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しおりを挟むゆっくりと、愛子の網膜に紡錘形に切り取られた天井が、ぼやけて映る。
「……ん…」
「愛子!!」
愛子の視界も意識も、まだ混濁しているが、耳に飛び込んできた声が母親のモノだと言うのはわかった。
「…ぉ……母、さ……ん…?」
「良かった……もう、大丈夫よ」
愛子は言葉の意味が一瞬わからない。
「……?」
「お風呂場で悲鳴上げてたでしょ?」
母親の言葉に、あの恐怖が蘇った。
「!……」
「一体どうしたの? 百足でも出てきた?」
母親は何を言ってるのだろうか……。
あの浴室を見ていないと言うのだろうか…。
「何って……よくわからないけど、草みたいなのがいっぱいあったでしょう!?」
「水草?」
母親は自身の頬に軽く手を添えて、視線を泳がせながら考え込む。
「草がいっぱい?……そんなの見てないけど…」
「……え…?」
愛子はあれが勘違いだなんて思えず、がばりと布団から半身を起こした。
「違う!
絶対に違う!!
ぶわああって、あたしに迫ってきて、手とか足に絡んできたの!」
あまりの勢いに、母親は気圧されたように仰け反った。
「あ、愛子……ちょっと落ち着いて」
宥める優しい声音に、愛子はハッとして座り直す。
「ごめん…なさい…」
「いいのよ。
疲れもあったんだろうけど、慣れない場所で緊張してたのかもしれないわね…」
母親も、愛子の為に敷かれた布団の傍で、溜息交じりに視線を下げた。
「……愛子だけでも先に帰った方がいいのかもしれないわね…。
ちょっとお父さん達と相談してくるわ。
愛子はそのまま休んでるのよ?」
そう言って母親は部屋を出て行った。
正直今一人にされたくなかったが、止める暇もなかったので仕方ない。
愛子は起こした半身を再び横たえ、夏用の薄い布団を頭から引き被った。
(あれが夢なんて、そんな事ない……もうやだ……)
母親は愛子の部屋を出て、夫と義姉に愛子が目覚めた事を伝えた。
「そう、目が覚めたんなら良かったよ」
「それで何があったんだ?」
娘の悲鳴に一番狼狽えていた父親が身を乗り出す。
しかし、母親の方はどう言えば良いのかわからないと、眉間に皺を刻んで口籠った。
「それが……」
「麻砂子?」
そんな妻の様子に、愛子の父親である勝則が困ったように妻の名を口にする。
「……何だが…訳のわからない事を言うのよ。
水草が襲い掛かって来たとか……多分疲れと緊張のせいだろうって思うんだけど…。
でも、もしかしたらなくした記憶が愛子を苛んでいるのかもって思ったら……」
愛子の母親である麻砂子の言葉は、だんだんと呟きのように小さくなっていった。
勝則も、妻の話に難しい表情で唇を引き結ぶ。
「先に愛子だけでも、家に帰らせた方がいいんじゃないかって思うんだけど…」
「……待っておくれ…」
「姉さん?」
「お義姉さん…?」
麻砂子の提案に待ったをかけたのは、伸子だ。
彼女は真剣な表情で、麻砂子を見据える。
「水草って言ってたんだね?」
「ぇ…あ、そう…です」
伸子の圧に、麻砂子も勝則も、意味が分からなくて顔を見合わせる。
立ち上がって、畳まれたタオルを手にして伸子が元の位置に戻ってきた。そして手に持っていたタオルを広げる。
そこには、黒っぽい紐のようなものがあった。
「これは何?」
きょとんと勝則が問いかける。
「これさ、多分だけど梅花藻だと思うんだよね」
麻砂子はピンとこないのか、首を傾げていると、勝則が説明し始めた。
綺麗な水流に沿って育つ水草で、春から初夏にかけて可愛い花が咲くのだと話す。
「だけど、枯れるにしてもこんな真っ黒になる?
俺は初めて見たんだけど…冬なら兎も角さ…」
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