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ぱんぱんと足取りは軽やかに弾む。
今日は久しぶりのオフの日だった。前から約束していた千尋に朝いちばんに連絡が来ていて、期待に胸をふくらましたまま携帯の画面をみたら、そこにあったのは、急用の二文字。
――ごめん。昨日までに終わる予定だった脚本が終わりそうにありません。今日の午前中までには絶対、終わらす。それが終わったら、一緒に食事しよう。千尋
二度読み込んだが文言は変わらない。ショックで肩を落とすも、言葉の端々に千尋を感じて、しゃあないと元気をだす。せっかくだから、気になっていたチョコレート専門店にでも寄ってから行こう。きっと千尋さんは疲れていると思うから一緒に食事した帰りに渡せばいい。
ランチの時間まであと四時間半。十分すぎておつりがくる。
そう思って、訪れたチョコレートショップで店員の女性に協力してもらい購入を決めた菓子の包みがその手にはぶらぶらさがっている。まるでバレンタインみたいな浮かれようだ。まだ春は遠いのに。
夏を過ぎたばかりの季節が香る夕暮れの道を急ぐ。千尋が住んでいるアパートはすぐ近くだ。何度も足を運んだその場所へ向かう。きっと、原稿を終えた千尋が帰ってきているだろう。まっすぐに甘えてもいいだろうか。いや、その前に少しでもお疲れの先生になるべく休んでもらわなくては。そうだ。そのために甘いものを買ってきたのだ。
携帯を取り出して千尋の番号をプッシュする。二、三回コール音が続き、千尋が出た。
「先生、今、先生のとこ、向かっています。お仕事は……」
「ああ、うん、終わった。待ち合わせ、駅前でいい?」
「本当ですか! じゃ、俺、行きますんで!」
「わかったよ」
「今、つきました」
「え、今!」
「はい、家の前にいます」
「あ、え、きみ、ちょっと待ってね! はい、開いた!」
扉の内側からガチャリという音がした。
叫びながらドアノブを掴んだ。だが、扉は開くことなく、途中で立て止まった。開いた空間に鎖が見える。
「先生、ドア!」
千尋の手がわたわたと動き、ドアチェーンを外した。
「ちゃんとつけるようになったんですね」
以前、千尋がドアチェーンを使っていなかったことを思い出して新崎が笑った。
「あ、うん。一応ね。それにしてもまるで不審者だね」
千尋のひとことに新崎はショックを受けたようだった。
「え! まじすか!」
「サングラスにマスクって圧倒的に不審者」
「そ、そんなぁ」
「でも顔見られると大変なんでしょ。テレビで毎週見れる顔だから。タツミくん」
ドラマで演じた役の名前で呼ばれて新崎は微笑んだ。コメディテイストの作品で、タツミは二枚目風の三枚目。自分で自分をハンサムだと思っているが実態はただのドジっこで空気の読めない男である。
「どうも、俺を呼んだかな、ハニー」
「わ、本当にタツミくんだ」
新崎が役の口調で言葉を返せば無邪気に喜んでくれる。目元が細くなって皺がよる。そういう笑い方を新崎は可愛いと思う。
「で、あれ? それは?」
千尋が新崎の手に持っていた荷物に気が付いた。
「あ、これは……千尋さんに」
「え?」
「これ、冷蔵庫に置いといてもいいですか」
彼は包みを持ったまま室内にあがる。千尋は片付いていない部屋を見られるのが嫌で止めようと思ったが彼のほうが早かった。彼は何も言わないまま冷蔵庫へと直進し、中に持っていた包みを入れた。
「あとで召し上がってください。あ、もう、それより早くいきましょう」
新崎は自身の左腕を指差した。そこにはシルバーの腕時計がある。
「ああ、うん」
「先生、早く。あ、ちゃんと鍵かけてくださいね」
「はいはい」
今日は久しぶりのオフの日だった。前から約束していた千尋に朝いちばんに連絡が来ていて、期待に胸をふくらましたまま携帯の画面をみたら、そこにあったのは、急用の二文字。
――ごめん。昨日までに終わる予定だった脚本が終わりそうにありません。今日の午前中までには絶対、終わらす。それが終わったら、一緒に食事しよう。千尋
二度読み込んだが文言は変わらない。ショックで肩を落とすも、言葉の端々に千尋を感じて、しゃあないと元気をだす。せっかくだから、気になっていたチョコレート専門店にでも寄ってから行こう。きっと千尋さんは疲れていると思うから一緒に食事した帰りに渡せばいい。
ランチの時間まであと四時間半。十分すぎておつりがくる。
そう思って、訪れたチョコレートショップで店員の女性に協力してもらい購入を決めた菓子の包みがその手にはぶらぶらさがっている。まるでバレンタインみたいな浮かれようだ。まだ春は遠いのに。
夏を過ぎたばかりの季節が香る夕暮れの道を急ぐ。千尋が住んでいるアパートはすぐ近くだ。何度も足を運んだその場所へ向かう。きっと、原稿を終えた千尋が帰ってきているだろう。まっすぐに甘えてもいいだろうか。いや、その前に少しでもお疲れの先生になるべく休んでもらわなくては。そうだ。そのために甘いものを買ってきたのだ。
携帯を取り出して千尋の番号をプッシュする。二、三回コール音が続き、千尋が出た。
「先生、今、先生のとこ、向かっています。お仕事は……」
「ああ、うん、終わった。待ち合わせ、駅前でいい?」
「本当ですか! じゃ、俺、行きますんで!」
「わかったよ」
「今、つきました」
「え、今!」
「はい、家の前にいます」
「あ、え、きみ、ちょっと待ってね! はい、開いた!」
扉の内側からガチャリという音がした。
叫びながらドアノブを掴んだ。だが、扉は開くことなく、途中で立て止まった。開いた空間に鎖が見える。
「先生、ドア!」
千尋の手がわたわたと動き、ドアチェーンを外した。
「ちゃんとつけるようになったんですね」
以前、千尋がドアチェーンを使っていなかったことを思い出して新崎が笑った。
「あ、うん。一応ね。それにしてもまるで不審者だね」
千尋のひとことに新崎はショックを受けたようだった。
「え! まじすか!」
「サングラスにマスクって圧倒的に不審者」
「そ、そんなぁ」
「でも顔見られると大変なんでしょ。テレビで毎週見れる顔だから。タツミくん」
ドラマで演じた役の名前で呼ばれて新崎は微笑んだ。コメディテイストの作品で、タツミは二枚目風の三枚目。自分で自分をハンサムだと思っているが実態はただのドジっこで空気の読めない男である。
「どうも、俺を呼んだかな、ハニー」
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「で、あれ? それは?」
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「あ、これは……千尋さんに」
「え?」
「これ、冷蔵庫に置いといてもいいですか」
彼は包みを持ったまま室内にあがる。千尋は片付いていない部屋を見られるのが嫌で止めようと思ったが彼のほうが早かった。彼は何も言わないまま冷蔵庫へと直進し、中に持っていた包みを入れた。
「あとで召し上がってください。あ、もう、それより早くいきましょう」
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「ああ、うん」
「先生、早く。あ、ちゃんと鍵かけてくださいね」
「はいはい」
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