追いつく先に追いついて

阿沙🌷

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「そ、それじゃあ、俺はこれで」
 千尋の住んでいるアパートの前で、新崎は足を止めた。本当はギリのギリギリまで一緒にいたかったのだが、部屋の前まで送ったら帰りたくなくなってしまう。
「そうか。それじゃあ」
 千尋は引き止めもせず、ただその手にぶら下げていた包みを新崎のほうへ差し出した。
「へ?」
「どうぞ」
「どうぞって、俺に」
「うん。なんのためのチョコだと思ったの。今夜移動するんでしょ。疲れには甘いものって相場は決まってるから」
「ちょっ……!」
 その発想からして自分とかぶっていることに、少し驚いてその次に面白くなって新崎は笑った。
「ちょっと、きみ。なにかへん?」
「へんっていうか、その……嬉しいです」
 新崎の笑顔に千尋が安堵したように胸を撫でおろした。
「やっぱりだめだね。若い子と一緒に歩けるからってちょっと張り切っちゃったけど。慣れないことはしないほうがいいかな」
「い、いや、本当に」
「それじゃ、頑張って。新崎くん」
「はい、絶対。日本一の役者になって、千尋さんを奪いとりにきます」
 まっすぐに見つめてくる青年の瞳に千尋がまぶしそうに眼を細めた。
「人気は、既にたっぷりあるみたいだけれど」
「いえ、実力派になりたいので」
 今現在自分が売れているのは、若いためだ。ルックスを売りにしていては千尋には届かない。アイドル俳優までとはいわないが、自分の支持者が若い女性中心だというのはやはり顔なのではないかと思ってしまう。
 そこを逆転したい。新崎はそう思っている。あくまで演技で魅せたい。魅せられる存在になりたい。
 それなのに何かのツボに入ったらしく、千尋は声を上げて笑った。
「な、なにか、へんですか?」
「いいや。それでいいよ、安心した。ずっと待ってるよ」
「はい!」
「それから……新崎くん、きみも待っていて」
「え?」
「きみはぼくがきみよりも先に行っているように勘違いしているみたいだけれど、ぼくがきみより先に行っているのは年齢だけだ」
「そ、そんなことは……」
「脚本家っていったて、それだけで飯食っているわけじゃないからね」
「でも、おれは」
「はいはい。わかっています。だから、きみはぼくに追いつけるように走れ。ぼくも走る。きみに追いつけるように」
 新崎は、そのとき初めて、千尋に触れたような気がした。
 ずっと距離があった。それは遠く、遠く。手を伸ばしても絶対触れることはできそうにないような。
 それが一瞬だけ、自分と千尋の存在が交差して触れた。そんな気がした。
「はい、千尋さん!」

(了)
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