水神の花嫁

文字の大きさ
15 / 17

15

しおりを挟む


 愛子には何の事かわからない。
 罪人呼ばわりされる覚えはない……少年とはこの前会ったばかりだ。いや、もしかしたら幼馴染だったかもしれないが、それならそう言ってくれれば良いと思うのは愛子の傲慢だろうか…。

 第一記憶がない事は話したはずだ。
 ちゃんと説明してくれなければ、謝罪も出来ないとわからないのだろうか…?

 愛子は素肌に冷えた嫌な汗が流れるのを感じながら、それでも無言で目の前の少年を責める。
 責めるのだが、声は張り付いたように出ない。

 どれほど時間が経っただろう……。

 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、ただただ固まっていた愛子だったが、睨み付けてくる少年が愛子に背を向け、社の脇から奥へ姿を消すと、呪縛が解けたかの様にその場にへたり込んでしまった。

 支えを失った傘は石畳の上に転がって、自身の役目を果たせないでいる。
 石畳の上にへたり込んだままの愛子の上に霧雨は降り落ちて、降り落ちて………いつの間にか止んでいた。





 その頃、調べ物をしたいと出かけた伸子は、棚が並ぶ薄暗い場所で、今にも破れそうに脆くなった和綴じの冊子を開いていた。

 上の方に換気用だろうか、小さな窓があるにはあるが、灯りとしては役に立たず、懐中電灯を持ち込んだのだが、照らし出された書面には、筆で書かれた走り書きのような線が、うねうねと波打っている。

 一応旧家の嫁となったのだから、ある程度古い書簡も簡単な物なら読み解いたりも出来なくはないが、手にしている其れには太刀打ち出来そうな気がしない。
 一部読める単語から、何とか文脈を探ろうとするのだが、わからない部分が多すぎてほとほと困り果てていた。

「はぁ、旦那が帰って来るまでお預けかしらねぇ…。
 だけど、呑気にしてられない気がする。梅花藻の印は湖神様の印……それが真っ黒だなんて縁起が悪いじゃないか…」

 誰に言うでなく独り言ちる。
 伸子は手にしていた冊子も、脇の木机の上に広げた風呂敷に置いた。

 関連してそうな冊子は、片っ端から風呂敷に重ねているのだが、本当に関係しているのかわからない。
 あまり多く持ち帰っても…とは思うのだが、出来れば何度も通う羽目にはなりたくなかった。
 それと言うのも、此処は糸畑の蔵ではなかったから。

 愛子が訪れた神社と同じ敷地にあるものの、かなり離れた場所にある神社の蔵だった。
 祭具なども収められた其処は、神職が居なくなって久しい為、幾つかの家が持ち回りで管理している。

 昔の様な祭りもする事がなくなったので、神職が絶えても問題なくこれまでやってきたが、今は切実に続いてくれてさえいれば…と伸子は溜息を落とした。
 伸子が小さい頃には既に無人となっていた神社だったし、掃除等手入れの手順は義母等から教わったものの、それ以外の部分に興味を持ったこともなかった。
 尤も義母達も知っていたのかどうかはわからない。

 とりあえずはっきりとしている事は、神職が途絶えた理由も、この神社が守り繋いできた諸々も、その多くが失われて久しいと言う事だけだ。
 顔役の家の当主達なら、今も連綿と引き継いでいる何かがあるのかもしれないが、少なくとも伸子は大事な事は何も知らなかった。

 粗方の棚の冊子に目を通し、10冊程度を風呂敷に包んで持ち帰ろうと纏めていると、蔵の一番奥、何も置かれていない一角からカタリと、少し硬質な音が耳に飛び込んできた。
 一瞬伸子はビクリと身を震わせる。
 しかし、ここは腐っても神社の境内で、悪いモノではないと、伸子は必死に自分を宥めた。

 そうっと近づくと、漆喰の壁の前の床板が浮いていた。
 滅多に人の入ることのない場所だったし、今日は雨だった事も相まって、もしかすると湿気の影響が床板に出たのかもしれない。
 そうなら補修しなくちゃと、破損状況を確認する為にすぐ横に膝をついて覗き込んだ。

「あら…?」

 膨張で割れたとか言う感じには見えず、元々外れるように細工されていたらしい事がわかる。

「何?
 やだよ…床収納ってやつ? 神社の蔵で?」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

処理中です...