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「待てよ、柊これ以上は付き合えないぞ!」
俺は彼の手首を掴んだ。店内に俺の声が響き渡る。
他の食べ放題客が俺たちを交互に見てから、去っていく。テーブルで食についていた他の客の視線も突き刺さっている。
――しまった。大声を出しすぎてしまった。
彼は次の食べ物と行く気満々だったせいか、突然の俺の態度に目を丸くした。
「もう、食えねぇ。吐くかもしれない」
食道をせり上がってくる満腹感は暴力的に俺を不快にする。一方、柊はまだ食べたりないのかキョトンとした純粋な瞳で俺を見ていた。
「次、クレープ」
「無理無理、ギブ!」
少しの間、固まっていた柊は、事態を把握したのかため息をついた。
「悪かった」
「いいって。元々誘ったのは俺だし。俺は食べすぎた」
甘いものが食べたいと言ってきたのは柊だったが、スイーツ食べ放題に誘ったのは俺だ。
そしてスイーツの種類が多い店なので同じものを半分こして食べようと提案をしたのも俺だ。
甘いものが好きだったとは知らなくて、さぞ美味しげに食べるのだろうと思っていたが、柊の食のペースは異常で何かと戦っているように皿を運んでいた。
「いや、あ、うん」
何かを言おうとして口を閉じる。
友人という関係性を超えてから、彼の癖になっていた。
「柊、俺はお茶でも啜っているから、お前は好きなもの取って食えって」
正直云うと、もう何も腹には入れたくない。お茶だろうと水だろうと、空気だろうと。
「いや……いい」
「え? 次はクレープって言ってたじゃん」
「いや、いいんだ。俺も茶を啜る」
この妙な態度。これも、友達をやめてからのスタンダードになってしまった。
友達だった時はもっと素直にお互い話せていたのに――。
一体、何かいけなかったんだろう。
***
「うわっ、降ってきた!」
帰り道。天気予報が外れた。
俺たちは小走りで雨宿り出来そうな場所を探す。だがもう家の近くまで来ていたのだ。
俺は自分ちのマンションの部屋へ柊を通した。
「大丈夫か?」
玄関に二人の浴びた雨粒が滴り落ち、溜まって小さな水たまりが出来た。
俺は乱暴に靴を投げ捨てると急いで洗面所に駆け込む。バスタオルを持って、柊に渡そうとした。
「あっ!」
「ん? どうした?」
柊の姿に思わず声を上げてしまった。
「早く拭けよ」
慌てて視線を逸して、彼にタオルを渡す。
「着替えられそうなの、持ってくるから……あ、ざっくり拭いたらあがって」
「分かった」
柊が靴を脱ぐ。びしょ濡れの靴下が彼の肌を吸っていた。もどかしそうにバタつかせながら剥ぎ取られた靴下の下からは、細い足首と形の良いくるぶしが現れる。
そして、濡れたTシャツからは――。
「何、見てるの?」
柊の声に心臓が止まるかと思った。
「い、いや、すげえ濡れてるなと思って」
「ああ、悪かった」
「ん?」
なんで謝るのだろうと、柊を――彼の胸部を見ないようにして、見つめる。
「ついに完成したんだが、すっかり水を吸ってしまった」
何が? と、問う前に柊が鞄から、紙袋を取り出した。
「はい」
どうぞ、とばかりに俺に押し付けてくる。
「えっ、何?」
「マフラー」
「はい?!」
どうしてそんな季節外れのものを?
