、鼻が詰まっているのか、声が少し変だ。
 けれど、やってきた門倉の姿を見ていつもの悪ふざけのような態度を取り、門倉に抱き着こうとしてきた。
 彼のこういう自己中心的な行動がどうしても好きになれない門倉である。
 こんなに――想像以上に元気だったのだから、彼を置いて自宅に帰りたくなるくらいだ。
「じゃ、わたし、帰りますね」
 寝不足でひどいクマの古賀が玄関へと向かう。
「ああ、はい。古賀さんもお大事に」
「ええ……まあ、わたしは病人でもなんでもないんですけれどね」
 バタンと音を立てて玄関のドアが閉まる。
「松宮。古賀さんを大切にしろよ」
 門倉の発した意味が通じたのか通じてないのか、松宮は素直にうなづいた。
「ねーえ、それより俺の看病してくださいよぉ」
「寝てろ」
「わーん、門倉さんがつらいよーっ」
「はしゃぐな。ベッド連れてってやるから寝ろ」
「え!? まさかのお姫様だっこ!?」
「俵のように抱えていく」
 などといいつつも、さすがに具合の悪い人間を抱えていくのはどうだろうか。正直云ってものすごく嫌なのだが、門倉は松宮の背中に腕を回した。
「俵しないの?」
 松宮が尋ねてくる。だから嫌なんだ。門倉はそれを無視した。
「わっ。やっぱ、お姫様だっこじゃんか~」
 嬉しそうにはしゃぐこの病人は本当に病人なのだろうか。彼の寝室にまで運び、寝台の上に彼をそっと乗せる。
「一応、熱」
 ベッドサイドに体温計を発見して、門倉はそれを手に取った。松宮は素直にそれを脇に入れる。
「おおー、三七度八分。微熱ですね」
「いや、違うだろ。お前、いつも体温低いほうだから……」
 門倉は口をつぐんだ。なぜ、俺はこの男の常体温を知っているのだ。その動揺は近くにいた松宮にまで伝わる。
「ははーん。俺の体温を知っているくらいの仲だということに照れていますね?」
「照れるか、どあほ!」
「やだーツンデレぇ」
「誰が!?」
 本当にこいつは病人なのか。いや、熱で頭がやられてしまったのか!? いや、そもそも最初から頭のひねくれ加減がすごかった。頭がおかしい人間だった!! だからか!?
「だからといって……って、俺はいつからこんなにおひとよしになってしまったんだ……」
「……なんでそこで落胆しているんですか?」
「とにかく寝ろ」
 門倉は松宮を睨んだ。
 すべては彼のせいだ。
「もう、つまんないですね~。ねまーす!」
 松宮が布団の中に顔を入れる。門倉はベッドの淵に腰を下ろした。
「……帰らないの?」
「……別に」
 ただちょっと心配なのは心配であって、彼のためではない。残るのは。少しくらい誰かが傍にいたほうがいい気がするし。
 何度も頭の中を言い訳がぐるぐると回る。
 こんな情けない人間になってしまったのも、ぜんぶ、こいつが悪い。

(了)

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