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台本、見られまして
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居間。テーブルの上に新しく入ってきた仕事の台本を広げていた新崎迅人は、浴室のドアが開く音を聞いて、立ち上がった。千尋だ。お風呂上りの彼にコーヒーでも淹れようと思ったのだ。そして、自分にも。
新崎の仕事は演じること。それもカメラの前で。俳優である。
そして、今回の仕事はただの仕事ではない。彼の愛する千尋の大好きな小説家、朝比奈通が原作の近未来SF裁判ドラマ。潔白な惑星。その判事役を新崎がやる。
それを知ったら、千尋はどう思うだろうか。想像してただけで、新崎はうきうきだ。鼻歌交じりにコーヒー・メーカーのスイッチを押す。
けれど、新崎にはひとつ、決めていることがある。それは、このことはドラマが撮り終わってから報告するということ。いざドラマが完成してそれを見ている最中に「あれ、新崎くんがいる!」と千尋には驚いてほしいのだ。
幸いなことに、千尋は現在、ヒートしている仕事に夢中だ。自分から作品についてリサーチすることはないと新崎は踏んでいる。
「へー、次の仕事は朝比奈通か」
いつの間にか、千尋が居間まで来ていた。新崎がテーブルの上に投げ出したままにしてしまった台本に千尋は手を伸ばした。しまった、と思った新崎はキッチンから両手を熱々のコーヒー入りのマグカップ二つに奪われながらも、あわててダイニングに戻ってきた。
千尋は既に寝間着に着替えており、お風呂上がりの湯気が彼の上気した桃色の膚からぽかぽかとあがっている。
「千尋さん! タンマ! 時よ止まれ!!」
「へ? いや、だって、もう見ちゃったもん」
新崎はテーブルの上にマグを置いた。おそろいのそれは千尋の家におとまりするようになった新崎自身が浮かれて買ってきたものだった。
「は~、だめ、見ちゃ。忘れて」
思いっきり肩を落とした新崎に、千尋が「どうして?」と優しく尋ねてくる。
「だって~、千尋さんが朝比奈通が好きだって知ってるんだもん、俺」
成人済みのおとなが平気でどこか幼稚で可愛らしいことばづかいをする。しかも彼はただのおとなではない。人気絶頂を駆け抜けているクールな二枚目を演じている若手役者。
思わず、千尋は笑った。
「それで、ぼくに秘密にして、ドラマが完成したら驚かそうと思ってたってわけか」
「ふええ、そうですぅ」
みっともなくうるんだ瞳で千尋を見上げる新崎は画面の中に映るかっこいい姿の面影はどこにもない。けれど、そんな彼のことが可愛くてしかたがないのはなぜだろう千尋は苦笑した。
「忘れられるわけ、ないじゃん。ぼくは覚えてしまった」
「そんなぁ」
「それじゃあ……ぼくの記憶がふっとぶくらいすごい体験しないと、無理かもね?」
ちょっと、意地悪く誘ってみる。こういうのも、別に悪くはないだろう。それに食らいつくかどうかは新崎次第。けれどまあ、千尋には勝算があった。
「どうする?」
だじろぐ男の肩に手を伸ばせば、一気に新崎の緊張が伝わってきた。これだから、やめられない、かも。千尋は、思わず吹き出してしまった。
「ええ!? 千尋さん!?」
困惑する新崎。
参った。
可愛いひとが、目の前にいるだけで、たぶん、白旗だ。
(了)
新崎の仕事は演じること。それもカメラの前で。俳優である。
そして、今回の仕事はただの仕事ではない。彼の愛する千尋の大好きな小説家、朝比奈通が原作の近未来SF裁判ドラマ。潔白な惑星。その判事役を新崎がやる。
それを知ったら、千尋はどう思うだろうか。想像してただけで、新崎はうきうきだ。鼻歌交じりにコーヒー・メーカーのスイッチを押す。
けれど、新崎にはひとつ、決めていることがある。それは、このことはドラマが撮り終わってから報告するということ。いざドラマが完成してそれを見ている最中に「あれ、新崎くんがいる!」と千尋には驚いてほしいのだ。
幸いなことに、千尋は現在、ヒートしている仕事に夢中だ。自分から作品についてリサーチすることはないと新崎は踏んでいる。
「へー、次の仕事は朝比奈通か」
いつの間にか、千尋が居間まで来ていた。新崎がテーブルの上に投げ出したままにしてしまった台本に千尋は手を伸ばした。しまった、と思った新崎はキッチンから両手を熱々のコーヒー入りのマグカップ二つに奪われながらも、あわててダイニングに戻ってきた。
千尋は既に寝間着に着替えており、お風呂上がりの湯気が彼の上気した桃色の膚からぽかぽかとあがっている。
「千尋さん! タンマ! 時よ止まれ!!」
「へ? いや、だって、もう見ちゃったもん」
新崎はテーブルの上にマグを置いた。おそろいのそれは千尋の家におとまりするようになった新崎自身が浮かれて買ってきたものだった。
「は~、だめ、見ちゃ。忘れて」
思いっきり肩を落とした新崎に、千尋が「どうして?」と優しく尋ねてくる。
「だって~、千尋さんが朝比奈通が好きだって知ってるんだもん、俺」
成人済みのおとなが平気でどこか幼稚で可愛らしいことばづかいをする。しかも彼はただのおとなではない。人気絶頂を駆け抜けているクールな二枚目を演じている若手役者。
思わず、千尋は笑った。
「それで、ぼくに秘密にして、ドラマが完成したら驚かそうと思ってたってわけか」
「ふええ、そうですぅ」
みっともなくうるんだ瞳で千尋を見上げる新崎は画面の中に映るかっこいい姿の面影はどこにもない。けれど、そんな彼のことが可愛くてしかたがないのはなぜだろう千尋は苦笑した。
「忘れられるわけ、ないじゃん。ぼくは覚えてしまった」
「そんなぁ」
「それじゃあ……ぼくの記憶がふっとぶくらいすごい体験しないと、無理かもね?」
ちょっと、意地悪く誘ってみる。こういうのも、別に悪くはないだろう。それに食らいつくかどうかは新崎次第。けれどまあ、千尋には勝算があった。
「どうする?」
だじろぐ男の肩に手を伸ばせば、一気に新崎の緊張が伝わってきた。これだから、やめられない、かも。千尋は、思わず吹き出してしまった。
「ええ!? 千尋さん!?」
困惑する新崎。
参った。
可愛いひとが、目の前にいるだけで、たぶん、白旗だ。
(了)
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