「お前、彼女、いたじゃん」
「うん、いたね」
そう答えると彼は苦虫をすりつぶしたような表情で言った。
「負けたくないから。負けたくないから編んだんだよ」
その言葉に、頭の中のわだかまりが氷解するようにほどけていった。
そうか。
今は別れた彼女がいた時、彼女に手編みのマフラーをプレゼントされた。スイーツバイキングに行って一緒に甘いものを食べたことも。
俺は彼の幼稚な行動に笑いを抑えることが出来なかった。
「な、なんだよ!」
「あはは、ねぇ、開けていい? これ」
「勝手にしろって!」
何を勘違いしたのか、柊は耳まで赤い。
「いいか、お前にとってはどうでもいいかもしれないが、俺にとってはだな……」
「それより柊。胸、透けてる」
「えっ!?」
「いやらしいから、着替えてからにしてね」
「ばっ、いやらしいのはお前だろ!」
「ん? 俺も透けてる?」
「スケスケのドスケベだ!」
「ふっ、何それ」
紙袋の中に入っていたのは、真っ赤に濡れたマフラーだった。
網目が均一ではないし、なんだか歪な形だったけれど、彼と僕の赤い糸が織り込まれている。
彼女のかわりだとか、誰かのかわりで、君を選んだんじゃないんだよ。
早くそう伝えなくちゃいけないのかもしれないければ。
そう不器用な指先に思う。
これ以上付き合いたいと思った人はいないと――。(了)
俺は彼の手首を掴んだ。店内に俺の声が響き渡る。
他の食べ放題客が俺たちを交互に見てから、去っていく。テーブルで食についていた他の客の視線も突き刺さっている。
――しまった。大声を出しすぎてしまった。
彼は次の食べ物と行く気満々だったせいか、突然の俺の態度に目を丸くした。
「もう、食えねぇ。吐くかもしれない」
食道をせり上がってくる満腹感は暴力的に俺を不快にする。一方、柊はまだ食べたりないのかキョトンとした純粋な瞳で俺を見ていた。
「次、クレープ」
「無理無理、ギブ!」
少しの間、固まっていた柊は、事態を把握したのかため息をついた。
「悪かった」
「いいって。元々誘ったのは俺だし。俺は食べすぎた」
甘いものが食べたいと言ってきたのは柊だったが、スイーツ食べ放題に誘ったのは俺だ。
そしてスイーツの種類が多い店なので同じものを半分こして食べようと提案をしたのも俺だ。
甘いものが好きだったとは知らなくて、さぞ美味しげに食べるのだろうと思っていたが、柊の食のペースは異常で何かと戦っているように皿を運んでいた。
「いや、あ、うん」
何かを言おうとして口を閉じる。
友人という関係性を超えてから、彼の癖になっていた。
「柊、俺はお茶でも啜っているから、お前は好きなもの取って食えって」
正直云うと、もう何も腹には入れたくない。お茶だろうと水だろうと、空気だろうと。
「いや……いい」
「え? 次はクレープって言ってたじゃん」
「いや、いいんだ。俺も茶を啜る」
この妙な態度。これも、友達をやめてからのスタンダードになってしまった。
友達だった時はもっと素直にお互い話せていたのに――。
一体、何かいけなかったんだろう。
***
「うわっ、降ってきた!」
帰り道。天気予報が外れた。
俺たちは小走りで雨宿り出来そうな場所を探す。だがもう家の近くまで来ていたのだ。
俺は自分ちのマンションの部屋へ柊を通した。
「大丈夫か?」
玄関に二人の浴びた雨粒が滴り落ち、溜まって小さな水たまりが出来た。
俺は乱暴に靴を投げ捨てると急いで洗面所に駆け込む。バスタオルを持って、柊に渡そうとした。
「あっ!」
「ん? どうした?」
柊の姿に思わず声を上げてしまった。
「早く拭けよ」
慌てて視線を逸して、彼にタオルを渡す。
「着替えられそうなの、持ってくるから……あ、ざっくり拭いたらあがって」
「分かった」
柊が靴を脱ぐ。びしょ濡れの靴下が彼の肌を吸っていた。もどかしそうにバタつかせながら剥ぎ取られた靴下の下からは、細い足首と形の良いくるぶしが現れる。
そして、濡れたTシャツからは――。
「何、見てるの?」
柊の声に心臓が止まるかと思った。
「い、いや、すげえ濡れてるなと思って」
「ああ、悪かった」
「ん?」
なんで謝るのだろうと、柊を――彼の胸部を見ないようにして、見つめる。
「ついに完成したんだが、すっかり水を吸ってしまった」
何が? と、問う前に柊が鞄から、紙袋を取り出した。
「はい」
どうぞ、とばかりに俺に押し付けてくる。
「えっ、何?」
「マフラー」
「はい?!」
どうしてそんな季節外れのものを?
「お前、彼女、いたじゃん」
「うん、いたね」
そう答えると彼は苦虫をすりつぶしたような表情で言った。
「負けたくないから。負けたくないから編んだんだよ」
その言葉に、頭の中のわだかまりが氷解するようにほどけていった。
そうか。
今は別れた彼女がいた時、彼女に手編みのマフラーをプレゼントされた。スイーツバイキングに行って一緒に甘いものを食べたことも。
俺は彼の幼稚な行動に笑いを抑えることが出来なかった。
「な、なんだよ!」
「あはは、ねぇ、開けていい? これ」
「勝手にしろって!」
何を勘違いしたのか、柊は耳まで赤い。
「いいか、お前にとってはどうでもいいかもしれないが、俺にとってはだな……」
「それより柊。胸、透けてる」
「えっ!?」
「いやらしいから、着替えてからにしてね」
「ばっ、いやらしいのはお前だろ!」
「ん? 俺も透けてる?」
「スケスケのドスケベだ!」
「ふっ、何それ」
紙袋の中に入っていたのは、真っ赤に濡れたマフラーだった。
網目が均一ではないし、なんだか歪な形だったけれど、彼と僕の赤い糸が織り込まれている。
彼女のかわりだとか、誰かのかわりで、君を選んだんじゃないんだよ。
早くそう伝えなくちゃいけないのかもしれないければ。
そう不器用な指先に思う。
これ以上付き合いたいと思った人はいないと――。(了)
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